↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あなたの寿命を、私にください ――世界でたった一人、私だけが彼の死を知っている  作者: Hamin
第7章 あなたの寿命を、私にください

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
24/36

24話 寿命日誌が語ること

手のひらが、水晶の板に触れようとした、そのとき。


ポケットの中で、スマホが叫んだ。


ビーッ! ビーッ! ビーッ!

ビィィィィィィィィィィィッ!!


耳をつんざくような、甲高い警報音。

前の世界で、地震や洪水のときに鳴り響いた、あの非常アラームの音だった。

同時に、ポケットの中から、まぶしい白い光がほとばしった。

ルカが、スマホのライトを、いちばん強く点けたのだ。


「な、何だ、これは!」


大神官が、目を押さえてよろめいた。

神官たちが悲鳴を上げ、耳をふさいでうずくまる。

青暗い光だけの地下で、白い光は、雷のようにまぶしかった。


≪エリアさん、走って! 扉はまだ開いています!≫


その声で、わたしは我に返った。

水晶の板から手を引き、身をひるがえす。


「捕まえろ! 魔女を逃がすな!」


ノクス公爵の声が、背中に突き刺さった。

わたしは、鳴り続けるスマホを握りしめて、階段を駆け上がった。

白い光が、壁の燭台を、天井の古い文字を、次々に照らし出していく。

後ろから、足音が追ってくる。


(逃げなきゃ)


(でも、どこへ――)


階段のいちばん上の回廊で、誰かが、わたしの腕をつかんだ。


「こっちだ、エリア嬢!」


カイルさんだった。


◇ ◇ ◇


「詰所に戻ったら、エリア嬢がいなくて。神官が連れていくのを見た番兵がいたんです」


カイルさんは、わたしの手を引いて、回廊の脇の、細い通路へ飛びこんだ。

ほこりっぽい石の壁。くもの巣。

ろうそくも灯っていない、真っ暗な通路。


「ここ、どこですか」


「王宮と神殿をつなぐ、古い抜け道ですよ。教えてくれたのは――」


通路の先に、小さな灯りが揺れていた。

ランプを掲げて立っていたのは、金色の髪を編んだ、小さな人影だった。


「エリア!」


セシリアだった。


「王女さま……!?」


「お母さまと、かくれんぼをしていたときに見つけた道なの。お母さま以外、誰も知らない道」


王女さまは、わたしに飛びついてきた。

小さな腕が、わたしの腰をぎゅっと抱きしめる。


「ばか! エリアのばか! どうして一人で行っちゃうの!」


その声が、泣いていた。


わたしは、何も言えずに、王女さまの金色の髪をなでた。

ランプの光が、通路の壁に、三人の影を大きく揺らしていた。


◇ ◇ ◇


抜け道の先は、古い井戸小屋につながっていた。

井戸の縁をよじのぼると、夜明けの冷たい空気が、ほてった頬に触れた。

セレスティア家の屋敷の裏手までは、すぐだった。

湿った落ち葉のにおい。


屋敷の裏口に、ランプの灯りが一つ、揺れていた。

その灯りの下に立っていた人影を見て、わたしは、自分の目を疑った。


腰の曲がった、小さな老婆。

杖をついて、まっすぐにこちらを見ている。

その隣に、やせた男の子。


「エリアねえちゃん!」


トマが、走ってきた。


「トマ……マルタさん……どうして……」


「伯爵さまが、手紙をくれたんだよ」


マルタさんが、杖をつきながら、ゆっくりと近づいてきた。


「娘がひどくふさいでいる。村の者に会えば、元気になるかもしれん。来てはくれんか、ってね。そしたら、着いたその晩に、この騒ぎさ」


マルタさんは、わたしの顔を、下から見上げた。

それから、しわだらけの手で、わたしの頬を、ぺちんとはたいた。

痛くはなかった。


「ばかだね、あんたは」


その目が、うるんでいた。


「あたしは言っただろう。あんたの命は、もう村だけのものじゃないって。あれは、命を捨てていいって意味じゃないよ」


わたしの目から、涙があふれ出した。

トマが、わたしの腰にしがみついて、いっしょに泣いていた。


◇ ◇ ◇


屋敷の台所で、温かいスープを飲んだ。

マルタさんが、持ってきた村の豆で煮てくれたスープ。

ひと口飲むと、リーフェ村の、おしゃべりの火のにおいがした。


伯爵さまと、セシリアと、カイルさんと、マルタさんと、トマ。

みんなが、かまどのまわりに座っていた。

窓の外では、朝の光が、少しずつ強くなっていた。


(ひとりで食べない、ひとりで泣かない)


わたしが、村の人たちに言った言葉だった。

それなのに、わたしは、一人で寿命庫へ行こうとしたのだ。


≪エリアさん≫


ルカの声が、髪の下で、静かに響いた。


≪お願いがあります。寿命日誌を、もう一度、最初から分析させてください。今度は、エリアさんの数字だけでなく、すべての記録をいっしょに≫


「すべての、記録……?」


≪私は、ポケットの中で、ずっと聞いていました。村の人たちが手の甲の数字を読み上げた声も。王女さまが「増えた」と叫んだ声も≫


わたしは、スマホを取り出して、かまどの台の上に置いた。

黒い板の画面が、ふわりと光る。

みんなが、不思議そうにそれをのぞきこんだ。


「エリア、それ、なあに?」


セシリアが聞いた。


「……わたしの、相棒です」


わたしは、少し迷ってから、ヘッドセットの声を、スマホのスピーカーに切りかえた。


≪はじめまして、皆さん。ルカといいます≫


トマが、ひゃっと声を上げて、マルタさんの後ろに隠れた。

マルタさんは、目を丸くして、それから、ふん、と鼻を鳴らした。


「水を沸かすのは、こいつに教わったのかい」


「……はい」


「なるほどね」


◇ ◇ ◇


≪では、結果をお伝えします≫


ルカの声が、台所に響いた。


≪まず、エリアさんの数字が増えた日。騎士団長と会った日だけではありませんでした≫


画面に、日付と数字の列が並ぶ。


≪トマさんが回復した朝。プラス二日。おしゃべりの火に、初めて村の人が集まった夜。プラス三日。王女さまが、初めて窓辺に立った朝。プラス二日。マルタさんが、エリアさんの頭に手を置いてくれた日。プラス四日≫


トマが、わたしを見た。

マルタさんが、少しだけ目をそらした。


≪そして、もう一つ。エリアさんの数字が増えた日には、エリアさんのまわりの人たちの数字も、同じように増えていました。ヨハンさんの数字。ゲオルグさんの数字。王女さまの数字≫


「わたしの……?」


セシリアが、自分の左手を見下ろした。


≪数字が増えるのは、エリアさん一人ではありません。誰かを思いやったとき、誰かに思いやられたとき、そのどちらの数字も増えています≫


かまどの火が、ぱちりとはぜた。


≪次に、騎士団長の数字が速く減った日です≫


画面の表示が変わった。


≪大神官は、エリアさんが騎士団長と会った日に、数字が減ると言いました。けれど、記録はちがいます。騎士団長の数字が大きく減ったのは、エリアさんと会っていない日にも起きています≫


カイルさんが、身を乗り出した。


カイルさんが、懐から小さな帳面を取り出した。


「城門の通行記録です。霧の朝の一件のあと、団長の命令で、王城への馬車の出入りを書きとめていたんです」


カイルさんが開いて見せた帳面には、細かい字で、日付と、馬車の紋章と、積み荷の数が、びっしりと書きこまれていた。

わたしは、かまどの台からスマホを取り上げ、黒い板の背中を帳面に向けた。小さなレンズが、ページの上にかざされる。


「カイルさん、ゆっくり、一枚ずつめくってください」


「こ、こうですか?」


カイルさんは、黒い板をおっかなびっくり横目で見ながら、ページを一枚、また一枚とめくった。そのたびに、画面の上に、帳面の文字がすいすいと写し取られていく。


≪読み取りました。四十二ページ分です≫


「板が……字を読んだ……」


カイルさんが、ぽかんと口を開けた。


≪照らし合わせました。騎士団長の数字が大きく減った日は、すべて、黒い砂時計と蛇の紋章の馬車が、たくさんの荷を積んで城門を通った日と重なっています。各地の村から、寿命の結晶を運んできた日です≫


「寿命庫に、命が運びこまれた日……」


わたしは、つぶやいた。

地下の広間の、あの青い光。

封印の石の亀裂に、結晶を差し入れていた公爵の手。


≪寿命庫に命が貯めこまれるほど、封印の石は弱まり、騎士団長の残りの日数は減っていきます。エリアさんは、関係ありません≫


ルカは、そこで少しだけ間をおいた。

それから、いつもより、ずっとやわらかい声で言った。


≪エリアさん。あなたは、彼から何も奪っていません≫


わたしの手が、震えた。


≪命は、奪い合うものではありませんでした。命は、人と人のあいだで、生まれています≫


台所が、しんと静まりかえった。


わたしは、両手で顔をおおった。

指のすきまから、涙がこぼれ落ちた。

誰かの手が、わたしの背中をさすってくれた。

トマの小さな手。セシリアの細い手。マルタさんの、しわだらけの手。


(わたしは、あの人を、殺していなかった)


(わたしは、あの人のそばにいて、よかったんだ)


窓の外で、朝日が、楡の木の梢を金色に染めはじめていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。