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あなたの寿命を、私にください ――世界でたった一人、私だけが彼の死を知っている  作者: Hamin
第6章 わたしが生きるほど

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21話 わたしが生きるほど

その夜、わたしは一睡もできなかった。

寝台の上で膝を抱え、スマホの画面を、何度も何度も指でたどった。


(ちがう。そんなはずない)


(でも)


二つの数字の列を、並べてみる。


彼の数字が大きく減った日。

わたしの数字が大きく増えた日。


霧の朝。彼の手当てをした日。

月の夜。彼の秘密を聞いた日。

東屋の夜。彼が眠った日。

星祭りの夜。


(重なってる)


彼の数字が減った日、わたしの数字は増えていた。

まるで、彼の砂時計から落ちた砂が、わたしの砂時計に流れこんでいるみたいに。


≪エリアさん。落ち着いて聞いてください。二つの数字が同じ日に動いていることは、片方がもう片方の原因であることを、証明しません≫


「でも、重なってるでしょう」


≪重なっています。ただ――≫


「ルカ。もし、大神官の言うことが本当だったら?」


ルカは、答えなかった。


≪……私には、それを否定するだけのデータがありません≫


わたしは、スマホを胸に押し当てた。

冷たい黒い板。


(わたしが生きるほど、あの人が死ぬ)


その言葉が、胸の真ん中に、重たい石のように沈んでいった。


(わたしが笑うたびに。あの人のそばにいるたびに。あの人の命を、わたしが――)


窓の外が、白みはじめていた。

楡の木の向こうから、鳥の声が聞こえる。

いつもなら、眠りの灯を思い出させてくれる、やさしい朝の音。

今朝は、ただ、遠かった。


◇ ◇ ◇


その日の夕方。

いつものように、アルベルトさまが警護の交代にやって来た。

門の前の石畳に、長い影が伸びている。

西の空が、焼けるような茜色に染まっていた。


「エリア。顔色が悪い。眠れなかったのか」


アルベルトさまが、わたしの顔をのぞきこんだ。

灰色の瞳が、心配そうに揺れている。


(この人の、こういう顔を、見てはいけない)


(そばにいては、いけない)


わたしは、目をそらした。


「アルベルトさま。お願いがあります」


「何だ」


「明日から、警護はいりません」


アルベルトさまの表情が、止まった。


「……どういうことだ」


「わたし、リーフェ村に帰ろうと思うんです。王女さまも、もうお元気になりましたし。村には、わたしを待っている人がいますから」


声が、ふるえないように。

ふつうの顔で、言えるように。

わたしは、こぶしを握りしめた。


「三日後に、ここを発ちます。だから、もう、会いに来ないでください」


長い沈黙があった。

茜色の光の中で、アルベルトさまは、じっとわたしを見ていた。


「理由を、聞いてもいいか」


「……言えません」


「私が、何かしたのか」


「ちがいます」


(あなたは、何もしていない)


(悪いのは、わたしなの)


アルベルトさまは、ゆっくりと目を伏せた。

それから、ほとんど聞こえないほどの声で、つぶやいた。


「……そうか。やはり、未来のない男には」


「ちがっ――」


言いかけて、わたしは、唇をかんだ。

ここで本当のことを言えば、この人は、きっと笑って言うだろう。

かまわない、と。

私の命など、もともとないようなものだ、と。

百年前、リアナさんを置いて戦場へ行ったときと、同じように。


アルベルトさまは、深く一礼した。


「……達者でな、エリア」


黒い背中が、門の向こうへ遠ざかっていく。

茜色の空が、少しずつ、紫色に沈んでいった。


わたしは、門の柱にすがって、声を殺して泣いた。


(これでいい)


(これで、あの人の命は、もう減らない)


左手の甲で、わたしの数字が、淡く光っていた。

その光が、今日ほど憎らしく思えたことはなかった。


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