↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あなたの寿命を、私にください ――世界でたった一人、私だけが彼の死を知っている  作者: Hamin
第6章 わたしが生きるほど

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
20/36

20話 速く減る数字

それから十日のあいだ、わたしは毎晩、二つの数字を日誌に書きつけた。

わたしの数字と、アルベルトさまの数字。


窓の外では、楡の葉が少しずつ色を変えはじめていた。

朝の空気がひんやりと澄んで、屋敷の庭には、焚き火のような落ち葉のにおいが漂っている。

季節が、夏から秋へ移ろうとしていた。


日誌の画面を、指でたどる。


「残り118日」

「残り115日」

「残り111日」

「残り106日」


一日に、一日ではない。

二日、三日、ときには四日。

彼の数字は、坂道を転がり落ちる石のように、速さを増しながら減っていた。

そして、その同じ日付の横に並んだ、わたしの数字。


「残り2年130日」

「残り2年136日」

「残り2年143日」


わたしの数字は、増え続けていた。


≪エリアさん。この十日間で、騎士団長の残り日数は二十七日減りました。経過した日数の、およそ三倍です≫


「……原因は」


≪わかりません≫


わたしは、スマホの画面を伏せた。

黒い板の背中の、小さな太陽電池パネルが、窓からの月明かりをかすかに映していた。


◇ ◇ ◇


その知らせが来たのは、翌日の昼だった。


「大神官さまが、お見えです」


執事の声に、伯爵さまの顔がこわばった。

応接間に通されたのは、白と金の衣の大神官オルドリク。

そして、その後ろに、銀色の髪をなでつけたノクス公爵が、にこやかに立っていた。


部屋に、甘ったるい香のにおいが広がった。

寿命院の神官たちがいつもまとっている、あのにおい。


「突然の訪問、許されよ、伯爵」


大神官は、勧められた椅子にも座らず、まっすぐにわたしを見た。


「今日は、セレスティア家の娘御に、お伝えしたいことがあって参った」


伯爵さまが、わたしをかばうように一歩前へ出た。


「娘に、何の用だね」


「騎士団長の、命のことだ」


わたしの心臓が、どくん、と鳴った。


(この人は、知ってる)


大神官は、ふところから、古い羊皮紙の巻物を取り出した。

黄ばんだ紙。かすれたインク。

その一行を、細い指でなぞった。


「寿命院に伝わる、古い記録だ。百年前の、あの英雄について書かれている」


大神官は、ゆっくりと読み上げた。


「時の外に出でし者を、ふたたび時の流れに戻さんと欲するならば、一人の命、そのすべてを捧げよ」


応接間が、しんと静まりかえった。


「娘御は、ご存じのはずだ。騎士団長の手に、数字がないことを」


「……」


「そして、その残りの日々が、近ごろ、あまりに速く減っていることも」


わたしは、答えなかった。

答えられなかった。


ノクス公爵が、くすりと笑った。


「顔に書いてありますよ、お嬢さん」


大神官は、巻物を巻き戻しながら、静かに言った。


「では、なぜ減るのか。教えてさしあげよう」


灰色の目が、まっすぐにわたしを射抜いた。


「娘御の数字が増えはじめたのは、騎士団長と出会ってからであろう。騎士団長の数字が速く減りはじめたのは、娘御がそのそばにいるようになってからであろう」


「……ちがいます」


「何がちがう」


「わたしの数字は、村にいたときから――」


「村にいたときとは、比べものにならぬほど増えているはずだ。違うかね」


わたしは、唇をかんだ。

星祭りの夜。一晩で、一年。


大神官は、ゆっくりと言葉を区切った。


「娘御の数字が増えるのは、あの男の残りの時間を、吸い取っているからだ」


(……え?)


「おまえは、知らぬうちに、英雄の命を喰らっている。神の数字を変える力とは、つまりそういうものだ」


大神官の声が、低く響いた。


「おまえこそ、本物の魔女だ」


◇ ◇ ◇


「出ていってくれ」


伯爵さまの声が、応接間に響いた。

ふだんは穏やかな老紳士の声が、震えるほど怒っていた。


「わしの娘を、魔女呼ばわりする者を、この屋敷に置くわけにはいかん」


大神官は、表情ひとつ変えずに一礼した。


「お心を乱して、失礼した。ただ、真実をお伝えしたまで」


扉の前で、ノクス公爵が振り返った。


「お嬢さん。もし、あの英雄を救いたいと思ったら、いつでも寿命院を訪ねなさい。命を返す方法は、ちゃんとあるのだから」


そう言って、公爵は微笑んだ。

珍しい宝石を眺めるような、あの微笑みだった。


二人が去ったあとも、甘い香のにおいは、なかなか消えなかった。

わたしは、応接間の真ん中に立ちつくしていた。

左手の甲が、じんじんと熱かった。


「エリア」


伯爵さまが、わたしの肩にそっと手を置いた。


「あんな者の言うことを、信じてはいかんよ」


「……はい」


返事はしたけれど、わたしの耳の奥では、まだ、あの声が響いていた。


おまえこそ、本物の魔女だ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。