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あなたの寿命を、私にください ――世界でたった一人、私だけが彼の死を知っている  作者: Hamin
第5章 恋をすると、命が増える

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18話 星祭りの夜

「星祭りに行きましょう!」


カイルさんが、屋敷の玄関で、両手を広げて言った。


「年に一度の、王都いちばんのお祭りですよ。屋台がずらーっと並んで、夜には空に灯籠を飛ばすんです。団長も、たまには息抜きしないと」


「私は、警護の任務中だ」


「だから、警護すればいいじゃないですか。お祭りで。エリア嬢の、すぐそばで」


カイルさんは、わたしに向かって、ぱちんと片目をつぶってみせた。


(この人……わざとだ)


アルベルトさまは、長いため息をついた。


「……カイル。おまえは、ときどき本当に余計なことをする」


「分隊長のつとめですから!」


◇ ◇ ◇


星祭りの夜の王都は、光の海だった。

大通りの両側に、色とりどりの灯籠がつるされている。焼き栗のにおい。甘い蜜菓子のにおい。笛と太鼓の音。

人々の笑い声が、どこまでも続いていた。


「すごい……」


わたしは、思わず足を止めた。

リーフェ村のおしゃべりの火とはちがう。けれど、人が集まって笑っている光景は、どこか似ていた。


「はぐれるな」


隣で、アルベルトさまが言った。

騎士服ではなく、黒い平服を着ている。それでも、黒い革手袋だけは、いつものとおりだった。

カイルさんは、気がつくといなくなっていた。


(やっぱり、わざとだ)


二人で、ゆっくりと人ごみの中を歩いた。

屋台で、蜜をかけた焼きりんごを一つ買って、半分こにした。


「甘い」


アルベルトさまが、ぽつりと言った。


「甘いものを甘いと感じるのは、百年ぶりだ」


「じゃあ、今日は、お菓子の日ですね」


「お菓子の日?」


「王女さまと決めたんです。七日に一日だけ、甘いものを食べていい日」


アルベルトさまは、少しだけ口の端を上げた。


「では、今日は特別な日だな」


◇ ◇ ◇


大通りのはずれまで来たとき、わたしたちは、ある建物の前で足を止めた。

白い石造りの建物。扉の上に、砂時計の紋章。

寿命市場だった。

祭りの夜だというのに、その前には、長い列ができていた。

灯籠の光が届かない暗がりで、灰色の顔の人たちが、黙って並んでいる。


アルベルトさまは、その列を、長いあいだ見つめていた。


「百年前も、こうだった」


「え……?」


「人々は、パンのために命を売り、豊かな者は、それを買った。私は、そういう国を守るために、命を差し出した」


彼の声は、静かだった。


「そして百年たっても、何も変わっていない」


わたしは、何も言えなかった。

アルベルトさまは、手袋をはめた左手を、じっと見下ろした。


「エリア。君に、言っておかなければならないことがある」


「……はい」


「私には、未来がない。あと百二十日あまりで、私は消える」


祭りの音楽が、遠くに聞こえた。


「だから、私は、誰も愛してはいけないんだ。愛された者を、また一人で残していくことになるから」


その言葉は、わたしに向けたものではなかった。

もっと遠い、百年前の誰かに向けた言葉のように聞こえた。


わたしは、ぎゅっとこぶしを握った。


(この人は、百年も、ずっとそうやって)


(自分の未来を、最初から捨てて生きてきたんだ)


気がつくと、わたしは口を開いていた。


「だったら、わたしが買います」


「……何を」


「あなたの命を」


アルベルトさまが、目を見開いた。


「寿命市場で、命が買えるなら。わたしの数字が、あなたのそばにいるだけで増えるなら」


声が、震えた。

でも、止まらなかった。


「あなたと結婚できるなら、わたしは何度でもあなたの命を買います」


言ってしまってから、わたしは、自分が何を言ったのか気づいた。


(けっ……結婚……!?)


顔が、燃えるように熱くなった。


「ちがっ、いまのは、その、言葉のあやで、つまり――」


そのときだった。

アルベルトさまが、笑った。

口の端を上げるだけの、いつもの笑いではなかった。

声を出して、肩を震わせて、本当に、おかしそうに笑っていた。


「……君は」


彼は、笑いながら、手袋の甲で目もとをぬぐった。


「君は、本当に、変な人だな」


「よ、よく言われます……」


その笑い声を、わたしは、一生忘れないと思った。


◇ ◇ ◇


夜空に、灯籠が舞い上がりはじめた。

何百、何千という小さな光が、ゆっくりと、星の中へのぼっていく。


「きれい……」


わたしたちは、並んでそれを見上げていた。

アルベルトさまは、もう何も言わなかった。

けれど、人ごみの中で、わたしがよろけたとき、彼の手が、そっとわたしの手を取った。

黒い革手袋ごしの手。

それなのに、その手は、温かかった。


屋敷に戻ったあと、わたしは震える指で、寿命日誌を開いた。

左手の甲を、画面の明かりにかざす。

そして、思わず、声を上げそうになった。


「残り2年126日」


一晩で、一年。

たった一晩で、わたしの命は、一年も増えていた。


≪エリアさん。……記録しました≫


ルカは、それ以上、何も言わなかった。

心拍数のことも、言わなかった。


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