17話 寿命日誌
その夜、わたしは自分の部屋で、寿命日誌を最初から読み返していた。
スマホの画面に、日付と数字が、ずらりと並んでいる。
リーフェ村で目覚めた日。「残り1年0日」。
トマを助けた朝。村の人たちが、おしゃべりの火に集まった夜。数字の減り方が止まり、少しずつ増えはじめた日々。
王都に来てから、数字の増え方は大きくなった。
そして、気づいてしまった。
大きく増えた日には、いつも、同じことが書いてあった。
王宮の夜の庭で、初めて話した日。七日。
王女さまと、三人で散歩をした朝。どの日も、二日から四日。
霧の朝、彼の手当てをした日。五日。
月の夜、彼の秘密を聞いた日。九日。
そして、昨日。彼が、百年ぶりに眠った夜。
「十五日……」
指先が、画面の上で止まった。
(全部、アルベルトさまと、会った日だ)
左手の甲を見る。
「残り1年120日」
≪エリアさん≫
ルカの声が、髪の下で響いた。いつもより、少しまじめな声だった。
≪記録を分析しました。エリアさんの数字が大きく増えた日と、騎士団長と過ごした時間には、強い相関があります≫
「そう、だよね……」
≪ただし、相関は原因ではありません。原因は、まだわかりません≫
「うん」
≪それから、もう一つ、相関があります≫
「……なに」
≪その日のエリアさんの心拍数も、いつもより高めです≫
わたしは、顔が一気に熱くなるのを感じた。
「ルカ!」
≪事実を報告しただけです≫
「もういい! 今日はおしまい!」
わたしは、髪の下に指を入れて、ヘッドセットの電源を切った。
部屋が、急に静かになる。
窓の外では、楡の葉が、夜風に揺れていた。
(ちがう。そういうのじゃない)
(わたしは、ただ、あの人が心配なだけ。患者さんとして)
枕に、顔を押しつける。
(……本当に?)
◇ ◇ ◇
翌日、セシリアの部屋で、わたしはうっかり口をすべらせた。
「エリア、なんだかぼんやりしてる」
「そ、そんなことないです」
「ううん、してる。お菓子の日なのに、焼き菓子を二つしか食べてないもの」
王女さまは、わたしの顔をのぞきこんだ。
それから、にやりと笑った。
「わかった。騎士団長のことを考えてたんでしょう」
「なっ……!」
「やっぱり! 最近、騎士団長、ちょっと怖くない顔になったもの。エリアのおかげね」
「王女さま!」
セシリアは、楽しそうに笑い転げた。
その手の甲で、「残り58年40日」の数字が、きらきらと光っていた。
◇ ◇ ◇
その日の夕方、屋敷に戻ると、アルベルトさまが門の前に立っていた。
警護の交代の時間だった。
「おかえり、エリア」
「……ただいま、戻りました」
それだけの言葉なのに、胸の奥が、またうるさくなった。
すれちがうとき、彼の左手が、ふと目に入った。
黒い革手袋。
その下に、あの数字がある。
(残り、138日)
わたしは毎晩、自分の数字といっしょに、彼の数字も日誌に記録するようになっていた。
わたしの数字は、増えていく。
彼の数字は、一日に一日ずつ、確実に減っていく。
(わたしが、あの人のそばにいるほど、わたしの命が増える)
(でも、あの人の命は、増えない)
その意味を考えるのが、少しだけ、こわかった。




