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あなたの寿命を、私にください ――世界でたった一人、私だけが彼の死を知っている  作者: Hamin
第4章 偽りの数字

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15話 セレスティアの名

その知らせは、王女さまのお菓子の日にやってきた。


「エリア、大神官さまが、あなたを寿命院に呼びたいんですって」


セシリアが、焼き菓子を半分に割りながら、眉をひそめた。


「数字を増やす娘を、くわしく調べたいって。お父さまに、何度もお願いしてるらしいの」


わたしの手から、焼き菓子のかけらが落ちた。


(寿命院……)


村に来た神官ベルントの、冷たい笑いを思い出す。

大神官さまが、どうお考えになるかな。


「それだけじゃないの。ノクス公爵も、あなたを自分のお屋敷で『保護』したいって言ってるのよ」


「ノクス公爵が……?」


王都に着いた日、回廊の広間で目が合った、あの銀色の髪の男。

珍しい宝石を見つけたような、あの微笑み。


(霧の朝、力ずくでさらえなかったから。今度は、王さまの許しを得て、堂々と連れていくつもりなんだ)


≪エリアさん。心拍数が上がっています≫


(わかってる)


「心配しないで、エリア」


セシリアが、わたしの手をぎゅっと握った。


「お父さまは、エリアを誰にも渡さないわ。わたしが、ちゃんと頼んでおいたもの」


◇ ◇ ◇


翌日、わたしは謁見の間に呼ばれた。

玉座の前には、国王陛下。

その左には、大神官オルドリク。右には、銀色の髪のノクス公爵。

そして、広間の壁際に、黒い手袋の騎士団長が立っていた。

あの夜から、アルベルトさまとは、ほとんど言葉を交わしていない。


「エリア。そなたの身の置き場について、話がある」


国王陛下が、ゆっくりと口を開いた。


「大神官は、そなたを寿命院であずかりたいと申している。公爵は、屋敷で保護したいと申している」


大神官が、うすく笑った。


「神の定めた数字を変える力。それが神のみわざか、それとも禁じられた魔術か。確かめるのは、寿命院のつとめでございます」


ノクス公爵も、なめらかな声で続けた。


「陛下。このような得がたい娘を、狭い王宮の一室に置いておくのは惜しい。わが屋敷であれば、何不自由なく暮らさせてやれましょう」


二人の目が、わたしを見た。

まるで、品定めをするように。


(この人たちは、わたしを、人として見ていない)


(寿命を生む、道具として見ている)


国王陛下は、しばらく黙っていた。

それから、静かに言った。


「どちらにも、あずけぬ」


広間が、ざわめいた。


「エリアは、王女の命の恩人だ。ゆえに、わしはこの娘に、ふさわしい身分を与えることにした」


陛下が手で合図をすると、広間の扉が開いた。

入ってきたのは、杖をついた、背の高い老紳士だった。

白い髪をきちんとなでつけ、目もとには、やわらかなしわが刻まれている。


「セレスティア伯爵ゲルハルトだ。この者の家に、エリアを養女として迎えさせる」


老紳士は、わたしの前まで来ると、ゆっくりと身をかがめた。


「はじめまして、エリア。年寄りの一人暮らしで、退屈な屋敷だが、よければ、うちの娘になってくれないかね」


その声は、驚くほど温かかった。

わたしは、どう答えていいかわからなかった。


(娘……)


前の世界で、わたしは、誰かの娘であったことがなかった。

いや、娘ではあった。けれど、それを喜んでくれた人はいなかった。


「……はい」


声が、少しかすれた。


「よろしく、お願いします」


伯爵さまは、目を細めて笑った。


「今日から、そなたの名は、エリア・セレスティアだ」


国王陛下の声が、広間に響いた。


その瞬間だった。

壁際に立っていたアルベルトさまの顔から、すっと、血の気が引いた。

彼は、まるで亡霊でも見たように、わたしと、伯爵さまを見つめていた。

それから、誰にも気づかれないように、ゆっくりと目を伏せた。


(どうして……?)


(セレスティアという名前に、何かあるの?)


◇ ◇ ◇


謁見の間を出たあと、わたしは長い回廊を歩いていた。

戦いの絵の並ぶ回廊。顔の小さな英雄たち。

角を曲がろうとしたとき、柱の陰から、低い声が聞こえた。


「……あの娘は、いずれ寿命庫へ」


わたしは、足を止めた。

柱の向こうで、二つの影が話している。

白と金の衣。銀色の髪。

大神官と、ノクス公爵だった。


「急がれますな、公爵」


「急ぎもする。寿命庫の結晶は、ここ数年で倍に増えた。それなのに、あの石のきしみは、日ごとに大きくなっている」


「封印の石が、もたぬと?」


「わが主は、腹をすかせておられる。百年の眠りから覚める日も近い」


(わが、主……?)


「数字を生む娘。あれがあれば、主も満たされよう。そして私は、決して死なぬ体を手に入れる」


大神官は、何も答えなかった。

ただ、長い衣のすそを引きずる音だけが、遠ざかっていった。


わたしは、柱の陰で、息を殺していた。

心臓の音が、耳の奥でうるさいほど鳴っている。


≪エリアさん。今の会話を記録しました≫


(ルカ……)


≪「寿命庫」「封印の石」「わが主」。いずれも、まだ意味はわかりません。ただ――≫


ルカは、少しだけ間をおいた。


≪エリアさんは、狙われています≫


わたしは、左手の甲を握りしめた。

回廊の窓の外で、日が傾きはじめていた。


この物語との出会いが、あなたの心に小さな彩りを添えられますように。


第4章を最後まで読んでくださり、心から感謝いたします。

★評価やブックマークで応援していただけたら、とても励みになります。

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