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あなたの寿命を、私にください ――世界でたった一人、私だけが彼の死を知っている  作者: Hamin
第3章 黒い手袋の騎士団長

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11話 病める王女

第3章、最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


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王女セシリアの部屋は、昼間だというのに暗かった。

厚いカーテンが、すべての窓を覆っている。部屋の中を照らしているのは、何本ものろうそくの火だけだった。

甘いにおいがした。焼き菓子と、砂糖漬けの果物と、溶けたろうのにおい。

部屋の奥の大きな寝台に、十二歳の少女が埋もれるように座っていた。


金色の髪はもつれ、頬は青白い。膝の上には分厚い本が開かれ、枕もとには、菓子の皿が三つも並んでいた。


「……誰」


かすれた声だった。


「リーフェ村のエリアです。王女さまを診るように言われて来ました」


「医者なら、もう十人も来たわ。みんな、苦い薬を置いて帰っていった」


セシリアは、本から顔も上げなかった。


「どうせ、あなたも同じでしょう」


わたしは、王女の左手を見た。


「残り58年」


数字だけ見れば、まだたっぷりと残っている。けれど、侍女長から聞いた話では、その数字がこの半年、一日に二日、三日と、理由もなく減り続けているのだという。


(村の人たちの数字が増えたのと、逆のことが起きてる)


◇ ◇ ◇


わたしは、すぐには何もしなかった。

かわりに、寝台の横の椅子に座って、ただ王女が本を読むのを見ていた。

一刻がたった。


「……何もしないの?」


セシリアが、ちらりとわたしを見た。


「王女さまが話したくなるまで、待ってます」


「変な人」


「よく言われます」


セシリアは、ふん、と鼻を鳴らして、また本に目を落とした。

けれど、ページをめくる手は、さっきより遅くなっていた。

その日、わたしは夕方まで、ただ王女のそばにいた。

次の日も、その次の日も。


三日目の昼、セシリアがぽつりと言った。


「お母さまも、この本が好きだったの」


わたしは、黙ってうなずいた。


「お母さまが死んでから、外に出たくなくなった。明るいところにいると、お母さまがいないのが、よく見えてしまうから」


ろうそくの火が、小さく揺れた。


「夜は眠れないの。目を閉じると、お母さまのことを思い出すから。だから、本を読むの。朝まで」


「お菓子は?」


「……甘いものを食べているときだけ、少しだけ、悲しくなくなるの」


わたしは、そっと王女の手を取った。

冷たい手だった。


(この子は、病気なんじゃない。ひとりで、悲しみの中に閉じこもってるんだ)


◇ ◇ ◇


その夜、わたしはルカと相談した。


≪昼夜逆転、日光不足、運動不足、甘いものによる血糖値の急な上下、そして孤立。数字が減っている原因として、どれも考えられます≫


「薬じゃ、治らないよね」


≪はい。必要なのは、生活と、人とのつながりです≫


次の朝、わたしは侍女たちに頼んで、王女の部屋のカーテンを、一枚だけ開けた。

朝の光が、細い帯になって部屋に差しこんだ。


「まぶしい……!」


セシリアが、掛け布を頭からかぶった。


「王女さま。少しだけ、窓のそばに来てくれませんか」


「いや」


「朝の光を浴びると、夜、眠りやすくなるんです。体の中の時計が、朝だって気づくから」


「体の中に、時計なんてないわ」


「あるんです。王女さまの体の中にも、ちゃんと」


長い沈黙のあと、掛け布の中から、小さな声がした。


「……少しだけよ」


◇ ◇ ◇


それから、わたしは少しずつ、王女の毎日を変えていった。

朝は、窓辺で光を浴びる。それから、窓を開けて、外の風を入れる。

食事には、野菜と豆と、トマの母親が持たせてくれた、すっぱいキャベツの漬物を少しずつ。


「すっぱい!」


「お腹の中の、小さな仲間のごはんです」


「お腹の中に、仲間なんているの?」


「いますよ。王女さまを守ってくれてる、大事な仲間が」


いちばん大変だったのは、お菓子だった。


「お菓子は、週に一日だけにしましょう」


「いやよ!」


セシリアは、枕を抱きしめて叫んだ。


「毎日食べなきゃ、悲しくなるもの!」


「じゃあ、こうしましょう」


わたしは、指を一本立てた。


「週に一日、『お菓子の日』をつくります。その日は、好きなお菓子を、好きなだけじゃないけど、ちゃんと選んで食べていい日」


「……好きなだけじゃないの?」


「じゃないです」


「けち」


「そのかわり、お菓子の日は、わたしもいっしょに食べます」


セシリアは、枕の陰から、じっとわたしを見た。


「……いっしょに?」


「はい。ひとりで食べるより、二人で食べたほうが、ずっとおいしいんです」


長い交渉の末、お菓子の日は「七日に一日」と決まった。


◇ ◇ ◇


最後の処方は、散歩だった。


「庭を、歩きましょう」


「いや。外は、人がいっぱいいるもの」


「朝早くなら、誰もいません」


王に相談すると、王はしばらく考えてから言った。


「王女の散歩には、護衛をつける。……アルベルトに頼もう」


次の朝。

まだ朝露の残る庭に、黒い騎士服の青年が立っていた。


「おはようございます、殿下」


アルベルトが、深く頭を下げた。

セシリアは、わたしの後ろに隠れるようにして、小さな声で言った。


「……騎士団長は、いつも怖い顔をしてるわ」


「そうですか」


アルベルトは、真顔のまま答えた。


「では、今日は少し、怖くない顔を練習しましょう」


セシリアが、目をぱちくりさせた。

わたしは、思わず吹き出しそうになった。


(この人、冗談を言うんだ)


三人で、朝の庭を歩いた。

最初の日は、噴水まで。次の日は、生け垣の迷路の入口まで。その次の日は、迷路の真ん中まで。

セシリアは、少しずつ口数が増えていった。母のこと。好きな本のこと。昔、この庭で母とかくれんぼをしたこと。

アルベルトは、ほとんどしゃべらなかった。けれど、王女が転びそうになると、誰よりも早く手を差し出した。


黒い革手袋をはめたままの手で。


(いつも、手袋を外さないんだ)


わたしは、その手を見つめた。

ある朝、迷路の出口で、セシリアが振り返って笑った。


「エリア! 騎士団長! 早く!」


その笑い声が、朝の庭に高く響いた。

アルベルトが、ほんの少しだけ、目を細めた。

その横顔を見ていたエリアの胸が、なぜか、きゅっと痛くなった。


◇ ◇ ◇


ひと月がたった。

セシリアの部屋のカーテンは、もうすべて開け放たれていた。

王女は夜になるとちゃんと眠り、朝は自分から窓辺に立つようになった。頬には赤みが戻り、もつれていた金色の髪は、侍女がきれいに編んでいる。

ある朝、セシリアが、左手をわたしの前に突き出した。


「エリア、見て!」


「残り58年12日」


「増えてる! 減ってないの、増えてるのよ!」


セシリアは、わたしに飛びついた。

その知らせは、すぐに王のもとへ届いた。

謁見の間で、王は玉座から立ち上がり、わたしの手を両手で握った。


「礼を言う。娘を、救ってくれた」


疲れていた王の目に、光るものがあった。


「エリア。そなたを、宮廷に迎えたい。王女の、そしてこの王宮の、命の相談役として」


わたしは、深く頭を下げた。


(役に立てた。ここにも、わたしの居場所ができた)


けれど、謁見の間の隅で、大神官オルドリクが、何も言わずにこちらを見ていた。

その目は、まるで実った果実の重さを量るように、冷たく、静かだった。


◇ ◇ ◇


その夜、わたしは寿命日誌を開いた。


「残り1年70日」


この一か月で、数字は大きく増えていた。

日付と数字を、一つずつ指でたどっていく。

大きく増えた日には、ある共通点があった。

王女と三人で、朝の庭を歩いた日。


(……アルベルトさまと、会った日)


わたしは、あわててスマホを伏せた。


≪エリアさん。何か発見しましたか≫


「な、何も!」


≪そうですか≫


ルカの声は、どこか、笑っているように聞こえた。

窓の外では、月が王宮の庭を照らしていた。

噴水のそばに、今夜も、黒い人影が一つ、立っていた。


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