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第二章『人の形をした、邪な』


「――…から言ったんだけど」


「仕方……い、だろう」


誰の声、だろうか。

うっすら目を開ける。

床に寝かされた私の前には、噂の王子と相方の逢知利央。

ここで私は、何を……?

どれくらい時間が経っているか分からない。


「お前の“仕方ない”には漏れがあるんだっての」


「あれを飲むくらいなら俺は人間を貪り食らっても構わない」


「ワガママも大概にしろ馬鹿王子め」


覚醒したばかりの私の前で、この2人の会話が騒々しい口喧嘩に発展していく。

私は、気絶していたのか、眠っていたのか。

その辺の記憶は定かじゃないけれど、先ほどの出来事はしっかりと頭に残っている。

ついでに、首筋の痛みも。


そっと起き上がると、真っ先に私の存在に気付いた逢知利央。


「ぅ、おっ……起きてた…」


かなり失礼な反応だな。

眉間にシワを寄せて、凝視してくるその眼を見返す。

ふい、と顔を逸らすと私を見ていたようで王子とバチリと目があった。

いや、神威と言うべきか、どっちだろう。


「本当にルイ、なのか…?」


躊躇うように口を開いた王子は、私をまっすぐ見つめて問いかけてきた。

すぐに反応できなかったのは、記憶が混濁していたせいもある。

数秒ののち、私は頷いた。


「貴方の言うルイ・マッキンベルが、前世の存在なら……きっと、そうだと思う」


そう答えるや否や、温かい何かに包まれた。

否、王子に抱きしめられた。


「やっと、やっと会えた。お前に会うまで、何度転生して、絶望を繰り返したか分からないっ…」


涙交じりの声に、私は無意識に彼の頭を撫でていた。

こうして抱き合うのも何世紀ぶりだろうか。

焦がれた相手が今、目の前にいる。

だけど……

彼が欲しているのは私であって私ではない。

“ルイ”という名の、私の中に潜む別人だ。


喜ぶべき、なんだろう。

けれどもそれは今の私を否定することになる。

嬉しさは確かにあるけれど、同時に空虚な気持ちが沸々と込み上げてくる。

ああ、私は……今世の私は、やっぱり愛されてはいない。

そのことが悲しくて仕方なくて。

そして、悲しむという感情が私にまだ残っていたことに驚く。


『イラナイ子』


そう面と言われて、何度悩んだ?

何度狂うほど泣き叫んだ?

けれどそんな子供の足掻きも、大人たちは見て見ぬふりどころか、気付きもしない。

この人は、こんな私でも愛してくれるのだろうか。


「貴方、は……私を愛してくれてるの?」


不意に、そんな問いが唇からこぼれ出た。


「ああ、愛している」


それはルイに向けての言葉に違いなかった。

なぜなら、今世では今日この日まで接点を持つことが一度たりともなかったから。


「そう…」


知らず知らずのうちに瞼の奥が熱くなる。

涙がこぼれそうなのを、必死で堪える。

泣いてはいけない。

そう思った私の心情とは裏腹に、王子は言葉を続けた。


「だから、お前のことも知りたい」


「……え…?」


「気付いているだろうが、俺が焦がれているのはルイだ。だが、今世のお前について知っていることは何もない。だから、教えてくれ。お前という存在を、余すことなく」


今度こそ涙が頬を伝いこぼれ落ちた。

なんて律儀で、優しい人なんだろう。


「私……私、は……」


喉の奥がつっかえて、うまく声にならない。


「私は、間宮椿」


「そうか、椿。俺は宝生瑠架だ」


初めて言葉を交わしたような気分だ。

彼を知りたい。

今の彼を知って、丸ごと彼を愛したい。

そう、思ってしまったら止まらない。

信じてもいいのだろうか。

私は、彼を……。



いくつかある学園の一大行事の一つ、マスカレード。

またの名を『仮面舞踏会』


夏季休暇を終えて、生徒達が浮き足出すこの時期。

あまり気乗りしないまま、自分とは関係ない催しだと思っていた。

同時に、ヴァンパイアという存在が現実にいるのだと、再確認させられてかなり経った。

休みボケが目立っていた生徒も、テスト2週間前になるとパタリといなくなった。

そんな中――。


「お、間宮ちゃん。偶然」


教材片手に、廊下を一人歩いていると、利央に遭遇した。

あの一件以来、何かと絡むことが多くなった。

…とはいえ、あっちから声をかけてくるため到底無視できないという、ただそれだけ。

と、いうのは恐らく口実で……

個人的にはこの人の性格は嫌いじゃない。

それが、私が彼を避けない、正直な理由なのだけども。


「どこ行くん?」


「……勉強をしに図書室へ」


「うっへぇ……間宮ちゃん見るからに勉強できそうだしなー」


ちなみに、彼が私を苗字にちゃん付けという愛称で呼ぶのは、名前よりも親しみを覚えたからとのこと。

それとなく正そうとしたけど、一向に治る気配がなく、今ではすっかり定着している呼び方。

何事も慣れ……なのだと思う。


「あの…王子、は一緒じゃないの」


「…瑠架のやつがそれ聞いたら嫌がるぞ?」


いつも2人で行動しているのに。

珍しい……と思いながら問えば、何が面白いのか楽しげに返された。

王子は王子なのだけど。

やっぱり嫌がられるか……?

面倒くさいからと定着した呼び名が頭を駆け巡った。


利央と話すと何故だか調子が狂い、本音がぽろりと零れてしまうのが難儀なところ。

今まで心の内だけで留めていた言葉が漏れ出るのだからかなり厄介だ。


「ははっ…ま、いーや。

瑠架なら自室でベンキョー中。周りに人がいると何も手につかなくなるって質だから厄介なんだよ」


まあ、そうだろう。

自分以外の者……

ましてや種族も違う、秘密も共有できない人間と必要最低限同じ空間にいるのは彼の性格上、できないに違いない。

それも容易に分かること。


「あ、そーだ。間宮ちゃん勉強教えてくんねー?」


「……え?」


「瑠架があんなで近付くなオーラ出してるから聞きにもいけねーの。

俺、赤点常習犯だしもう成績落とすわけいかないわけよ」


な?と首を傾げて色気を漂わせだす利央。

頼む側の立ち振る舞いとは思えない行動。

色仕掛けで誘っているつもりなのだろうか、この男は。


「別に、いいけど…」


「よっしゃ。んじゃ何処ですっか」


「…あまり人がいない方がいい」


「つったら、空き教室当たるしかなぁ…」


頭を掻きながら、限りなく面倒くさそうに言うのは勝手だけれど。

巻き込まれた私の方が不憫だとは思わないのだろうか。

どうして了承してしまったのか分からないけれど、この笑顔に毒気を抜かれているのかもしれない。

他人を自分のペースに引き込む、どこか憎めない性格。

しばらく付き合って、自然と理解してしまったこの人の長所に違いない。


結局、鍵の空いている教室を一つ一つ調べることになった。

けど、そのいずれかも既に人が溜まっていたり、あまりに掃除が行き届いていなかったりと様々。

地味に困難を極めたけれど、ようやく誰もいない空き教室が見つかった。


長いこと使われていないから多少の埃は気になるけれど、換気をすれば使えないことはない。

校舎の端に面しているから目立たず、静かに勉強ができる。

鼻歌を口ずさみながら一人で楽しそうな利央の横で、教材を両腕に抱えながらふと、疑問をぶつけてみた。


「あの」


「んー?」


「転生……って、誰しも経験することなの?」


気にはなっていたけど、以前はいろいろと混乱していて、その場限りの対応で精一杯。

聞けずじまいだったのを思い出した。

利央は話の内容が飲み込めないのか、一瞬きょとんとする。

その後で、ああ……と合点がいったように手を打った。


「普通はしない。俺も前世の記憶とやらは持ってないしな。魂ってのが大きく作用するってことくらい」


「そうなの…?」


「生き物ってのは、死んだら体は腐敗するだろ?

魂はその逆で、死んだらまた次の媒体を探して生き続け、生命と共に産まれてくる。

俗にいう生まれ変わりってやつだな」


「生まれ、変わり…」


「つっても、世界中の生き物全ての魂が生まれ変わるわけじゃない。

放っときゃ持ち主の役目を終えた魂は、浄化されて消えていく。

生まれ変わりに必要な絶対条件。それは、生前の強い思いが影響する。

生まれ変わるってのは非常に稀なことなんだよ」


感じた衝撃。

頭の中で様々な弧を描いて絡み合い、ピタリとはまっていく。

知らなかった。

深い想いを抱いて生まれてきた者……。


「そんで、そのまた先に行くとかなり特質になってくるぞ。

魂に刻まれた、生前の強い記憶を受け継いで産まれてくる希少種がいる」


「それは、まさか…」


「俺もよく知ったあいつ……瑠架が、それだ」


まさに丁度、私が考えていたその人で間違いなくて、ドキリとした。


「おかげで上のジジイどもときたら、神の再来だなんだって瑠架を崇めやがって…」


ぶつくさ言って口調が仄かに変わる利央。

ああ、あの人も抱えているものが沢山あるんだ。


「神…?」


「そ。元々瑠架の前世は高貴な奴らしくてさ、神の力を有する高位の霊的存在だって今でも近しい奴らはそう認識してる。

虫唾が走るよな。……つっても、本人が一番不愉快なんだろーけどさ」


…確かに。

行く先々でそう呼ばれれば、辟易することだろう。


「もうオッケー?」


うん、と頷きかけて顔を上げた。

まだ聞きたいことがあったのだ。

ある意味ではこっちが本命なのかもしれない。


「ルイ…マッキンベル」


私をその人だと言ったあの人の。

その目は確かな、確信を持っていた。


「一体、どんな人……?」


私の記憶は完全ではない。

だから、手探りで“彼女”のことを知らなければならない。

そして今、その名を口にした私を目を見開いて凝視する利央。

きっと、何かがある。


「なんで、そんなこと…」


そんなこと、ね…

ピタリとその場で足を止める。

必然的に、利央の足が一歩前で止まり、不思議そうに振り向く。

視線が、交わった。


「貴方も、気付いているでしょう?」


私であって私ではない人。

前に一度、校内で王子に強く引き止められたことがあった。

あの時は人違いだと言われたけど……

確実にルイという人と間違えていた。


「……ああ、そうかもな。

ルイ・マッキンベルは、瑠架の……」


言いかけて、言葉が途切れた。


フワ…――


突如香った独特な、薔薇の匂い。

と同時に、横をすり抜けていった男子生徒を、見送る利央。


「あいつ、は……」


どうしたの、と。

そう問おうにも、あまりに真剣な眼差しに気後れしてしまって、結局聞くことはなかった。



先ほどの利央の反応はなんだったのか。

そんなことを考えながら道を歩く途中、廊下のど真ん中で固まる人だかりに遭遇した。

それも全員女子という異様な光景。

目を向けた先にいたのは、女子の中心でにこやかに対応する男子生徒の姿。


「うわぁっ…あれ隣のクラスに転校してきた噂のイケメンでしょ?」


「レベル高いわぁー…」


羨望の眼差しを送る、側の女子たちの会話が耳に入った。

なるほど、どうりでこの人だかり。

あの目立つ容姿で見たこともない人。

転校早々、噂の的…か。

確かに周りが放っておくはずもない外面。


人だかりのせいで横を通り抜けられないで足を止めた。

小さくため息を漏らし、人当たりの良さそうなその人に再度視線を向けると、タイミング悪く目が合った。

花が咲くような笑顔を向けられた瞬間。

背筋が冷たくなる、ゾッとするような感覚に陥った。

言葉にできない、刺すような視線。

頰が引きつる。

表情が強張った気がした。

固まる私を他所に視線は外された。


気のせい……?

いや、そうでありたい。

まさか突然、不自然なほどの寒気に襲われるとは思いもせず。

腕をさすりながら人の間をすり抜け、見なかったふりをすることにした。


その後、何とか人並みから外れることができたけど。

あと少しだと体に鞭打っても言うことを聞かない。

たった今階段を降りてきたというのに、踊り場でへばってしまった。

どうしたんだろう。

これ以上歩けない。

体の自由が効かない。

壁に背をついて途方に暮れていると、目の前に影ができた。


見上げれば、そこにいたのは転校生。

どうしてここに……?

何か用でもあったのだろうか。

荒い呼吸を抑えながら、無言でじっと相手を上目に見つめる。


「あーあ。ほんとツイてないし。

ちょっと目を離したら逃げられるんだもんなぁ」


「逃げ、る……?」


意味が分からない。

上から見下ろしてくる視線に戸惑い、息を吐きながら聞き返す。

ただ、気分が優れないため、あの場を退いただけのこと。

この人にとやかく言われる筋合いはない。


「うーん?自覚なしかー。

見たところまだ完全に……とはいかないみたいだね」


一人でぶつぶつと、何の話をしているのだろう。

体の不調がさらに悪化して、ズルズルとへたり込んだ。


「僕は伯凰深門(はくほう みかど)。よろしくね、間宮椿ちゃん」


「どうして、私の名前を…」


私の問いかけなど聞こえないかのように、目の前の転校生は顔を近づけてきて、耳元で囁いた。


「人の生き血を啜る化け物ってさ……僕ら吸血鬼のことを言うんだよ」


一瞬、何を言われたか理解できなかった。

呆然と、目と鼻の先にある顔を凝視し状況を把握。

ああ、この人もヴァンパイアなのか。

だけど、どうして私の名前を知っている…?


得体の知れないものを見たかのような、恐怖が湧き上がってきていた。

どうして、私は震えているの?

伸びてきた手に、反射的に目を瞑るけど、彼は私の顔のすぐ横に手をついただけだ。

彼の左手はスラックスのポケットに沈んでいて、逃げられそうなのに何故か隙がない。

その顔は余裕たっぷりの笑顔を浮かべ、嫌みがましい。


「へぇ…。触れたんだ。

この首筋に、瑠架くんの牙が…さ」


冷たい感触。

横にあった手が首筋に移動してきたのが分かった。

ツツ…と指先が伝い、びくりと肩が跳ねる。


「あの人が狂うほど突き立てたんだってね、この柔肌に。ああ…温かいなぁ…」


いつの間にか指先だけでなく、手の平全体で感じるかのようにぴたりと触れられていた。

彼はうっとりしたような表情で言葉を続ける。


「こうやって触れ合うだけで分かるよ。

君の血は甘くて、とっても魅力的。

この首筋から伝う鮮血はどれだけの美味なんだろうね。楽しみだよ」


嫌な予感がする。

その顔つきは甘く、誘われているよう。

まるで自分以外の誰かに体を制御されているかのように、一歩も動くことができない。


「ねぇ、君の血……味見させてくれない?」


言いながら掌をぺろりと舐められ、ゾクリと体中に悪寒が走った。

罠と分かっていながらも香りに誘われ、自ら蜘蛛の手中に飛んでゆく蝶の如く。

気を、緩めそうになる。

バラの香りが鼻をつき、頭がくらくらする。

彼から漏れ出るフェロモンは、どれだけの女性を魅了するのだろうか。

きっと、人間にはない吸血鬼特有の能力か何かに違いない。

理性を保っていなければ、今すぐにでも自分から飛び込んでいってしまいそうな、そんな気にさせられる。

ギリリ、と奥歯を噛み締めていると……


「……っつ…ぅ」


掌を牙でなぞられたと思った瞬間、針に刺さったような痛みが走った。

小さな赤い球が浮かび、牙で切れたのだと悟る。

掌から細く流れた鮮血が、手首を伝い彼の舌に掬われた。


「ああ、もったいない」


そう言い、上目に私を見上げるこの人は確信犯だ。

人の羞恥を煽り、面白がっている悪魔。

なのに、どうして……?

気持ち悪いはず、なのに。

さっきから体が熱くて、疼いて仕方ない。

悪戯な笑みを貼り付ける彼を睨みつける。

ふっと笑った転校生は、お手上げだと言わんばかりに私から離れた。


「他人の所有物に手を出すほど僕は愚かではないよ。

僕も瑠架くんを本気で敵に回したくはないんでね」


所有…物……?

私があの人の……

やっぱり私と瑠架は、前世の恋人同士だったのだろう。


甘美な誘惑と苦痛に呑まれて、意識を失いかけた時。


「何をしている」


凍えるような寒冷さを孕む、地を這うような低い声色。

聞き取った瞬間、私の理性を意のままにしていたのだろう呪縛から解放された。


「だいじょぶか、間宮ちゃん」


錯乱状態の私を引っ張り上げて支えたのは、今日もまた行動を共にしていたであろう利央。


どうして……いや、それよりも何故?

ちらりと王子を一瞥し、視線を下ろした。

この人が、何故ここにいるのだろう。


「何しているかって……?

やだなぁ、ちょっと品定めを…ね」


掴まれた腕をやんわりと解き、私を見下ろして意味深に言ってのける。

深まる笑みのその理由は聞けず、無言で目を逸らした。

この人と目を合わせていると危険だ。


……ああ、まただ。

この人からも、懐かしい感じがする。

私は彼を知っている…?

とうとう意識を失う直前、私は無意識に呟いていた。


「アル、ニス…?」


驚いた表情の転校生を見たのを最後に、意識がぷつりと途切れた。



【利央side】


あー…どーしたもんかね。

間宮ちゃんを保健室まで運んで、現場に舞い戻ってみりゃこの状況。


「相変わらず抜けた顔だな」


「それはそこの馬鹿に言ってあげなよ。

君こそ、いつからそんなに腑抜けになったんだい?」


…ちょい待ち。馬鹿って俺のことだよな。

てかお前そればっかだな。

はぁーあ、とため息をつく。

幼少ん時から全く成長しないこの2人の仲は険悪だ。

今も、昔も変わらず。


「皮肉だね。僕と瑠架くんがいがみ合ってまで手中に収めようとした彼女がすぐ側にいるなんて。

3人揃うなんて、何世代ぶりだろうね」


あーもう。調子狂う。

あーあ、そんなあからさまな…。


「あのなぁ……

あのままお前の“魅了”の力を使ってたら、間宮ちゃんは壊れてたはずだ。

そんなことしたら意味ないだろ」


そんなに大事な存在なんだったら、だけどな。


「……いいことじゃないか。

完全なる記憶を呼び起こせば、今はまだ色あせた原石は宝石のごとく最上級に光り輝く。

けれど、君らの側にいたらそれこそ可哀想だ。

あの子はさ、僕に愛されてこそ真に輝けるんだよ?

要するに……僕に興味のない奴に価値はないってことだ。

他の男を見るくらいなら、いっそ壊れてしまえばいいんだよ」


「相変わらず健全に病んでんなお前…」


ちょっと引くわ。

もちろん、そんなこと言ったらややこしい事になりかねないため口をつぐむ。


「ルイは危うい自身の立ち位置をよく理解していたよ。

弁えた上で君と恋仲となり、死を覚悟して安らかな眠りについた…。

だから彼女は双方ともに傷付かない方法をとり、その記憶に蓋をした。

君と永遠に結ばれることのないようにね。

違うかな?」


「……」


「とても清らかで優しい彼女のしそうなことだね。

それもルイの魅力の一つだよ。

流石は僕の永劫なる最愛の人だ。

だけどね……本音を言ってしまえば、僕は君が憎い。

真底憎いよ、瑠架くん。

彼女を受け入れるだけ受け入れて、それで終わりかい?

彼女に愛されていた頃、君はそんなんじゃなかった。

もっと、話の通じる奴だったよ。

だからこそ、がっかりだ。

今後、腑抜けのまま僕の前に出てみろ。

容赦しない」


放つ言葉は、拒絶と非難で棘だらけ。

けどその顔は驚くほど穏やかだ。

言いたいことは言い切った。

そんな表情で泣きそうに微笑んだと思ったら、方向転換して行こうとした。

後ろから、思わず声をかける。


「もう……いいのか?」


「僕から言うことは何もないよ。

…かと言って、ようやく見つけた彼女から手を引くつもりはない。

彼女にただ1人愛されていた癖に……今さら後ろ向きになる奴には絶対に渡さない。

君が手を出せないのなら、僕が横から掻っさらう」


憤怒にも似た、淡紅に鋭く光った瞳。

素直な嫉妬をだだ漏れにし。

その言葉は、まるで瑠架を射抜くように。

諌めるかの如く辛辣に響いた。

こいつもこいつで、怒ってんだろうな。

いくら恋敵と言えど、スキあり状態でみすみす手に入っても面白くないのか。

俺の周りは不器用しか揃わないのかね、まったく。


「おい、瑠架……」


言いかけて、口を閉ざす。

一体、俺は何を言おうとしたんだ?

俺が言えることなんて何もないはずなのに。


けど……こいつにはちゃんと、届いたか?

そう、思いてーな…。

奥歯を噛み締めて作り拳の親友を見やって、息を一つ吐いた。



【深門side】


「アルニス」と、彼女に前世の名を呼ばれて不覚にも狼狽してしまった。

あの子は、自分を覚えている。

否、思い出したと言うべきか。


転生するたび、彼女を思い出した。

あれはルイじゃない、別人だと思いこもうとすればするほどに、胸はいたく締め付けられた。

当然だ。

どう足掻こうとも、誰であろうと。

たとえ姿形は違えども。

それが、一心同体の同一人物に間違いないからだ。

自然と上がってしまう口角は、自力では止められない。


「は、はは……」


漏れ出た声はあまりにも掠れ、乾き、枯れていた。

ずっと、待ち望んだ覚醒に一歩と近付いた。

それは喜ばしいことのはずだというのに。

……どうして。

素直に喜べないのはなぜだろう。


いや、分かっている。

その理由を自分は確かに、知っているはずだ。

彼女の歩む道のその先に、いつも、自分がいないからなのではないか……と。

野良のように汚らしい格好で人間に紛れて暮らしていた。

いつ死んでもおかしくない状態でルイに拾われ、愛をもらった男は、彼女を深く愛した。


なのに、何度時を繰り返そうとも、彼女が想うのはただ一人。

自分は今世でも、きっとあの男に負けてしまう。

けれどもそんな危機的状況を感じつつ、焦りは微塵も湧いてこない。

結末はいつも残酷に、悪い意味で彼に味方をしてきたからだろう。

運命は、結果として愛し合う二人を遠ざけ引き離す。

その点のみ取れば、自分は救われてきたと言えようか。

二人の仲を、嫉妬と憎悪で狂いながら引き裂いてきた。


今回も、もしもそうであったなら……自分は本当に、おかしくなってしまうかもしれない。

互いを求め、想い合うも結ばれず。

あの2人を取り巻く環境が悪過ぎた。

……と言ってしまえたら簡単だけれど、そう単純に物事は運ばないのだろう、きっと。


それぞれが死に別れ、別の次元を生き、それでも巡り合ったのはまぎれもない事実。

それがどれほど強い因果で近しい者たちを繋いできたのか、僕にも分からないわけがない。

望んだ結果はいつも、思わぬ方向へと向かい、僕と彼女との仲を阻む。

一歩近付くたびに、また数歩離れる。

その距離は徐々に開いていき、最終的にはこの世で一番嫌いな男の手中に収まる。


足場の悪い階段をいとも容易く上り詰め、自分を見下ろすのは苦労を知らぬ無知な奴。

寵幸を欲しいままにしているにも関わらず、それに気付かない愚かな仇敵。

幸せを掴むのはいつだって、憎くて憎くて仕方ない、すまし顔のヴァンパイア。


そんな男が炎の中で絶望している時は、歓喜に打ち震えたものだ。

それほどまでに、自分が奴を嫌う理由は因縁の中にあった。

自ら望むものが皆無に近かった彼が初めて欲した一人の少女。

それを後から現れたふらつきのヴァンパイアなどに奪われた。

実にみじめで滑稽な己の姿。

生きてきて、これほどまでに屈辱的なことが他にあっただろうか。

後に残るは虚しさのみ。


そんな折、起きた暴動。

いい気味だと、ざまあみろと思った。

結果、自身も失ったものは大きく、互いにその差は相違ないものだったが。

愚劣で良いなら嘲りはいくらでもある。

言い方は時に形を変え、相手を蔑む。

けれども、その本質はどこまでいっても一つなのだ。


『羨ましい』――。


どれだけ妬み嫉んでも、辿り着くのはその思い。

今世もそうなるだろうと予測をし、分かりきった事だと、冷笑が漏れた。

歪んでしまった心が、ずっと叫んでいたと知りもせず。


僕はそう、あの時に火種を撒いただけ。

薄汚い大人達に手を貸してやっただけ。

あの暴動は、幾多の命を奪う引き金となった。

だけど、それが何だ。

ルイを手に入れるためなら、彼女を虐げてきた大人達を葬るのも容易いこと。

炎の渦に呑まれる光景を一望し、愉悦の笑みを浮かべ見下していた自分を思い出す。


「クソ……っ!!」


壁に拳を叩きつけ、どうにも出来ない憤りをぶつける。

当然、気分が晴れるわけはない。

ああ、忌々しい。

もどかしく、それでいて焦れったい。

この上なく不愉快だ。


本当、イライラさせるなぁ――…っ。


歯軋りをしてもどうにもならないことは分かっている。

けれど苛立ちが抑えられない。

行き場のない感情の都合のいい抑制方法など知らない。

だからこそ、あらまし通りに進まない、自身の掻き乱された心に冷静さを欠く。


『思い通りにいかないのなら、壊してしまえばいい』

――いっそ、全てこの手で。


頭の中で無情にも問いかけられた言葉が木霊する。

ふらりと体勢が崩れて、壁に手をついた。


そうだ、全部壊してしまえばいい。

今までだってそうしてきただろう?


過去は再び繰り返す。

けれどそれは、決して開けてはいけないパンドラの箱。

手を付けてしまえば後戻りはできず、待っているのは悲劇の再来。


“輪廻”


繋がりが複雑に縺れ、絡み合い、戻れない闇へと彼らを堕とす。

過去は再び嵐を呼び、誰も知る由のない開幕戦までのリミットを今か今かと待ち焦がれ、崇高な高みから見下げる静観者となる。


何が善で、誰が悪か。

過去と現在とを結ぶ、固く細い糸を垂らした発端は何か。

根深く継がれた連鎖はまだまだ止まらず。

一区切りを付け中断された物語は、最終局面を迎えるまでは終わらない―――…


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