07 執着と狂気(テオドルスside)
テオドルスが自分勝手な言い分を吐き散らかす回です。
不快な思いを回避したい方は、ぜひともスルーしてください。
(読み飛ばしても、話はつながると思います)
ファルクス侯爵邸から戻ってきた僕は、自室に入ると乱暴にドアを閉めた。
「……クソッ!!!」
思わず拳で壁を叩きつける。
「クソッ!! クソクソクソッ!!!」
罵声とともに、何度壁を叩きつけても一切痛みを感じない。
「……なんで……なんでだよ、ラウラ……!!!」
ぎりりと拳を握りしめ、さっきまで目の前にいた愛しい彼女の冷たい視線を思い出す。
あんな目で見られたことなど、今まで一度もなかった。初めてだった。
彼女はいつだって、無償の愛に溢れた熱っぽい視線で僕を見つめ返してくれていたのに――――。
ラウラと初めて会ったのは、学園の入学式だった。
可愛らしい令嬢はたくさんいたが、柔らかなココアブラウンの髪にラベンダー色の瞳を持つ見目麗しいラウラはひと際人目を引く存在だった。美しかった。
それからすぐに、僕はラウラとの婚約が決まったと聞かされる。
王家とファルクス侯爵家との関係強化のために結ばれた政略的な婚約ではあったものの、僕にとっては降って湧いたような幸運だった。
それは、ラウラにとっても同じだったらしい。
ラウラは最初から、僕に対する好意を隠そうとはしなかった。いや、はじめは恥ずかしそうに遠慮する素振りを見せていたが、僕への好意を隠し切れていなかったのだ。そのひたむきないじらしさに、僕自身もどんどん惹かれていった。
いつでも、どこでも、どんなときでも、ひたすら一途な恋情をまっすぐに向けてくれるラウラ。
僕を見つけると頬を染め、ラベンダー色の瞳をキラキラさせて、小走りで駆け寄ってくるラウラ。
常に全力で献身的な愛情を注いでくれるラウラの隣にいると、僕は無条件で満たされた。愛される喜びに浸り、求められる優越感に酔いしれることができた。
でも、ラウラへの想いが加速度的に肥大していくのを自覚する一方で、僕は次第にどうしようもない焦りと苛立ちを覚えるようになる。
可憐なラウラに向けられる、数多の令息どもの露骨な視線が煩わしい。
誰彼構わず、平気で無邪気な笑顔を振りまくラウラの無防備さが腹立たしい。
ラウラのすべては、僕のものだ。本当はラウラをほかの男の目に触れさせたくないし、接することすら禁じたい。
いっそのこと、早く僕だけのものにしてしまいたい。
逃げ出せないよう二人だけの檻の中に閉じ込めて、僕がいないと生きていけないくらいに依存させてやりたい。
そんな抗い難い独占欲にたびたび支配されつつも、僕は努めて平静を装いながら学園生活を送っていた。特に、ラウラの前では荒ぶる衝動を一切見せないよう、日々細心の注意を払い続けた。
僕の心の奥底に渦巻くどす黒い欲望と執着を、ラウラに知られてはならない。
その一心だった。
ところが。
ある日、僕は廊下でラウラの友人である令嬢に話しかけられた。
楽しく立ち話をしていると、不意に鋭い視線が突き刺さる。
顔を上げた瞬間、少し歪んだラウラの表情が視界に入った。
――――ラウラが嫉妬している……?
その直感がもたらしたのは、強烈な優越感と底知れぬ恍惚感。
僕がほかの令嬢とほんの少し立ち話をしているだけで、ラウラは一人嫉妬に悶え、傷ついたように打ち震えている。
正直言って、ぞくぞくした。
僕はそこまでラウラに愛されているのかと、瞬時に実感できた。
僕だって、毎日毎日ラウラへの欲望と衝動を必死にこらえ、焦燥感をやり過ごしているのだ。激しい独占欲が暴れ出さないよう、注意深く自制し続け、我慢に我慢を重ねている。
ラウラも少しは、僕の苛立ちや苦しみを味わえばいい。
僕の苦悩を、葛藤を、思い知ればいい。
そんな歪な願望はどんどんどんどん膨れ上がり、いつしか僕は、ラウラに隠れてラウラの友人たちと秘密の逢瀬を楽しむようになっていた。
彼女たちはちょっと声をかけるとほいほいついてきて、僕のささやく偽りの愛に容易く身を委ねる。
時には行為を盛り上げるために、ラウラを貶めるような言葉も言った。政略的な婚約だから本当は愛などないとか、扱いやすくて便利な婚約者だとか。もちろん本心ではなかったものの、少しだけ溜飲が下がったのは確かだった。
でも、それもこれも、ラウラへの愛の深さゆえ。
僕と同じ苦しみにあえぎ、僕と同じところまで堕ちてきてほしいという、純粋な渇望ゆえなのだ。
それに、もしもラウラが真実を知ったとしても、彼女ならきっとわかってくれると思った。僕を愛するラウラなら、すべてを知ってもきっと許してくれる。
むしろ、ずっと苦しめ続けてごめんなさいと涙を流して詫びながら、僕のすべてを受け入れてくれるに違いない。
それほどまでに、彼女が僕に注ぐ無償の愛は揺るぎなく、永遠に僕を満たし続けてくれる。
そう信じて疑わなかったのだ。
それなのに。
あの夜会の日以降、すべてが変わってしまった。
夜会の最中、僕は以前から深い関係にあったナタリアと隠れて会っていた。
その間に、ラウラは体調を崩して倒れたらしい。慌てて駆けつけると、真っ青な顔をしたラウラがいた。
無理をせずこのまま王城に泊まればいいと引き止める僕に、ラウラは心なしか素っ気ない笑顔を見せたばかりか、すぐさま侯爵邸へと帰ってしまう。
そこまで体調が悪かったのかと心配する僕を尻目に、数日後いきなり叔父上が僕と数人の令嬢たちとの秘密の関係をことごとく暴露して、激しく非難し始めた。ラウラから相談を受け、僕の身辺を徹底的に調査したというのだ。
そうこうしているうちに、僕とラウラとの婚約はなかったことにすべき、という話が持ち上がり、あれよあれよという間にあっさり婚約は解消になってしまった。いくら抗議し、反発しても駄目だった。
陛下には、「破棄ではなく解消にできただけ、ありがたいと思え」とまで言われてしまう始末。
居ても立っても居られなくなった僕は、ラウラと直接話し合いたくて何度も何度も侯爵邸を訪れた。でも、一向に会わせてもらえない。
そのうえ、あろうことかラウラと叔父上との婚約が決まったと聞かされたのだ。
冗談じゃない。
確かに、「叔父」とはいえ陛下とだいぶ年が離れている彼は、僕たちからすれば七歳年上。婚約や婚姻が不可能というわけではない。
ただ、同じ王族といっても、あいつには下賤の民の血が交じっている。そんなやつにラウラを奪われるだなんて、到底許し難い。
だというのに、「わりと最初から可愛いラウラにメロメロだった」なんてぬけぬけと言いやがって……!
ラウラもラウラだ。
あんな男の言葉にわかりやすく頬を染めて、ラベンダー色の目をキラキラさせて、はにかんだような笑顔を見せるなんて。あの顔を俺以外の男に向けるなど、絶対にあり得ない。
君と僕とは、あんなにも愛し合っていたじゃないか。
君の気持ちは、僕だけに向かっていたはずだろう?
何があっても、君は僕だけをずっと愛し続けるべきなんだ。
ラウラは、僕だけのもの。
絶対に誰にも渡さない。
あの献身的な愛情を、一途でひたむきな熱を帯びた視線を、何がなんでも取り戻さなくては――――。
お読みいただき、ありがとうございました。
気持ち悪くなっていませんか?
私は最高に気持ち悪いです。
マジでキモい……! でももっとキモい感じを追求したい! と思いながら書いていたら、こんなことになってしまいました。
次話はラウラとザインがいちゃいちゃしているだけの回なので、ほっこりしていただけると思います(笑)




