06 新旧婚約者対決
久しぶりに会ったテオドルス殿下は、一瞬「別人?」と思ってしまうほど様子が違っていた。
輝いているはずの金髪は心なしかボサボサだし、頬はこけ、目は淀んでいてクマもひどい。なんだか全体的に、よれっとしている。
それでも私の姿を目にすると、殿下はパッと顔を輝かせた。
「ラウラ……! 会いたかった……!」
感極まって跪き、目をウルウルさせる殿下を一瞥して、私は思う。
……やっぱりキモいんですけど。
薄々わかってはいたものの、生理的に無理だと思う気持ちは依然として変わらなかった。それを今、改めて再確認してしまった。
しかもこの人、三年間で五人の女性と浮気していたのよ? 信じられる?
そう思うと、もはや話す気さえ失せる。むしろどんどん気が滅入る。
そんな私を気遣ってか、ザイン様が大袈裟に身を乗り出した。
「テオドルス、ラウラはもう君の婚約者じゃない。呼び捨てにするのはやめてくれないか?」
思った以上に手厳しい先制攻撃である。
テオドルス殿下はハッとしたような顔をして、それから「……すみません、叔父上」と小さな声で応える。
「でも、どうしてここに叔父上が……」
「どうして? 愛しい婚約者に会いにきてはいけないのかな?」
「い、愛しい……?」
「そうだよ。急に決まった婚約だから、私たちの間には特別な感情などないと思っているのだろう? でも、それは違うよ。少なくとも、私はわりと最初から可愛いラウラにメロメロだったし」
「メッ!? え!? ええっ!?」
思わず大声を上げる私を見て、ザイン様が可笑しそうに笑う。
「そんなに意外?」
「だ、だって――」
「ずっとそう言ってきただろう? 婚約が決まってからは、はっきりと口にしてきたつもりだけど?」
「それは……」
「信じていなかったんだな?」
「……はい」
観念したように頷くと、ザイン様はやれやれといった顔をする。
そして少し厳しい表情をしながら、テオドルス殿下に目を向けた。
「ラウラが私の言葉を信じようとしなかった理由がわかるか? テオドルス」
「……え?」
「君の裏切りを知ってしまったからだよ。信頼していた相手に一度でも裏切られたら、人は信じることに臆病になってしまう。だからラウラは、私がいくら愛をささやいても本気にしようとはしなかったんだ」
「あ、あれは、裏切りなどでは――!!」
声を荒げるテオドルス殿下に、ザイン様はわかりやすく眉をひそめる。
「あれが裏切りでないというなら、何を裏切りといえばいいのかぜひとも教えてほしいものだが」
「いや、ち、違うんです。僕は、いえ、僕にとっては、当然ラウラだけが特別で、ほかの令嬢たちのことは別になんとも思っていなくて――!」
「そんなわけはないだろう? 私の報告書は読んだよな? 彼女たちは一様に、『テオドルス殿下はラウラ様との婚約に乗り気ではなかった』だの『ラウラ様を都合のいい婚約者だと見下していた』だの『本当に愛するのはラウラ様ではなく、自分だと言ってくれた』だのと話していたようだが?」
「ですからそれは、全部言葉の綾で――!」
「言葉の綾ねえ……。便利な言葉だ」
尖った口調でそう言うと、ザイン様は冷ややかな目でテオドルス殿下を見返した。
「君がどういうつもりでそんな戯れ言を吐いていたのかは、この際どうでもいい。しかし君の言動は、ラウラにとって裏切り以外の何物でもないんだよ。本心じゃないだの、軽い冗談だのといった言い訳は、一切通用しないということを肝に銘じておけ」
「そんな、本当に、僕にとってはラウラだけが大事なんです! 彼女たちとのことは本気じゃなかったし、向こうだってそれはわかっていたはずです! 僕が本当に愛しているのは、ラウラだけなんです!」
思い余って立ち上がり、必死の形相で主張するテオドルス殿下の言葉に、私は内心呆れ果てていた。
あれだけのことをしておいて、「愛しているのはラウラだけ」?
いやいやいや。
どう考えても、無理がある。ありすぎる。
そんなめちゃくちゃな屁理屈を並べてでも、ファルクス侯爵家という婿入り先を逃したくないってこと?
結局はそこか。そうか。なんだかなー。とても、がっかりである。
でも、時すでに遅し。
殿下との婚約はとっくに解消されているし、代わりにザイン様との婚約はすんなり成立している。
今更何を言っても殿下の望む通りにはならないのだから、ここはもう、きっぱり諦めていただきたい。
そんな思いでかつての婚約者を見上げると、殿下は熱っぽい視線でとんでもないことを言い出した。
「それに、いくら叔父上がラウラを愛しく想っていても、ラウラが愛しているのはこの僕です! ラウラは本当は、まだ僕のことを愛してくれているはずです!」
はあ~~~~!?
今世紀最大の救いようのない思い違いに、私はソファから転げ落ちそうになった。確かそういうテレビ番組が、前世であったような……(何だっけ?)。
これはもう、さすがの私も黙っていられない。
盲目的に殿下を愛し、あれこれ貢いで言いなりになっていたあの頃とは違う。
前世の記憶を思い出した今、私は一回りも二回りも図太い、強靭な鋼メンタルの女になったのだ。ふん。
「殿下」
私はすっと背筋を伸ばして、真正面から殿下の顔を睨みつけた。
「ラウラ! 君からもちゃんと言ってくれ! 君はまだ、僕のことを愛して――」
「いるわけがないでしょう?」
問答無用の凍てつく口調に、殿下が「えっ!?」を目を見開く。
「確かに、以前は殿下のことを心からお慕いしておりました。でも今は、どちらかというと虫唾が走るといいますか、金輪際かかわりたくないといいますか」
「む、虫唾!?」
「当たり前じゃないですか。誰が好き好んで、浮気三昧の不誠実男を選ぶというのです?」
「だからあれは、浮気じゃなくて――!」
「いいえ。あれは浮気です。誰がなんと言おうと、百パーセント浮気です。殿下がなさったことを浮気かどうか判断するのはあなたではなく、被害者たるこの私です」
「ラ、ラウラ……」
「それに、先日の夜会の際、私は殿下とナタリア様が人目を忍んで逢瀬を楽しんでいた事実を目の当たりにしておりますし」
「……え……?」
あの日のことを指摘され、テオドルス殿下はあからさまに狼狽える。
ザイン様が作成した『不貞行為報告書』には夜会でのことは書かれていなかったから、まさかバレているなんて思ってもみなかったのだろう。
「……や、夜会……?」
「あのとき、殿下とナタリア様がどんな会話をしていたのか、私はすべてまるっと全部覚えておりますよ? どうせ私はちょっと優しく接してやれば勝手に勘違いしてあれこれと尽くしてくれる、扱いやすい女ですからね」
「いや、ちが――」
「私と結婚したとしても、あなたの愛は永遠にナタリア様のものなのでしょう? しっかりと覚えておりますよ?」
「ち、違う! あんなのはただの遊びだ! 本音はずっと、君のことを――」
「いい加減、寝言を言うのはやめてもらっていいですか?」
とどめを刺すような冷たい声に、テオドルス殿下は息を呑む。
「誠実さを欠いた言動で私を裏切り、ともに歩む未来を手放したのはテオドルス殿下ご自身です。都合のいい婿入り先を失いたくない殿下のお気持ちは理解しますが、今更愛を語られたところで信じるつもりはございません」
「ラウラ!」
「――お引き取りを」
容赦のない決別宣言に殿下は言葉を失い、そしてがっくりとその場に頽れたのだった。




