05 王弟殿下の全力モードが炸裂する
当初は仕方なく婚約を受け入れた形の、ザイン殿下だったのだけど――――
「君の無謀な提案を渋々了承したとはいえ、婚約すると決めたからには俺も全力で挑むつもりだから」
「……え? で、殿下って、ご自分のことを『俺』と言っているのですか?」
「親しい人間の前ではね」
「親しい……」
「君とテオドルスとの婚約破棄あるいは解消に関して陛下やファルクス侯爵を納得させ、新たに俺と君とが婚約することを了承してもらうためにはそれ相応の準備と段取りが必要になる。当然、ラウラも協力してくれるだろ?」
「は、はい、もちろん――って、え? ラウラ?」
「ラウラも俺のことは呼び捨てで構わないから」
なんか、思った以上に本気モードが炸裂していた……!
そこからの動きは早かった。
ザイン殿下、じゃなくてザイン様(呼び捨てはさすがに無理だった)は、まずテオドルス殿下の不貞行為に関する追加情報を入手しつつ、一切の言い逃れができないよう証拠集めに奔走した。
そして、私とテオドルス殿下との婚約破棄(あるいは解消)はやむを得ないものの、王家とファルクス侯爵家とのつながりや政略的な意味合いを考えれば、婚約者をザイン様に変更するのが妥当であるとの意見書も作成。
さらには、これまで非公式にザイン様が行っていた陛下や宰相の補佐的な役割に関し、しっかりとした役職名や担当部署の創設を提案。人員配置から引き継ぎ事項に至るまで詳細な書類を作成し、また関係各所への根回しも含めて万全の態勢を整えた。
そうすることで、ザイン様が侯爵家へ婿入りする際の抵抗と反発を和らげたのだ。
ここまでされたら、誰も「No」とは言えない。
心情的には諸手を挙げて賛成する気にはなれないものの、かといって反対するための根拠には欠ける。
有能なザイン様を手元に置いて搾取し続けようとしていた陛下や宰相も、はじめはザイン様の出自に難色を示していたお父様も、最終的にはこちらの思惑通りにすべてを了承してくれることとなった。
私とテオドルス殿下の婚約は晴れて解消になり、代わりにザイン様との婚約が決まったのだ。
婚約が結ばれると、ザイン様は早速お父様の懐柔作戦に打って出た。
王城での公務補佐の傍ら、時間を見つけては我が邸に顔を出し、お父様にも必ず声をかけるザイン様。
積極的にお父様との交流を図り、「侯爵、ぜひとも教えていただきたいことがあるのですが」などと侯爵領に関して質問攻めにしたかと思えば、「陛下も侯爵に対して殊の外信頼を寄せているようです」などと王族の名前を出して必要以上に持ち上げる。
テオドルス殿下はそんなこと一切しなかったものだから、ザイン様に対するお父様の評価は日に日に爆上がり。
しばらくすると、「不誠実極まりないテオドルス殿下より、実直堅実で優秀なザイン殿下に来ていただいたほうが侯爵家の未来は安泰だろう」などとふんぞり返るようになったお父様。
案外、ちょろかった。
「ザイン様」
今日も今日とて、ザイン様は我が邸を訪れている。
「引き継ぎの準備やら何やらで、お忙しいはずですよね? お父様の懐柔作戦は難なく成功したのですし、無理していらっしゃらなくても大丈夫ですよ?」
「君は本当につれないよね、ラウラ」
ソファの隣に座りながら、ザイン様は少し拗ねたような顔をする。
「侯爵の懐柔は意外に簡単だったけど、肝心の君は全然懐柔されてくれないじゃないか」
「……私のことは、別に懐柔する必要などないと思いますけれど」
「わかってないな。俺が一番に懐柔したいのは、ラウラなんだよ? 早いとこ君を懐柔しておかないと、いつ逃げ出されるかわからないんだから」
そう言って、ザイン様はからりと笑う。
どうもザイン様は、いまだに私が平民になろうとしているのでは、と危惧しているらしい。
まあ、時々は、前世の記憶がどこまで通用するのか試してみたかったな、とは思うけど。
「心配しなくても、黙って逃げ出したりはしませんよ」
「愛しいラウラに逃げられたら、俺が困るんだからね?」
出た。
婚約に向けて本気モードが炸裂した頃から少しずつ、無事婚約が決まってからははっきりと、ザイン様の様子がおかしい。すこぶるおかしい。
渋々婚約を受け入れたはずの人が、やたらと私を甘やかそうとするし、「可愛い」だの「愛しい」だの「ラウラだけだよ」なんて甘い台詞を口走るようになっているし、やけに甘々な溺愛生活になっているのだ。解せない。
本音をいえば、正直もう恋愛なんて、という気持ちが私の中には少なからずある。
前世でも裏切られ、今世でも裏切られたら、ザイン様の言葉を素直に信じる気には到底なれない。私って恋愛向いてないんだろうな、とも思う。
それに、ザイン様との関係だって打算と脅迫から始まっているのだ。
だからこのまま、合理的な協力関係を続けていければそれでいいとさえ思っているのに、なぜか予想外にザイン様がぐいぐい攻めてくるんだけど。
ソファの隣で妙ににこにこしているザイン様を複雑な気持ちで眺めながら、目の前のティーカップに手を伸ばしたときだった。
突然ドアをノックする音がして、返事をすると執事が顔を覗かせる。
「ラウラ様、よろしいでしょうか?」
「どうしたの?」
「実は、第二王子殿下がいらっしゃいまして……」
その言葉に、どういうわけか部屋の温度がすーっと下がった。なぜ?
「……申し訳ないけど、帰ってもらって。お約束もしていないし」
「承知いたしました」
慣れた様子でその場を立ち去ろうとする執事を呼び止めて、ザイン様は訳知り顔をする。
「テオドルスのやつ、ちょくちょくここに来ているんだろう?」
「……ご存じだったのですか?」
「まあね。あいつだけは、最後の最後まで婚約解消に納得していなかったからな」
そうなのだ。
度重なる自分の不貞行為が暴露され、貴族社会全体が婚約解消もやむなし、という雰囲気になっても、テオドルス殿下だけは婚約解消を受け入れようとはしなかった。
それどころか、何度となくこの屋敷を訪れては、もう一度私に会わせてほしい、直接会って話し合いたい、としつこく食い下がったのだ。
私のほうはもう顔も見たくなかったし、お父様も「好きにしていい」と言っていたから、あの夜会の日以降、殿下には一度も会っていない。
正式な婚約解消の手続きをするときも、ザイン様が「無理しなくていい」と言ってくれたから、結局王城には行かずにお父様とザイン様に任せることにしたのだ。
殿下のほうは、私に会えるチャンスだと期待していたようだけど。
結局、婚約は無事に解消され、これで一件落着とホッとしたのも束の間、テオドルス殿下は怯むことなくたびたびこの屋敷を訪れる。毎回会わずに追い返しているのだけど、諦める気配はない。
最近の懸念事項がとっくにバレていたことに若干の気まずさを感じていたら、ザイン様は軽い調子でこう言った。
「ちょうどいいじゃないか。テオドルスに入ってもらったらどうだ?」
「え」
「嫌なのか?」
「嫌ですよ。今更話すことなどありませんし」
「でも、ラウラだってちょっとは気になっているんだろう?」
……鋭い。
そりゃ、気にならないわけがないじゃない。
毎日のようにくるんだもの。
何がしたいのかと思うじゃない。
「大丈夫だよ、俺がいるんだし。何があっても、俺がラウラを守るから」
自信ありげに微笑みながら、またまたしれっと甘い台詞を吐くザイン様。
「……わかりました」
そうして私は、あの夜会の日から数週間ぶりにテオドルス殿下と対峙することになったのだ。




