02 転生令嬢、無謀な計画を立てる
「はあ~~~~……」
盛大なため息が漏れた。
私は王立図書館の裏庭で、がっくりと項垂れる。
存在すら忘れ去られたかのように静まり返るこの場所は、一人になりたいと思ったときよく訪れる絶好の隠れスポット。
盛大なため息をついたとて、誰かに咎められることもない。
転生に気づいてからというもの、私は合法的に婚約破棄(この際解消でも可)する方法を求めて連日頭を悩ませていた。
婚約者の浮気現場に遭遇したショックで意識を失い、王城の一室で前世の記憶とともに目覚めたあの日。
しばらくすると、婚約者であり憎き裏切り者でもあるテオドルス殿下が血相を変えて部屋に飛び込んできたのだ。
「ラウラ! 大丈夫か!?」
心配した様子でベッドのそばまで来た殿下は、私の手を握りしめると安心したようにつぶやいた。
「よかった……! 君が倒れたと聞いて、生きた心地がしなかったよ……」
「……も、申し訳ございません」
やっとのことで取り繕った笑みを浮かべた私は、内心思いっっっっ切り毒づいていた。
超絶キモいんですけど……!!!!
さっきまでほかの女と隠れていちゃいちゃしていたくせに、何食わぬ顔で私の手を握るとか、ほんとあり得ない。
いいから早くその手を離してほしい!!!!
もう生理的に無理だと悟った私は、「心配だし、このまま王城に泊まって休んでいったらどうだ?」と引き止める殿下の言葉を振り切って、どうにかこうにか我が家まで帰ってきたのだ。
帰ったら帰ったで、私が夜会で倒れたと聞きつけたお父様から「テオドルス殿下に余計な心配をかけるな」なんて言われてしまったのだけど。
お父様にとって、私は王家と縁付くための道具でしかない。
私が生まれたときだって、男児ではなかったことに不満しかなかった人だ。すでに他界したお母様は、ねぎらいの言葉一つかけてもらえなかったらしい。
そんなお父様に、「殿下の浮気が発覚したから婚約をなかったことにしたい」と言ったところで認めてくれるとは思えない。
むしろ、殿下の心変わりを理由に婚約がなくなっては敵わない、殿下の心をつなぎ止めるようもっと努力しろ、なんて言われるのは目に見えている。
それに。
残念ながら、一番重要なのは――――
いくら浮気現場に遭遇したと主張しても、現状ではそれが不貞行為の確たる証拠にはなり得ないということだった。
私だって浮気現場に遭遇し、話し声を耳にしただけだから、実際に殿下やナタリア様の姿を見たわけではない。まあ、名前を呼び合っていたし、二人の声に間違いはないわけだから、本人たちだと断言はできる。
でも、それだけでは客観的な証拠とは言い難い。
大事な婿入り先を失いたくない殿下は、浮気を指摘されたとしても躍起になって否定するだろう。知らぬ存ぜぬを押し通されれば、はっきり言ってそれ以上の追及は難しくなる。
だいたい、傍から見れば私たちは人並み以上に仲睦まじい婚約者同士だったのだ。
私が殿下の不貞行為を暴露し声高に糾弾したって、きっと誰一人として信じてはくれないだろう。
「はあ~~~~……」
本当にもう、ため息しか出ない。
いくら気が動転していたとはいえ、あの場から立ち去るべきじゃなかったのでは? なんて思ってしまう。勇気を持って踏み込んでいたら、何かが変わっていた可能性だってあったはず。
まあ、転生前の現代日本だったら、咄嗟にスマホで写真を撮るとか録音するとかできたのかもしれないけど。
でも当然、そんなもの異世界には存在しない。
「……もう詰んだわ、これ」
投げやりな気持ちで、独り言ちる。
どう考えても八方塞がりなこの状況に、いっそ何もかも捨てて逃げ出してしまおうか、なんて気持ちにもなってくる。
そりゃあ、貴族令嬢が家出して市井で暮らそうとするなんて、この世界の常識からすれば狂気の沙汰。とんでもなく無謀な暴挙である。
でも、幸か不幸か私は転生者。
現代日本に身分制度はないし、全員庶民といえば庶民である。一部、庶民とはだいぶかけ離れた生活をしているセレブと呼ばれるような人はいるとしても。
あの生活を考えれば、案外平民として暮らしていけるような気がするんだけど。
しかも、この世界にはなんと各種魔導具が存在する。さすがにスマホはないけれど、生活に必要な魔導具や何かと便利な魔導具ならたくさんあるし、なんとかなりそうな気がしないでもない。
いや、逆に、なんとかなるんじゃないの?
大学生活で一人暮らしも経験済みだし。
じゃあ、逃げるとしたらどこだろう? 修道院とか?
その前に、先立つものが必要よね?
というか、貴族と平民とでは金銭感覚にだいぶ違いがあるんじゃなかった……?
平民として生きていくなら、その辺りの準備も必要ってことよね……?
あれこれと考えに耽っていた私は、意図せずぽつりとつぶやいた。
「とりあえず、一旦平民になってみるかー」
その瞬間、「え!?」という素っ頓狂な声が後ろから飛んできて、私は反射的にがばりと振り返った。
そこにいたのは――――
「……君は確か、ラウラ・ファルクス侯爵令嬢だよね……? テオドルスの婚約者の……」
戸惑いぎみに眉根を寄せる、ザイン・スコルヴィアン王弟殿下だったのだ。
問われた私は慌てて立ち上がり、膝を落としてカーテシーをする。
「……ご、ご機嫌麗しゅう、ザイン殿下」
なんとか平静を装うものの、ザイン殿下は相変わらず渋い顔をしたまま私を凝視している。
王族である第二王子と婚約している私は、一応ザイン殿下とも面識がある。ザイン殿下は現国王陛下の末弟で二十五歳。実は私やテオドルス殿下とは、七歳しか年が違わないのだ。
そんな殿下は淡い空色の瞳を曇らせながら、ゆっくりと私のほうへ近づいてくる。
「……不躾なようだけど、君は今、『一旦平民になる』なんて言っていなかった……?」
【悲報】 私のつぶやきはしっかりちゃっかり聞かれちゃっていたようです。




