10 呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン
「な、なんだ!?」
突然のすさまじい稲光と天地を揺るがすほどの轟音に、私もテオドルス殿下もその場でピタリと動きを止める。
と同時に、前触れもなくたくさんの靴音と何人もの人の声が廊下のほうから聞こえてきた。
あれよあれよという間にガチャリとドアが開き、すごい勢いで飛び込んできたのは――――
「ラウラ!!」
「ザ、ザイン様……!?」
するりと伸びてきた腕に、私はしっかりと抱き止められる。
「……ラウラ、よかった……!!」
切羽詰まった低い声に、なんだか体の力が抜けていく。
「遅くなってごめん! 一人になんて、するんじゃなかった……!」
「……ど、どうして、ここが……?」
ザイン様が答えるより早く、どっとなだれ込んできた近衛騎士のみなさまがテオドルス殿下を一斉に取り囲む。
「テオドルス。お前、自分が何をしたのかわかっているのか?」
苦々しい顔つきでそう尋ねたのは、第一王子で王太子のセルギウス殿下。
ザイン様と一緒に駆けつけてくれたらしい。
「な、何って、僕はただ、ラウラと話し合いたいと思っただけで――」
「お前は自室での謹慎を命じられていたはずだ。こんなところにいていいはずがないだろう?」
「で、でも、兄上! ラウラに会うためには、こうするしかなかったんです! そもそも理不尽な理由で僕を自室に閉じ込めるだけでなく、愛し合う僕たちを引き裂こうとするあなた方のほうが間違っているのではないですか!?」
テオドルス殿下の言葉に、セルギウス殿下はより一層眉をひそめた。
心の中で、「こいつ、やべえな」と思っていることが丸わかりである。
わかります、わかります。
こいつ、本当にやべえですよね。
セルギウス殿下は一ミリも表情を変えることなく、厳しい口調でこう言った。
「……いくらラウラ嬢に会うためとはいえ、文官や給仕を買収してラウラ嬢にいかがわしい薬を飲ませた挙句、このような場所に無理やり拉致するなど言語道断」
「あ、兄上っ!」
「それに、お前とラウラ嬢が愛し合っているという事実はすでにない。いい加減、現実を見ろ」
そう言って、セルギウス殿下はゆっくりと私たちのほうに視線を向けた。
その動きにつられたテオドルス殿下の虚ろな目が、ひしと抱き合う私とザイン様の姿を凝視する。
「……え……? ラウラ……?」
「お前が入る余地などもうないんだ。わかったか」
小さく息を吐いたセルギウス殿下は、近衛騎士たちに「連れていけ」と指示を出す。
テオドルス殿下は放心したように立ち尽くし、なす術もなくそのまま近衛騎士たちに連れていかれてしまったのだった。
◇・◇・◇
「……ほんとになんともないか?」
王城の応接室に移動するや否や、ザイン様は私の顔や体のあちこちに触れながら、気遣わしげに尋ねた。
「……頭が少し痛いのとめまいがするくらいで、あとはなんとか……」
「今、薬湯を準備させているから。飲んだら少し落ち着くと思う」
「……ありがとうございます」
薄く微笑むと、ザイン様が切なそうに眉を曇らせ私を抱きしめる。
「……怖かっただろう? ほんとにごめんな」
「……大丈夫です。すぐに来てくれましたし……」
言いながら、私ははたと気づいて顔を上げる。
「……あの、ザイン様。どうして私たちのいる場所がわかったのですか?」
その問いに、なぜかザイン様は「うっ」と言葉に詰まった。わかりやすすぎる反応である。
文官に連れていかれたザイン様は、大広間に戻ってきてすぐに私がいないと気づいたはず。
でも、いかがわしい薬を飲まされ気を失った私が連れていかれたのは、王城の中でも普段はあまり人気のない一角。他国の要人がこの国を訪れた際に使用される、貴賓室が並ぶエリアなのである。
私がどれだけの時間眠らされていたのかはわからないけど、短時間であの場所を特定するなんて容易なことではない。
この状況でいなくなったのならテオドルス殿下に連れ去られたのでは、と推測したとしても、それならむしろ、第二王子の私室とかその辺りを捜索するほうが自然なわけだし。
どうにも気になってじっとザイン様を見つめると、観念したようにふっと笑った。
「俺さ、実はまだラウラに話していないことがあって」
「……何ですか?」
「いや、そのうち言おうとは思ってたんだよ。結婚するまでにはちゃんと言おうって」
「だから何ですか?」
「実は俺、『精霊の申し子』なんだ」
「……………………はい?」
たっぷり十秒くらいは静止していたと思う。
「…………『精霊の申し子』って、あの『精霊の申し子』ですよね?」
「そうだね」
唖然とする私を前にして、ザイン様はちょっと得意げに笑っている。
――――『精霊の申し子』とは。
かつて、この世界を創造した精霊王は、我が国の王家に精霊の加護と祝福を与えたとされている。
以来、王族の中には、精霊と精霊王の特別な加護を授かった『精霊の申し子』と呼ばれる存在が時折生まれるようになった。
『特別な加護』の内容は秘匿されているものの、これまでに生まれた『精霊の申し子』とされる王族は全員即位し、王となって国を治めている。
『精霊の申し子』が即位すれば総じて名君となり、この国は豊かさを享受して栄華を極めると伝えられているからである。
「……え、じゃあ……」
「ただし、このことは誰にも言ってないんだ」
「……誰にも、ですか? 陛下とか、亡くなったお母上様とか、セルギウス殿下にも?」
「そもそも気づいたのは、母上が亡くなる直前だったからね。四歳、いや五歳くらいだったかな。もともと、なんかちっこい光の粒みたいなのがふわふわ飛んでるなー、とは思っていたんだけどさ」
「それってもしかして、精霊なのですか?」
「そうらしい。直接会話はできないけど、なんとなく言いたいことはわかるというか、意思の疎通は可能というか」
光の粒の正体が精霊だと気づいたザイン様は、自身が『精霊の申し子』であることにも当然気づいたらしい。
ただ、それを公言することは憚られた。母親の身分が低すぎるからだった。
「俺が『精霊の申し子』だとバレたら、王にならざるを得なくなる。平民の血が交じっている俺なんかが即位するのは、なんか違うなと思ってさ。そういう柄じゃないし」
そうだろうか。
ザイン様が国王になったら、後の世の教科書とかに『賢王』として名前が残りそうな気がするけど。
「だから、誰にも言ってないんだ。まあ、セルギウスは薄々勘づいているような節があるけどな」
「……私に話してしまって、よかったのですか?」
「言っただろ? はじめから、いずれは話すつもりだったって。ラウラにだけは、隠し事とかしたくないからさ」
「……王には、ならなくてもいいのですか?」
遠慮がちに、でもきっぱりと尋ねてみる。
ザイン様はちょっと驚いたような顔をして、それから甘く微笑んだ。
「王になるより、ラウラとずっと一緒にいたい。ラウラのそばで、ラウラと一緒に生きていきたい」
そう言って、ザイン様は愛おしげな目をしながら私のこめかみにちゅ、と口づける。
ザイン様によれば、『精霊の申し子』が授けられる『特別な加護』とは、申し子を常に近くで見守りながら進むべき道を指し示し、求めに応じてその身を助け、仇為す者がいれば退けてくれる精霊たちと、直接コンタクトが取れる能力なのだという。
「最初にラウラからテオドルスの浮気の話をされたときもそうだよ。あのとき、精霊たちが王立図書館の裏庭に行けって聞かなくてさ」
「……どうりでおかしいと思ったんですよ。あそこは人がくるようなところじゃないのに、なんであの日に限ってザイン様がくるんだろうって」
「さっきもラウラがいないと気づいて、多分テオドルスの仕業だろうから力を貸してくれって心の中で叫んだら、精霊たちがすぐに君の居場所を教えてくれたんだ」
「そういうことだったのですね……」
「あ、ちなみに雷は、精霊王が直々にやったことだけどな」
明日の天気の話をするような気安さで、ザイン様が結構な爆弾発言を投下する。
「え? 精霊王? 精霊王が、直々に……?」
「あの人とだけは、直接会話ができるんだけどさ。俺が力を貸してくれって叫んだら、『我に任せよ』とか言っていきなり出てきたんだよ」
……つまり、『精霊の申し子』って、精霊王も召喚できるってこと?
やばくない?
なんかいろいろチート過ぎて、もはや何も言えなかった。
精霊王さまは、文字通り雷を落とすのが好きです。
理由は、「手っ取り早くビビらすことができるから」(笑)
さて、次話で本編完結です。
このあと投稿します!




