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おちていく  作者: 三愛 紫月


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大澤りず編①

 21歳で結婚した私は、19年間、子宝に恵まれなかった。

 その悲しみや苦しみを37歳から小説にして書き始めた。

 そして、その小説を書籍化しないかと連絡がきたのが40歳の夏。

 そこから私の人生は右肩上がりによくなり始め、41歳で奇跡の妊娠をし娘の友里亜《ゆりあ》を出産した。

 そして、42歳の冬、小説【雨と絶望】が映画化されたお陰で、私はいっきに有名作家の仲間入りをしたのだ。

 それからは、子育てをしながら、小説を書いたり、エッセイを書いたりするということを繰り返す日々が始まった。

 毎日順調に進んでいた。

 そして、44歳の夏。

 私の小説がドラマになるという連絡が入ったのだ。

 


『りず先生は都内に行けますか?』

「うん。大丈夫」

『それではホテルを予約しておきますね。あっ、それと、りず先生に会いたいって方がいまして』

「えっ?そうなの?」

『はい。俳優の沢村陽さんなのですが……。マネージャーさんから晩御飯でも食べましょうって連絡をもらっています』

「わかったわ」

『それでは、日程をメッセージしますので。よろしくお願いします』

「よろしくね」


 次の月の日曜日、私はマネージャーの青山君と共に新幹線で関東に向かった。


「大丈夫でしたか?ご主人に友里亜ちゃん」

「夫は、気にしてなかったけど。友里亜はまだ3歳だから泣いちゃって大変だった」

「ですよね。お母さんと離れるの寂しいだろうし」

「まあ、でも2歳から保育所には行ってるから。寂しいけれど頑張るって」

「そうですか」

「だから、私も頑張らなきゃ」



 小説家になるまで、私は1人で電車にも乗れないし。

 家にも1人でいることが出来ない人間だった。

 それが、小説家としてデビューして変わり、友里亜が産まれてさらに変わったのだ。

 女性は少しずつ強くなるって言葉通りだと初めて実感することができた。


 新幹線で関東についたら、すぐにホテルへ向かうと青山君に説明される。

 出張期間は、2泊3日。

 今日の夜は、沢村陽とマネージャーと食事をする予定だと言われた。


 もう2度と排卵誘発剤を使えないと病院に言われた日の夜。

 沢村陽の歌っている姿を見て、私は救われた。

 そんな沢村陽に会うのは緊張する。

 何を話せばいいのだろうか?

 それに私は、彼に会うことは絶対にないと思っていた。

 だって、彼は別の世界の人間だと思っていたから……。

 それなのに、会いたいなんて向こうから言ってくる日が来るとは思わなかった。




「たまにあるらしいですよ」

「何が?」

「売れ始めたぐらいの小説家さんの作品に出して欲しいってお願いすることが」

「へぇーー。そうなんだ」

「りず先生の作品は映画になって、次がドラマになったじゃないですか。だから、また映画化されたりするかも知れないって思ったりする事務所とかは、次の作品で使ってくれって頼むみたいですよ」

「頼まなくても。沢村陽ならいくらでも出られる作品があって大丈夫でしょ」

「まあ、そうなんですけど。映画の人気が凄かったら本人の株も上がるからって話ですよ」

「そんなもんなのかなーー」

「そんなもんですよ」



 青山君と話をしながら新幹線に乗っていたら、あっという間についた。

 言われた通り、すぐに都内のホテルに行き、部屋に入り荷物を置く。

 待ち合わせまでは、しばらく部屋でゆっくり休むことにした。

 ホテルの部屋には大きなソファーがある。

 これは、どこのホテルに行っても同じ。

 それは、私が出張先でも執筆をするからだ。

 だかは、ホテルの部屋には必ず大きなソファーとテーブルがある場所を選んでもらっている。

 今回も、青山君はそうしてくれていた。


 19時頃になると、青山君が迎えにやって来た。

 私は、青山くんに連れられて晩ご飯を食べに行く場所に向かう。

 都内には詳しくないので、どんな場所か気になる。

 タクシーで待ち合わせ場所まで行くと見るからにお洒落な建物が現れた。


「完全個室の創作居酒屋らしいです」

「へぇーー」



 居酒屋と言っても私が知っているようなのではない。

 入り口を入ったところに置かれているメニューの写真は、日本料理のようなお洒落なものだ。

 青山君が待ち合わせですと言って名前を告げるとこちらにどうぞと店員さんは店の奥にある個室に案内された。

 中に入ると沢村陽とマネージャーはすでに来ていた。



「こんばんは」

「こんばんは」

「沢村陽のマネージャーの立川です」

「桜川優先生のマネージャーをしています、青山です」



 桜川優とは私のペンネームだ。

 本名がバレたくなかった私がある占い師さんにつけてもらった名前。



「桜川先生とお会いできて嬉しいです」

「私もです」


 挨拶を交わして食事が始まる。

 次回作がドラマや映画になった時は、沢村陽も使っていただけたら嬉しいとマネージャーから言われて青山君は頷いた。

 ただ、今回はそれで会いに来たわけではないんですよと説明される。

 会いに来たのは、沢村陽が会いたかったからだと言われた。

 彼が私に会いたい? 

 いったい何のために?

 不思議に思いながらも、ご飯を食べる。

 さっき挨拶しただけで、彼は何も話はしない。

 本当に会いたかったのだろうか?



「桜川先生が都内にやって来ることはないので。もし来ることがあったらどうしてもうちの沢村が会いたいって、ずっと言っていましてね」

「そうだったんですか」

「お会いできて本当によかったです」

「桜川先生。ちょっと席はずしますね」

「えっ、えぇ」

「俺もトイレ」



 青山君と沢村陽が席をはずす。

 そのタイミングを見計らって沢村陽のマネージャーから「あのーー。桜川先生。今日、一晩。沢村と過ごしていただけませんか?」と提案される。



「いや、それは……」

「どうかお願いします。桜川先生と過ごせないなら、夜の街に出歩くと言われましてね。今の沢村にスキャンダルは困るんです。どうかお願いします」

「いえ、そう言われましても」

「お酒をたくさん飲ませて寝かせますから。それに、桜川先生は既婚者ですし。過ちはおこらないと思っています」

「いや、でも。男女ですし……」

「もし、何か変なことをされることがありましたら、別の部屋に避難してください。どうかお願いします」



 沢村陽のマネージャーの困っている顔を見ているとこれ以上断ることが出来なかった。


「ホテルのラウンジでみんなで飲みましょう」

「わかりました」

「沢村は、酔うとすぐに寝るタイプなので。大丈夫です」



 青山君と沢村陽が戻ってくると、すぐにお会計をした。  

 店を出てタクシーに乗り、私達の泊まっているホテルに向かう。

 ホテルにつくとその足でラウンジに向かった。

 私は、小説を書いて寝るのが日課なのでお酒は口にしない。

 青山君は、1時間ほど飲むと酔いが回ったのか先に部屋に戻っていった。

 沢村陽は、お酒をハイペースで飲んでいたからかコクッコクッと寝そうになっている。



「あとは、寝るだけなんで大丈夫です。桜川先生の部屋に連れて行きましょう」

「あっ、はい」

「お会計はあとで払っておきますね」

「よろしくお願いします」



 まるで、殺人事件を犯すミステリー小説のようだ。

 マネージャーさんと一緒に沢村陽を部屋に入れる。

 ベッドが2つあって助かった。

 マネージャーさんは、窓側のベッドに沢村陽を寝かせる。



「それでは、ドラマの撮影が明日の13時からなので11時頃に迎えにきます」

「わかりました」

「すみませんが、よろしくお願いいたします」

「はい」



 沢村陽のマネージャーは帰って行く。

 私は、シャワーを浴びてメイクを落とした。

 ベッドに沢村陽が寝ているだけで、あとは何も変わらない。


 時計を見ると0時を回っていたから、夫も友里亜も寝ている。

 メッセージアプリで、さっき帰ってきたこととおやすみを送った。


 お風呂からあがって沢村陽を見ると熟睡している。

 過ちなどおきないから大丈夫大丈夫。

 綺麗な寝顔を見つめながら安心した。


 冷蔵庫から水を取り、ソファーに座る。

 バックの中からパソコンを取り出す。

 最近の私は禁断の恋を描いている作品が多い。

 だから、こそ。

 深夜に執筆するのだ。

 不倫もの何かは、家族が寝静まったリビングで書くと燃え上がる。


 エゴサーチをすると桜川優は不倫していると書かれている。

 だけど、違う。

 実際は、後ろめたさを抱えながらリビングで妄想を吐き出してるのだ。

 それで、不倫していると思われるなんてラッキーなこと。


 沢村陽がベッドに寝ているからか、よけいに執筆が進む。

 沢村陽と不倫している自分を想像するのもある意味楽しいものだ。

 最悪な状況だと思っていたけれど、意外によかったかもなんて思いながら。

 間宮結子篇を書き上げた。

 今回の小説の題名は【いけない恋と知りながら】というタイトルだ。

 6つの短編で構成された長編小説で、3つ目の主人公である間宮結子は会社の後輩に恋をする。

 出張先のホテルで互いの想いをぶつけ合うシーンは、そこにいる沢村陽のお陰でよりリアリティを追求できた。

 次の遠藤桜子篇は明日にしよう。

 


 パソコンをしまって、洗面台に歯を磨きに行く。

 最近の小説は、さらさらと流れるように読めるものが受けるらしい。

 でも、そのさらさらの中にもグッと泣ける台詞を私はいれたかった。



「さぁーー、寝よう」




 沢村陽がいてもいなくても変わらなかった。

 でも、いびきとかかいたらどうしよう。

 夫ならいいけれど。

 イケメン俳優にいびきを聞かれるのは嫌だ。

 どうかいびきをかきませんように。

 口をゆすいでから、ソファーに戻り水を飲む。

 バスローブから、パジャマに着替えて。

 私は、入り口側にあるベッドに横になる。

 灯りは暗すぎないように、間接照明を1つだけつけた。



「おやすみなさい」


 スマホの目覚ましを7時にセットして、待受画面に映っている家族写真に呟いて眠った。

 私は、このまま沢村陽が眠っていると信じていたのだ。



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