ソファーベッドに彼女を寝取られたので、二人まとめて永遠に眠らせることにした
いつも仕事が忙しい彼女は、今日が僕の誕生日ということすら忘れているようだった。
今夜も彼女は、玄関横の仕事部屋にこもっている。
カタカタと冷たく響くキーボードの音。
その壁沿いに置いてあるソファーベッドに座ったまま、僕は彼女の背中を見つめていた。
仕事に疲れて休むときのための、狭い仮眠用ベッド。
ずっと、この家具が憎らしかった。
彼女に必要とされ、愛されているベッド。
疲れた彼女の身体を密着させ、その体温を独り占めし、優しく癒すための特等席。
僕の気持ちなんて、彼女はきっと知らない。
終わらない仕事。
こちらに向かない意識。
じりじりとした胸が焦げるような沈黙のあと、彼女がふと、こちらを振り返った。
椅子から立ち上がり、歩いてくる。
ほんの一瞬、抱きしめてくれるのではないかと、甘い期待を抱いたんだけれど……。
彼女の言葉は、僕の心を冷酷に切り裂いた。
「そこ、どいて」
そこからどかされ、追い出され、冷たい床に僕は座り込んだ。
彼女は気持ち良さそうに、ソファーベッドへその身を横たえる。
吸い込まれるように、ぴったりと身体を密着させて。
床から、彼女の閉じたまつ毛をじっと見つめた。
でも、そんな僕の視線なんか気にも留めない様子で、彼女は眠り続けている。
じっと見ていると、そのベッドが人のかたちに見えてきた。
知らない男の腕の中で、深い眠りに落ちている彼女……。
「ねえ、忘れたの? 今日は僕の20歳の誕生日なんだよ? やっと君にひとつ追いつけるって言うのに、喜んでくれないんだね」
そんな夜を数ヶ月も繰り返しているうちに、頭のネジが音を立てて外れてしまった。
自分でも訳が分からなくなっていた。
「僕」では、彼女の役には立てない。
「僕」では、彼女を癒すこともできない。
あのベッドのように、彼女のすべてを包み込み、安心して眠りに誘うことすら出来なかった。
だったら。
自分がその「場所」になってしまえばいい。
彼女が二度と、あの部屋から出ていけないように。
腕の中から、一生逃げられないように。
そんなに一緒にいたいなら、永遠にここで眠り続ければいい。
視界が歪み、現実と妄想の境界が溶けていく。
どこからどこまでが現実で、どこからどこまでが妄想なんだろう?
どこからどこまでが彼女で、どこからどこまでが、僕?
彼女の首筋に手を伸ばしたとき、指先が触れたのは、なんだったんだろう。
驚くほど冷え切った彼女の肌?
それとも熱を帯びた、執着……だったのかな。
暑いのか寒いのかもわからない。
それが彼女なのか僕なのか、それとも別の誰か?
急に訪れる静寂。
ふと、遠くでサイレンの音が聞こえた。
救急車?
いや、知らない。
僕は呼んでない。
そうだ、あれはソファーベッドが呼ん……
もう、キーボードの音は聞こえない。
静寂だけが二人を包み込んでいる。
これでやっと、彼女は「僕」だけのものだ。
どこかで、壊れた時計の音だけが響いてる?
壊れた時計………?
いやこれは、僕の……
「何の音だ?」




