忍法乱れ咲き
甲州隠し金山、坑道にて――、
鉱山奥深く、地上の光などささぬここは、なにもかも飲み込もうとする影に満たされていた。
漆黒の闇の中に月明りほどの心細く頼りない燭台がぽつんぽつんと点在する中、薄暗くおぼつかない足元など気にせず、疾走する人影がいくつか——これらは もちろん重大な使命を受けた忍び、正重たちだ。
一行は鉱山内を駆けまわり、胡蝶のしかけた爆薬に点火していく。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「グルルルゥゥ!」
数歩進めば無明の闇となる洞内の曲がり角。凶屍と鉢合わせした正重だったが――、
不意の遭遇戦だというのにあわてるようすも見せない。
「――斬ッ!」
足も止めず正重が放ったのは、踏みこみもたっぷりした一撃だった。
十二分に速度の乗った重い刃が坑道内のよどんだ空気を切り裂いて――、
採掘作業中だったか土砂を運び出していた中年男の凶屍は手にした籠ごと袈裟懸けに両断される。
ここまで正重の刀は幾たびも凶屍の肉を切り、骨を断ってきた。刀身はおおいに摩耗しているはずだが、使い手の剛力により、いささかもその威力に衰えはない。
こうして斜めに分かたれ、斃れた凶屍を背後に捨ておき、正重らはさらに次の目的地へと足をむけた。
「――助かったぞ野菊。そなたの忍法『月読の術』のおかげだな」
駆け足の中、息も乱さぬまま正重は野菊を賞賛する。
実は先の凶屍の出現も野菊の未来視により察知していたのだ。そのため、かくもよゆうを持って対処できたのである。
「……ふん。乏しい力でもやりようしだいでなんとかなるものじゃ」
けんそんする野菊だったが一刻を争うこの状況、曲がりくねって見通しの悪い道をろくに警戒せず急げるのは大きい。
それもこれも野菊の予知のたまものである。「道の先に敵が現れるかどうか」の一点にしぼって力を働かせているため精神にかかる消耗は少ない。それゆえ急ぎの状況でも使いつづけられているのだ。
予知の範囲をかなり限定した未来視――これこそ野菊が独自に作り上げた忍法『月読の術』。異能の力を戦いのため磨き続けてきた野菊だからこそ、できた芸当であった。
そして、その忍法で、野菊はふたたび倒すべき敵を見つけ出す。
「……む、次の次の角、もう一体おる」
「では次は、このわたしが――」
野菊の予言に反応し、今度は小夜――風魔の血を継ぐ少女が疾風のごとき勢いで飛び出していく。
予言通り、その場にいた作業中の凶屍がその姿を見て敵意のうなりを上げる、その前に――、
「――投ッ!」
小夜は小太刀を横から払うように擲った。しかし、小太刀は凶屍の脇を通り抜けてしまう。
一瞬、失投のようにも見えたがそうではない。小太刀は急に角度を変え、くるくると凶屍の周囲を旋回する。この不可思議な現象の正体は……もちろん小太刀の柄に仕込まれていた鋼糸のせいだ。
そして凶屍の体に二度三度と絡みついた鋼の糸を――小夜は勢いよく引き絞る。鋼糸は鉄をも切り裂く極細の鋭刃。ただの肉と骨がふせげるはずもなく――、
しゅ……と、あっけない音を立て、凶屍は首、胴、腰の三か所で輪切りにされた。
「……忍法『蜘蛛斬り』ッ!」
凶屍を引き裂いた小太刀を引き戻すと、小夜はおのれの使った忍術の名を口にする。
なるほど。高名な武将である源頼光が『土蜘蛛』を倒すとき用いた宝刀の名を冠するだけあって、すさまじい切れ味を見せる忍法だった。
技の威力を目にした正重の口から、思わず感嘆が漏れる。
「おおッ! なんとすさまじいものだ! 忍法蜘蛛斬り!」
正重の驚きには眼にした技だけでなく、もう一つ意味があった。
忍法とはすなわち忍びの命をつなぐ必殺の秘術——本来ならば技の全容を悟られぬよう、同じ里の忍び同士をのぞき、その名すらも秘匿されるのが常である。
しかし今、小夜は技を見せたうえで忍法の名を口にして見せた。これは正重や野菊を完全に味方と認めた証拠である。
ここまでの風魔と高坂の因縁、二人の反目ぶりをを思えば、正重の感慨は深い。
忍び同士が争いあうのでなく、手を取り合い、協力する姿——彼が最も望んだものが目の前にあった。
そして——、
そんな正重の目の前、小夜と野菊の連携は深みと凄みを増していく!
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「来る、次はまとめて五体!!」
「むっ! ならば忍法・絡新婦!」
野菊の予知に小夜が気合いの雄たけびでこたえる。
鋭い一声とともに形のいい小夜の手から放たれた二本の小太刀は、おたがい複雑にからみあうような軌道を描き、狭い洞穴内を自在に跋扈する。
と、そこへ——、
「ぐるるるぅうううううぅぅ!」
野菊らの姿を見かけた凶屍どもが、その身に沁みつかせた生けるものへの敵意でもって襲い掛かる。
生前は温厚な農夫らであったろう彼らの眼にはいまや強烈な殺意があった。農作業で鍛えた筋骨もは獲物を捕らえ引き裂かんがために隆起している。
そして全開にされた闘争本能は野獣のごとき鋭さでもって不意の侵入者——野菊らに突き刺さった。
だが、化け物と変えられたあわれな農夫たちが室内のとある一線を踏み越えたところで……
シュルシュルッ!
武器をふるったとは思えぬ軽やかな音が洞内に響く。
しかし、その軽快な響きとは程遠い壮絶な光景が広がっていた。
「ぐああああああああぁぁぁぁ!!!」
突如、ポトリと落ちた腕、あるいは自らの体の一部。眼にして凶屍たちは絶叫する。
わずかの間、彼らは体の各部から鮮烈な桃色の断面を披露したあと——、
——プシュゥッ!!!
脈打つ血管より高く噴き上がった鮮血が洞穴の天井と壁を濡らし、床にしたたって汚す。
この驚くほどの切れ味——言うまでもなく小夜の放った鋼糸によるもの。……そう。先ほど投げつけた小太刀の後ろには極細の刃がつきまとっていたのだ。
そして洞穴の内部を駆け巡った小太刀の軌跡を追うように、まるで蜘蛛の巣のような刃の罠を形成していたのである。
張り巡らされた鋼糸——金剛石粉をまぶした不可視の刃は必殺の結界となり、凶屍たちを迎え撃っていた。
目の前にありながら見えざる凶器へ突っ込んできた凶屍たちは、まるで蜘蛛の巣にかかった獲物のようにからめとられ、はしから切り裂くかれていく。
かくして数体の凶屍を屠った小夜は凄艶な笑みを浮かべた。
「どうだ!」
「……むぅ。恐るべし風魔忍法! 恐るべし絡新婦の術!!」
「ええ。さすが関東に覇を唱えし北条の忍び。底知れない技です」
「ああ、だが……」
案内役に徹する胡蝶が感嘆し、正重も風魔の技に驚かされるが……同時に気がかりにもなる。
今までの反目を恥じているのか、どうにも小夜が気負いすぎのように思えたからだ。
と、そこで——なにごとかを感知した野菊が大声をあげる。
「むっ……また来るぞ。今度は七体じゃ!」
「ちっ! 騒ぎを聞きつけたか。やっかいな! では、そちらもわたしがやろう!」
告げられたのは新たな敵の出現。
聞かされた小夜は勢いこむが、そこを正重はあわてて止めた。
「——待て小夜! あまり一人で先走るな。お前は先ほど襲われたばかりなのだから」
「正重の言う通りじゃ。わたしの術があるとはいえ、さすがに不用意に前に出すぎじゃぞ」
「しかし! 先読みをおこなう野菊、爆薬のありかを知る胡蝶に万が一のことがあってはならぬ。やはり、ここはわたしが体をはらねば!」
と、声を荒げる小夜を野菊とともにたしなめつつ、正重は前線を変わって引き受けることにした。
以前とは打って変わり、仲間とともに戦う姿勢を見せる小夜の姿勢をうれしくおもいながらも、口では冗談めかしてこう言う。
「……やれやれ。こまったな。偽装のためとはいえ情けないところばかり見せていたせいで、どうも頼りにはされておらぬようだ。これでおれも伊賀衆頭領たる服部半蔵の名を継ぐものなのだが——」
追放した兄を慮り、あえては名乗らずにいた半蔵の名を正重は口にする。
そして抜きはなっていた己の得物——野太い刀の刀身を鏡のように覗き込んでこう言った。
「そなたらにこうまで秘術を見せられた以上、おれもなにか披露せねばな。ならば……見せよう。明王心法だけでなく我がもう一つの技を!」
「なんじゃと!? あのような技がまだあるというか!?」
と、野菊が驚いたのも無理はない。
『明王心法』驚異的な力をその身に宿す秘術だけでなく、正重は他の技も披露するという。
(まさか、あれに匹敵するような技をまだ隠していた……じゃと?)
さて、では——。
野菊を思わず震えさせた、その秘術の正体とはいったい——?
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
深部へ、さらに深部へ——、
野菊らが足を進めるごとに鉱洞内の闇は深みを増し、ゆらめく松明の火が、おどろおどろしげな風情をただよわせる。
しかし正重の眼は自ら光を放つかのような靭さと烈しさでもって爛々とかがやき、闇を射抜いていた。
現れた数体の敵——人の姿をした怪物どもに刃の眼光を向け、正重は視線と同じくらい鋭い語調でこう口にする。
「ようく目に焼き付けておけ。わが秘術——韋駄天心法!!」




