原凶覚醒
甲州隠し金山、巨大金塊が眠る一間にて――。
――にゅる、ずりゅずりゅずりゅッ!
現れたのはうごめく巨大な肉塊――人の胴ほどもある触手だった。
一本、二本、三本、四本――汚物のような色合いとにおいを放ち、濡れた太い触手が洞穴の入り口から続けて侵入してくる。うねり、くねり、のたうち、まるで蛇のような動きだった。
肉色の大蛇の勢いは、とどまるところを知らず、洞穴の内部を埋め尽くさんばかり。目にした正重は面食らいながらも、謎の物体を引き連れてきた少女にその正体を問う。
「胡蝶!? あれはいったいなんだ!?」
「……あれ?! あれは果心居士のなれの果てですわ!」
必死で洞穴に駆けこんできた銃使いの少女は息を乱しながら答え――、
その返答に正重は驚がくさせられた。
「――な!? あれが果心居士だと!? どうしてそんなことになった!?」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
さかのぼること少し前、黄金どくろ・果心居士の研究室にて――、
凶屍鬼の群れと正重たちの死闘が佳境を迎えようとしていたとき――。
「………………どうしても降参していただけませんか?」
「……………………無論だ」
カッシーニと、その背に銃を突きつける胡蝶――緊迫した空気がただよう。
この状況ではおたがい、うかつに動けない。
(ちっ……抜かりましたわ。やっかいなことになりました)
背中に銃口を押し当て、圧倒的有利に見える状況でありながら、胡蝶は後悔していた。
抵抗の無駄を知らせるため、銃を主に当てたのだが――強情なカッシーニは命の危機にあっても妥協しようとしない。
となると背後に立ち続けるこの状況、実は危険なのである。
(……この人が自棄を起こせば万が一ということもあります。死を覚悟して暴れる殿方など、女子の力で抑えきれませんし……。 まったく、もっと物わかりの良い方だと思っていましたけど!)
この期に及んで意地を張る主を胡蝶はののしる。
――ここは迷わず討つべきか?
――それともありそうもない翻意を待つか?
(安全策を取るなら、ここで始末するのが最善手ですけど。徳川への手土産として、さまざまな情報を知るこの人は生かしておきたくもあります……そのほうがおおいに一族のためになる)
選択肢を与えられ、奇妙なことに有利な胡蝶のほうが焦り出していた。
そんな胡蝶に――カッシーニは落ち着いて問う。
「……どうした? なにをためらっておる? 非情な忍びが老人一人も手にかけられぬか?」
脅されているはずのカッシーニが堂々と言い、挑発された胡蝶は気圧された。
それでも、せいいっぱい虚勢を張ってカッシーニに対する胡蝶であったが――、
「……あら? そこまで強情をおっしゃるならお望みどおり、風穴を開けて差し上げますわ」
「ふん…………やれるものなら、やってみろ」
「……ッ?! それは……どういう?!」
脅えず、怯まず、カッシーニの不遜な態度に変わりはない。危機に瀕しても揺るがぬカッシーニのよゆうに胡蝶がうろたえる。
と、そこで――、
カッシーニはゆっくりと告げた。
「こういうことだ……おぬしがこれ以上動かぬというなら、我が先に動く!」
「お、お待ちなさい!」
急に振り返り、胡蝶の連発銃を奪おうとするカッシーニ。
気が動転していたこともあり、武器を奪われては……と、胡蝶の指は半ば勝手に動いてしまう。その結果――胡蝶の連発銃の引き金は射手の意に反して引かれてしまった。
――轟ッ!
左胸に一発、弾丸をくらったカッシーニは重い衝撃を受け止め、やや後方にのけぞる。
悲惨な結末を予想して、反射的に胡蝶の顔がそむけられた。
だが、しかし――!
胡蝶が予想した惨状は訪れなかった。恐る恐る視線を戻した胡蝶の目の前、カッシーニは平然と立ち尽くしている。
「――ッ!? そんな……?!」
心臓直近への鉛玉の直撃である。そのようなことなど、あるはずがない――。
しかし被弾場所からは血すら出ていない。胸のわずかな傷から体液がかすかにこぼれただけだ。
その体液の色は――血液の紅でなく、黄金色に輝いていた!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「な、なんですの! これは……!?」
銃弾をあびてなお傲然と立つカッシーニ。胸から黄金色の液体をわずか垂らしただけの錬金師に胡蝶は絶句した。
煙を吐く銃片手に動けぬ胡蝶を――怪人が嗤う。
「わからんか胡蝶? では手がかりをやろう。我が初めてこの国の土を踏んだのは今より七十年も前だ。昨日のことのように思えるあの日、野心に燃えていた我は二十になったばかりであったよ」
「……二十の歳から……七十年も……?! だとすると――いえ、そんなはずが……!?」
その話が真実ならカッシーニは九十歳を超えていることになる。頭の中ですかさず勘定して胡蝶は混乱させられた。軽快な動きや怜悧な頭脳の働き――どれをとっても、そこまでの歳には思えなかったからだ。
となれば――思いつく可能性は一つ。
「では、まさか、あなたは!? なんらかの……」
「そのとおり。よい読みだな。我自身こそ……我が作り出した初めての『凶屍』なのだ!」
「そん……な! いえ、でも、あなたはまるでふつうの人間では……!?」
錬金術や錬丹術――長生の秘薬でも使ったかと思ったが、カッシーニの返答は予想を超えていた。
彼の正体は『凶屍』だという。凶屍と言えば人に食らいつき仲間を増やす怪物のように思っていたから胡蝶は疑わざるをえない。
そんな胡蝶にカッシーニはにやりと笑みをむけた。
「当然だ。強い伝染力の代わりに知性を失った模造品どもとはわけがちがう。あやつらは脳の中にしか錬丹を寄生させておらぬ。凶屍鬼とて筋肉と骨にも錬丹を加えただけ。その点、我は全身くまなく錬丹を行きわたらせておる。それゆえ……このようなこともできるぞ?」
そう言って、うつむいたカッシーニは顔に手を当て、こねくり回すように動かした。
存分に顔面をいじりまわしたあと、ゆっくりと顔を上げていくと――。
そこにいたのは、まったくの別の男だった。先ほどまでの異人らしい風貌の老人は消え、どう見てもこの国の民――それも中年男性が立っている。
変装や化粧といった程度のものではなく、完全に肉と骨が変形し、肌の色までが変わっていた。
「……こんなこと、あるはずなど……!」
目前で不可思議極まりない現象を見せられた胡蝶は息を飲み、同時に果心居士が暗躍できた理由に気づかされる。
「……なるほど……そうやって、さまざまな人物になりすまして影から戦乱をあやつってきたのですね」
「ああ。自在に容姿を変えられるがゆえに、年をとらぬことを怪しまれることもなかった。ついでにいえば他にもさまざま実験しておるぞ――たとえば傷を負ってもすぐ治る。このように……な」
今度はちらりと胸元の傷を見せ、誇示して見せるカッシーニ。
彼の言葉通り先ほど負った傷は何事もなかったかのように消え失せていた。傷跡の色味が桃色がかって見えるだけ――完全に塞がっている。
「ま……あまりに損傷が大きい場合は問題だがな。色々貴重な材料を使っておるから、このような再生力を得るまで、かなりの手間と金もかかった」
と、得意げにいったカッシーニに胡蝶は震える。
この嫌悪すべき老人は内心だけでなく肉体も怪物だったのだ。
「……こんな……こんな化け物を主としていたなんて! 雑賀衆の中でも会えるものはわずかだったとはいえ……どうしてもっと早く気づかなかったのでしょう」
一族の失態を悔やむ胡蝶に対し、カッシーニは冷徹に告げた。
「……ふん。バカめ。ただの下僕にすべてを教えるわけもなかろう? ごらんの通り裏切られたしな。しかし、まさか雑賀衆がこれほど使えぬやつらとは思わなんだよ。ここがすべて片付いたなら、役に立たぬ道具はすべて処分することにするか……?」
「……させません――そんなことは!」
カッシーニの言い分に、胡蝶は唇をかみ激しく首を左右に振った。
そして――もはやためらいもなしに、連発銃での攻撃をはじめる!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
――轟ッ!
胡蝶の手にした銃の連射能力は恐るべきものだった。すさまじい連射速度ゆえ、銃声が一つにしか聞こえない。
そして使い手の腕前も入神の域に達している。怒涛の猛攻は老錬金師の胴に全弾命中していた。
発展途上にあるため弾の大きさの割に銃身が短く、反動の大きい銃にも関わらず、信じられないほどの正確さで標的を射抜いている。
受け止めた連続する衝撃により、カッシーニは大きく再び後退させられた。
……だが、それでもカッシーニは倒れない。斃れない。
さすがにボタボタと黄金色の体液をこぼしていたが、表情にはまだよゆうがある。
腹に胸、開いた傷から垂れる黄金の液体を手でぬぐいとり、ため息をついてみせた。
「むう……さすがにきつい。これは少しばかり本気を出さねばな。『あれ』をやると腹が減るで……あまりやりとうはないのだが……」
言葉ではめんどうがってみせたが、愉快そうな口調に本音の歓喜が見て取れる。
どうやらカッシーニには、まだ見せていない隠し玉があるようだ。そして隠していた力を発揮できることを内心では望んでいるらしい。
「くッ……! なんて化け物!」
一方、胡蝶は唇をかむ。
連発銃による射撃すべてを受け、まさか無傷とは思わなかったのだ。
……いや。そもそもカッシーニは胡蝶も銃も脅威と思っていなかったにちがいない。凶屍と化した己に絶対的な自信を持っていたのだ。
だからこそ新式の連発銃すら他人の手に持たせたのだろう。
すべては、たとえ裏切られたとしてもなんとかなる――たいしたことにはならぬと、カッシーニが考えていたから……。
「もっと早くに気づくべきでした。あなたが油断していた理由……わたしたち一族など片手でひねりつぶせたからだったとは……」
予想外の事態にほぞをかむ少女を、カッシーニはあざ笑う。反逆者へ後悔と恐怖を与えられることが心底うれしいようだ。
そして胡蝶の絶望の表情を存分に堪能したあと――、
「……さあ、行くぞ胡蝶。最期の奉公だ。我を楽しませるよう、なるだけ長い間逃げ回れよ」
と、傲慢にも告げた次の瞬間。
老怪人の体は内側からはじけ飛ぶように膨張する!




