反攻のとき
明王心法をもちいた当代の半蔵・正重は圧倒的な反射速度と筋力を手に入れた。
その力量は獣に近い凶屍鬼だからこそ鋭敏に感じ取れ――凶暴な怪物をもおびえさせる。
じりじりと後ずさりした凶屍鬼は遠巻きに正重を包囲するかたちになる。
――かくして凶屍鬼の注意は正重に集中した。
もちろん凶屍鬼どもが佐助や野菊らをあなどっていたわけではない……が、それ以上に正重のほうを脅威と感じていたのだ。
この判断を油断とせめることはできまい。さほど正重の見せた腕前はたいしたものだった。
しかし――生まれたすきを見逃すものもまた、この場にはいない。
それぞれが一流の力量を持つ忍びたち――佐助を筆頭とする達人たちは、得意の武器でもって凶屍鬼に襲いかかる!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
剛力と神速をかねそなえ、凶屍鬼と戦う正重。
その姿を横目に見て、佐助は忍びとして心が沸き立つ想いを感じた。
「……やれやれ、これは負けておれんのう。ひさびさに老体の血がさわぐわい」
闘志を胸に老忍びは凶屍鬼に目をむける。その視線の先には精神も肉体も怪物に変えられたものたちの姿があった。
武士のようなよそおいのものに農民らしきもの――生前の身分と境遇はそれぞれであったろう。
共通点は、二十から三十ほどの若く強健な男子であること……いや、もっとも大きな共通点は非道な錬金術師の牙にかかり、残酷な運命を押しつけられたことだろう。
「……うらみはない。あわれとも思うが、おぬしらのような化け物になど、なりとうはないからのう」
黄金どくろの犠牲者に沈痛な面持ちを向けたあと――佐助は敢然と言う。
そして――、
「当代の半蔵どののように、あやつらの毒牙を躱すすべはないでな。ここは飛び道具を使わせてもらおうか――射ァ!」
……気合とともに猿飛佐助が放った投擲は一瞬の光芒だった。
老忍び・佐助の放ったのは『くない』という飛び道具の一種である。ふところから出す手も見えぬほどの速さで攻撃はおこなわれ、気づけば佐助は投げ終わった姿勢で固まっている。
その手から放たれた凶器は流星のごとく洞穴のよどんだ空気を切り裂き――、
――スコンッ!
凶屍鬼のうち、一体の額に深々と突き立った。佐助のくないは眉間の急所を見事打ち抜いたのである。
正重に意識を向けていた凶屍鬼は、そのすきを突かれ、奇襲を受けたのだった。
「――あ、あぐぅ」
くないの刀身の根元までが埋まり、その先端は脳内の致命的な部分を大きく損傷していた。
当然、白目をむき、あおむけに倒れる凶屍鬼。その体が大きな音を立てて転がったとき――すでに凶屍鬼は物言わぬ肉塊となっている。
「……ふむ。よいところに当たってくれようじゃのう」
満足そうに言った猿飛佐助――さすが伝説の忍びと言われた男である。
そこへ主を同じくする才蔵も続いた。
「鋭ッ! 投ッ!」
こちらは続けて二本のくないを投げ打つ。
いまだ佐助ほどの正確さは無いが、その分の威力は重いくないを使い、複数を投じることで補いをつけている。
重い風切りの音を立て、ぶっそうな忍び道具は洞穴内を走り――、
――ゴツッ、ガッ!
片方は頭蓋の丸みにはじかれたが、もう片方のくないは凶屍鬼の眼球をたたきつぶし、脳内に到達。
十分な重さのあるくないは眼窩を抜け、脳幹に突き刺さった。
「ぐ、ぐぅ……」
絶息――最期の吐息を小さくもらして、凶屍鬼は逝く。かくして才蔵もまた一体の凶屍を屠っていた。
あっという間に二体、新種の凶屍を斃した佐助と才蔵。しかし二人は息を荒げるでもなく、淡々と次の凶屍鬼に視線を向けている。
……そのありさまに野菊は舌を巻く。
「む、真田の忍びは数は少なくとも精兵ぞろいじゃな」
思わずほめ言葉が湧いてきたが、耳ざとく聞きつけた佐助は首を横に振る。
「いや、なに。それほどでもない……当代の半蔵どののおかげじゃよ。みごとな技でヤツらのすきをつくってくれた」
そういって老忍びは視線を正重に送る。
佐助の視線の先では、凶屍鬼に負けぬ剛力と速さで正重が立ちまわっていた。
獅子奮迅、まるで鬼神のごときその働きに――、
「ああ……そうじゃな。ならば我らもやつが連中を引きつけているうちに――」
「――腕を見せるとするか」
声を合わせた野菊と小夜。
『風魔』と『透破』――関東に覇を競った忍びの血を引く者たちが今、手を取り合い、凶屍鬼に襲いかかる!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「小夜! 三つ数えたのち、右斜め前十歩のところじゃ!」
「応ッ!」
野菊の指示に疑うこともなく小夜は従う。数日前ならば考えられなかったことだ。
しかし今の小夜に迷いはない。一片の疑念もなく投じられた小太刀は黄金の光の中を駆け抜けた。
そこでぴんと張られた鋼線――すべてを切り裂く極細の刃が、なんと……いっきに凶屍鬼二体を補足する。
ぐるりと二つの胴をまとめて包みこんだ鋼線は、包囲をせばめ――、
――ぎゅう、ぶしゃっ!
厚い筋肉と頑丈な骨でわずか抵抗を示した凶屍鬼らの躯も鋼線の切断力には抗することができず、あっという間に両断された。
凶屍鬼は胴体、腰、首――それぞれ鋼線が抜けた箇所で真っ二つにされ転がる。あいもかわらず、おそるべき斬れ味であった。
そして、この驚異の武器を最大限活用させたのは野菊の力量によるところも大きい。
歩き巫女の異能を継いだ野菊――その未来予知のわざで凶屍鬼の進路を見て取り、もっとも敵の被害が大きくなるところを選び、小夜の鋼線をそこに置くように配置させたのだ。
――そんな少女二人が見せた連携に伝説の老忍びもうならされる。
「……ほほう。風魔と透破――手を取り合えばかくも恐ろしきものか。いやはや、長い気はするもんじゃ。とんでもないものを見せてもらえたわい」
感嘆する佐助の前、くのいち二人はまたも鋼線を用い二体凶屍鬼を斃した。
結果、凶屍鬼たちの四分五裂にされた骸が、さらに生産されることになる。
「ぐ、ぐぅぅぅ……?」
恐怖を忘れたような化け物――凶屍もうろたえたように思えた。
鬼神のような正重と、おそるべき神技を見せた忍びたち――どちらへ注意を向けたものかとまどうようなしぐさを見せる。
そこへ続けて――正重が神速で襲撃をかけた。
「――おいおい! 目の前の敵を忘れるなよ!」
疾走、踏みこみ、斬撃――ここまで一連の動作をほぼ同時におこない、凶屍の胴を両断。
返す刀で近くにいたもう一体の凶屍鬼の首をなぎ払い、斬り飛ばす。
影も残さぬ瞬息の剣劇は、二体の凶屍鬼を屠る。
――だが、正重はそこで止まらない。
さらなる獲物を求め、さらなる一歩を貪欲に踏み出してく。
「覇ッ――!」
こうして明王心法――人に許された最大限の筋力と速度を駆使する正重。
一方、忍びたちも負けてはいない。こちらも人の領域の極みまで達した技巧のかぎりを尽くし、あるいは超常の力をもちいて凶屍鬼らを追いこんで行った。
佐助、才蔵のくないが乱れ飛び、忍び刀が血の煙をまき散らす。
かと思えば、野菊と小夜の連携が
これは……まさしく前門の虎、後門の狼というべきか。
正重と忍びたちの連携した攻勢が右から左から、前から後ろから、交互に襲い――凶屍鬼たちは数を減らしていく。人であることをやめた化け物たちたちにとっても災難であったにちがいない。
そして気づけば――、
凶屍鬼たちはふたたび本来の屍にもどされ――片手で数えられるほどしか残っていなかった。
忍びたちが秘めた力量――間近に見せられた凶屍鬼らにおびえが広がったように思える。
「ぐ、ぐぅううう!?」
しかし、それもあとわずかのこと――、
凶屍鬼全滅まで、残すときはわずか――力を結集した忍びたちの驚くべき戦果であった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
一方、そのころ――、
巨大金塊の眠る一間を後にした黄金どくろ――あるいはカッシーニは凶屍鬼らの惨敗と全滅も知らぬまま。
「――ふッ。やつら今ごろ凶屍となりはてておるだろうな。あるいは凶屍鬼ども、やりすぎてまともなむくろすら残っておらぬかもしれぬが……ふふふっ」
おのれに逆らったものの末路――妄想してカッシーニはいやな笑いを見せた。
だが――その嘲笑に逆らうものが一人。
「…………それはどうでしょうか?」
ひかえめながらも異論の声を上げたのは、カッシーニのあとにつき従う胡蝶であった。
忠実なしもべ、自らに追従し愛想笑いでも浮かべると思っていた少女――その言葉に、驕慢な錬金術師はおどろかされる。
「どうした胡蝶? 我の傑作が信じられぬか?」
「いえ。そうではございません」
「ならば……なぜそのようなことをもうした?」
予想外の反応にいらだち、語気を荒げた主に胡蝶は微笑を浮かべて答えた。
「カッシーニさまのすばらしい作品をけなしてるのではございませんわ。ただ半蔵どのらが、あのままやられるとは思えませんでしたので……」
「ふッ。愚かなことを……。旅をともにして情でも湧いたか? 忍びどもにそこまでの力があろうはずはなかろう!」
「ええ……ええ。そうでございましょう。わたしの思い過ごしでございましょうとも……」
「ああ、そうだ! よけいなことを言うでない!」
胸のうちに沸いた不穏な気分を押し隠すように、カッシーニは強く言った。
素直に主の言葉を肯んじた胡蝶。妖艶な笑みをうかべる少女の態度はカッシーニの望んだものだったが、
その従順さはかえって不吉に感じたのだ。
実は――このときカッシーニは忍びたちの力量を甘く見ていた。それはカッシーニの慢心であり、また忍びたちの真の力量を目にしたことがなかったせいだろう。
カッシーニとて『幻術師・果心居士』を名乗り、長年この国の暗部を見つづけてきた。当然、忍びたちの暗闘を目にしたこともたびたびある。そのとき目にした忍びたちの力から、どれほどの達人でも凶屍鬼にはかなわぬと考えていたのだ。
しかし――ときとして忍びは属する里の秘術や力量を他人に伝えぬため、あえて全力を見せずに死ぬことすらある。それを忍びの真の限界だと見極めてしまっていたことに、錬金術師カッシーニの失策はあった。
もっとも――胡蝶にはなぜか主の油断を戒めるようすはない。
主を疑った非礼をわび、その背中に頭を深々と下げ――それから胡蝶は問う。
「……もうしわけございません。カッシーニさま。ところで一つうかがいたいことが……」
「――なんだ? もうしてみよ」
「はい。それではお言葉に甘えまして。……あなた様に従う凶屍は今、この隠し金山におりますのがすべてなのでしょうか?」
という胡蝶の質問は奇妙ではあったが、カッシーニは勝利を確信していた。
だから、あっさり鷹揚に部下に応じてやる。
「そうだ。周辺の村はおよそ凶屍どもに襲わせたからな――これ以上は手を広げても意味がない。それより金の採掘に注力すべきだろう」
「そうですか……それはようございました」
「『ようございました』? なにがよかったというのだ?」
たびたび重ねられる妙な問い――さすがにおかしく思ったカッシーニは問い返す。
すると――、
「それは……後腐れがなくてよいという意味ですわ」
これまで聞いたこともないほどに歓喜に満ちた声で胡蝶は言う。
そして同時に――カッシーニの背中に固い金属質のなにかが押しつけられていた。
「……胡蝶!? きさま!?」
と、鋭く問いただしたカッシーニ。
だが肉体はその言葉に反し背筋を震わせ筋肉を固くしている。実にはっきりとした恐怖の反応であった。
もっとも老錬金師がこのような反応を見せたのもむりはない。背中に押しつけられた金属隗の感触に覚えがあり、そしてその危険性も熟知していたからだ。
小ぶりに作られていながら、ずしりと重いその物体。
ツンと鼻にくる煙硝のにおいをただよわせた固形物の正体とは……、
――カッシーニが胡蝶に与えた短筒、連発式の火縄銃だった!




