凶屍鬼
甲州武田信玄の隠し金山にて――、
決死の思いで正重らがカッシーニにしかけた強襲!
しかし銃使い・胡蝶が新式銃を用いて食い止めてしまう!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
胡蝶の手の中、硝煙をただよわせる回転式拳銃。
火縄を用いているし、加工精度のまずさから回転弾倉も不格好に大きい。すきまもかなり空いていて威力がかなりそがれる――と、後世に普及したものに比べれば未熟な構造ではあった。
が、それでも連発式の銃は当時――いや、今このとき、この場においては恐ろしいほどの脅威だ。
「――くっ! なぜ三発目が!?」
『黄金どくろ』錬金師カッシーニへの攻撃を阻止され、正重はうめく。
胡蝶の銃が単発であろうという読みははずれた。
数人がかりなら確実に黄金どくろを倒せると考えていたが、その前提も崩れた。
「ちっ、あやつのよゆうからすると……我ら全てを相手にできるということか?」
「……うむ。それだけの玉数はありそうじゃな。おそらく手元近くの太い部分に多くの弾をこめられるようなカラクリになっておるのじゃろうが……」
野菊と小夜は驚がくしつつも、胡蝶の銃を観察し分析する。
両手の連射銃器――合わせて何発撃てるか分からぬが、一行を倒してもなお余るように思える。
くわえて射手たる胡蝶には精密さと早射ちを両立させる腕もある。ここまでの戦いで正重らは骨身にしみて知っていた。
となれば――。
襲撃は無駄に命を縮めるだけだ。無意味な所業に命を賭けられない。万が一の可能性に賭けたあげく正重らが全滅すれば、そこですべて終わる。
自分たちの命や任務の成否だけでなく国の命運がかかっているのだ――うかつなことはできない。
そこまで即座に悟って、現実主義者である忍びたちの手と足が止まる。
背負うものの重さゆえに、無言のまま無表情で静止する忍びたち。
そのようすに逆に悔しさが透けて見えた。
一方、怪人カッシーニは忍びたちの苦悩をあざわらう。
「ふん――我に従えと命ぜられたとき、素直に応じておればよかったのだ。だが……もう遅い。きさまらの運命はすでに決まっておるわ」
皮肉な笑みを浮かべると、カッシーニは洞穴の入り口に声をかけた。
「きさまら……出てこい。当代きっての忍びどもが、そなたらの初陣につきあってくれるようだ。存分に相手してもらえ」
カッシーニの言葉に応じるように、暗がりの中にうごめく影があった。
正重に野菊、佐助らはその気配にむけ視線を送る。
と、そこには――、
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
洞穴の入り口、カッシーニの呼び出しにこたえて姿をあらわす人影。その数は三つ、四つ――次から次へ増えていく。最終的には十数体ほどが洞穴の中に集結していた。
松明の薄明かりの中、金色に輝く目は凶屍そのもの――しかし、ただの凶屍とはちがう点もある。
なんといっても、そのゴツゴツした体格――構成する筋骨が倍ほど増えているだろうか?
もはや人とは思えぬほどに太い腕と足、首や胴回りに圧倒的な力の面影が見てとれた。
「む……こやつらは……!? これまでとはまるでちがう! まるで鬼や魔物ではないか!」
「うむ。まるで昔語りに聞く鬼のような……」
新たな凶屍の、人のかたちを外れた姿に目を丸くする野菊と小夜。
そんな少女らのようすにカッシーニは満足げな表情を浮かべた。
「そのとおり。こやつらは凶屍鬼という。筋力と生命力を極限まで高めた新種の凶屍だ。名前だけは先祖返りしたともいえるが、錬金の成果によって大幅に改良されておる」
『凶屍鬼』――自ら名付けた怪物をカッシーニは誇らしげに披露する。
「ということは果心居士……まさか貴様がこれを……!?」
「ええ。ずいぶんと気味の悪い見た目になりましたけど……これもカッシーニさまの傑作ですわ」
問いただした正重に胡蝶がうっとりとした口調で答えた。
「――くっ。凶屍に変えられただけでなく、人としての尊厳までを弄ばれたか……」
「うむ。哀れなものどもじゃて。――にしても、果心よ。きさま、我らの見ておらぬところで、かくもおぞましきものを作り出していたとはのう」
少し前まで黄金どくろに協力していた佐助と才蔵にとっても、この怪物は初見らしい。異形に変えられたものたちへの哀れみとカッシーニへの憤りで表情をゆがめていた。
そんな一行のようすにカッシーニは芝居がかったしぐさで肩をすくめる。
「おやおや、そろって凶屍鬼が気にくわんようだな。しかし、このものどもは幸せなのだぞ? 人をはるかに越えた力を真っ先に手に入れられたのだからな。むしろ彼らは誉れと思うべきだ」
などと――カッシーニは、とてつもなく勝手なことを言う。
その目は狂気にキラキラと輝き、非道な発言が本心であると教えていた。
そして、さらに――、
「いずれ、この国の民すべてを凶屍鬼に変えてやる。もっとも我にとって有用なものは別だ。とりわけ職人はわが国のものより器用であるし、忍びどもも十分に使えるからなあ。我がしもべとしてすべての民草に力を尽くしてもらおう」
カッシーニは正気のさたとも思えぬ計画を喜々として語り出す。
狂いに狂った錬金術師の言葉。さすがにあっけにとられ、忍びたちは口をつぐむしかなかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「………………………………」
言葉を失い、無言に無言を重ねる正重たち一行。
返らぬ反応に興ざめしたのか。カッシーニは狂笑をやめ、つまらなそうにつぶやく。
「ちっ……長話が過ぎた。ま、この国に来てより幾星霜、せっかくの成果も自慢できる相手がおらなんだからな。やむをえざることではあるが……」
「あら、カッシーニさま。わたしが聞いて差し上げますわよ」
胡蝶がうれしそうに口をはさんだが、主カッシーニの返答はそっけない。
「胡蝶――なにを言うても、ただほめるしか能のないおぬしより、こやつらの悔しそうな顔のほうがよい」 「そんな……ひどいですわ。カッシーニさま」
と、無情な主に口をとがらせる胡蝶。
他愛もない会話をかわす主従だったが、その間も胡蝶はたえず銃口を一行に向け続けている。
おかげで、すきあらば――とカッシーニを狙っていた正重らも機を失ってしまう。
一方、カッシーニは――。
ため息をついたあと、呼び出した凶屍鬼にこう告げた。
「ここらでくだらぬ話も終わりだ――凶屍鬼ども。きさまらの力を忍びどもに見せてやれ! 速さも力も……すべてきさまらが上ということを示してこい!」
グルルルルゥ……!
主たる錬金術師の命に応え、凶屍鬼どもはうめく。
低く重い声には猛獣のうなりに似た迫力があった。鍛錬を重ねた忍びたちですら、本能的にはらわたが冷え手足が震える。
圧倒的な殺意の波動をぶつけられ、忍びたちが一瞬だけ注意を返した刹那。
「……さて、きさまらの最期と凶屍鬼の力量をこの目で確かめたいところだが……きゃつらが全力で暴れるとこちらの身も危ない。楽しみはおあずけだ」
「――ま、まてッ!!」
新種の凶屍たちに正重の意識が向かったすき、カッシーニは洞穴の出入り口に向かう。
あわてた正重が後を追うが……、
「させませんわ!」
――ダァン!
「くッ……!」
胡蝶の銃が容赦なく発砲。
足下に銃弾が突き刺さり、正重は真後ろに飛びのかざるをえない。
後に続こうとした野菊に小夜、佐助らも足を止められ――その間にカッシーニは悠々と洞穴の出入り口付近まで歩をすすめていた。
ようやく姿をあらわした敵の首魁――今回の件の黒幕の逃亡を、忍びたちはみすみす許すことになる。
「逃げるな黄金どくろ! いや、『かっしーに』とやら! お前だけは……!」
幸い傷はなかったものの大魚を逸した正重。
敵をとどめようと手をのばすが……届きはしない。そんな正重の姿を見てカッシーニは満足そうに言った。
「残念だがお前の相手は、わたしの傑作である凶屍鬼だ……では、さらば!」
そして――大金塊が眠る洞穴より錬金術師は高笑いしながら去っていく。
さらに胡蝶も軽やかに身をひるがえして主の背を追った。
「……みなさま、ごきげんよう。ご武運をお祈りいたしますわ」
「胡蝶!」
「きさま、バカにして……!」
ふざけた物言いをした胡蝶を野菊と小夜が呼びとめたが――もう遅い。
その声が背に追いつくひまもなく、胡蝶もまた洞穴から姿を消していた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
巨大金塊の眠る洞穴から果心居士――錬金師カッシーニと胡蝶は立ち去った。
一方、残されたのは野菊と小夜、当代と先代の半蔵兄弟――そして老練の忍び猿飛佐助。
凶屍事件の元凶であるカッシーニを逃した一行の悔いは大きい。
だが……それ以上に切迫した問題もあった。
野菊と小夜は周囲の『凶屍鬼』――殺意を送ってくる怪物ども十数体を見渡したあと、言葉を交わす。
「……どうするつもりじゃ小夜?」
「知れたことよ。やつらを斬る! あわれなヤツらだが……こちらも殺されてやるわけにもいかぬ!」
「ほう。奇遇だな。わたしも同感じゃ」
戦う覚悟はすでに決まっている。それでも気分を高めるように意志を確認するくのいちふたり。
同じく伊賀衆の兄弟も死闘の決意をかためていた。
「……これはとんだ骨折りになりそうだな。兄上はどうする?」
「――愚問だな。正重よ。ここで片づけておくより他はあるまい。鉱山の中を逃げ回るのも一苦労だ」
やむをえぬという風情に見えて、実は戦意にあふれている半蔵兄弟。
「若い者らが勇ましいのはけっこうじゃが、こやつらなかなかやるぞい。気を付けよ」
一方、老忍び佐助は若者たちの闘志に肩をすくめる。
だが、それでも『逃げる』とは言わないあたり、この老忍びも覚悟を定めていた。
かくして――。
五人の忍びと凶屍鬼は周囲に一触即発の空気をはらませ、対峙し合う!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
にらみあうこと、わずかのときをおいて――。
まず、しかけたのは凶屍鬼――より禍々しく姿を変えられた凶屍だった。
ありえないほど肥大化した握りこぶしは人の頭ほどある。そのこぶしを強く握りしめると力がこもり、ただでさえ太い腕がさらに太くなった。
大人の胴回りほどはあるだろう腕が、弓を引き絞るようにやや後ろへ下がり――、
そして……。
戦いの始まりは唐突だった。
――ぶんっ!
凶屍鬼のうち一体の影がかき消える。
筋骨隆々、重量級の体からは考えられぬほどの神速で一気に突撃してきたのだ!
……ガツッ!
瞬間移動でもしたかのように姿をあらわし、殴りかかってくる凶屍鬼。
襲われた正重は考える間もなく刀で反射的に応戦していた。獣じみた速さの奇襲をかろうじて刀の柄で受け止めている。
「――ぐぅ!」
しかし――受け止めきれぬ重い衝撃に、正重は数歩後退を余儀なくされた。
それでも即座に踏みこみかえして、凶屍鬼を斬り返したが……、
グルルルルゥ……、
あっさり飛びのいた凶屍鬼にはかすり傷を負わせただけ。凶屍鬼が上げたうなり声にも、どこかよゆうが感じられる。
力を増した新たな凶屍――その皮は厚くなり、まとう硬い筋肉で防御も万全なようだ。
「ち……なかなか手ごわい」
霧隠才蔵が弟の苦戦に舌打ちし、ぼそりとつぶやく。
かくして――見せつけられた凶屍鬼の力。たちむかう忍びたちに緊張が走った!




