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再会と対決と……

 甲州、武田信玄の隠し金山、 

 巨大金塊が鎮座する洞穴にて――、 


『黄金どくろ』錬金術師カッシーニに呼ばれ、姿をあらわしたのは胡蝶だった!



「みなさま。おひさしぶりですわね」


 ――などと、人を食ったあいさつを妖艶な少女はする。


「胡蝶! きさまが裏切り者であったか!?」

「おのれ! よくもだまして……」


 怒りの炎がくのいち少女らの目で燃え上がった。

 心臓のわるいものならば、それだけで殺されそうな敵意がこめられた視線だ。

 しかし、野菊と小夜の激怒を受け止めてなお胡蝶は平然と返答する。 


「いいえ。『裏切り』などではありませんわ。そもそも、あなたがたより先に黄金どくろ――カッシーニさまの下ではたらていたのですもの」


 そう語った胡蝶が浮かべたのは嫣然たる笑み。

 金塊の放つ満月のような色の光を受け、銃使いの少女から壮絶な色気が漂う。

 野菊に小夜――同性ですら、ぞくりとさせるような危険な艶を見せた胡蝶は視線をカッシーニに向けた。

 初老の異人カッシーニも妖しげな笑みを返し、胡蝶に応じる。


「そうとも。この国に来てから、まず我が手足となって働く者たちを集めたのだ――銃の火薬の流通に関わることでな。そこから人脈を広げ、少しづつ手下を増やしていった。この娘もその一人よ」

「ええ、わたしが使う火縄銃や爆裂弾の火薬はカッシーニさまよりさずけられたもの。カッシーニさまのおかげでわたしの一族は銃使いとして名を馳せることができました」


 と、言葉を重ねる二人。

 胡蝶のカッシーニをうやまうさまに、野菊と小夜は長い年月のつながりを感じた。


「火縄銃は煙硝がなければただの鉄の筒――果心居士を名乗った我(われ)が高値でばらまいた玉薬で戦国の大名どもが殺し合うさまは、なかなか見ものであったよ。戦があれば玉薬の需要は大いに増え、おかげでたいそう儲けることができた。なにをするにも必要なのは資金だからな。やつらは良い糧となってくれたよ」 


 と、カッシーニ自らが語ったことによれば――この異人『死の商人』であったということになる。

 武器を売り、他国に死をばらまき、濡れ手に粟の稼ぎを得ていたのだ。 


「――く、きさま、なんという言いざまか!?」


 激高する正重――そして野菊と小夜も怒りをあらわにする。

 

「まったく、世も末じゃて……このような輩の野望で世が動いていたとは……」 


 佐助もさすがにあきれていた。

 だが、カッシーニはそんな忍びたちの憤怒をあっさり嘲笑う。


「……なに。我が火薬をばらまかんでも、大名どもは我欲で殺し合いを続けたさ――我は道具を貸したにすぎぬ。とはいえヤツらの飽くなき欲は我に大量の富をもたらしてくれ、おかげで蓬莱の秘宝――古代に方士・徐福の求めた不死の仙薬をさがす資金と人手があつまった。あとは聞きつけた『とある噂』を元に、甲斐の隠し金山に、その材料を見出し、錬丹――つまりは『凶屍の法』を完成させるだけであったよ」


 そこまで一気に語ったカッシーニ。

 多くのことがいきなり明らかになり、正重らは混乱する。 


「『不死の秘宝』の『とある噂』……だと?」

「そんな噂……長年忍びをやっておるが、聞いたことないのう」 


 首をかしげた佐助――伝説の忍びと呼ばれた男の口から出るだけに重みのある言葉だ。

 一方、カッシーニは肩をすくめ、深くため息をついた。  


「やれやれ……わからんか? にぶいやつらよ。かつて武田家領内で現れたという凶屍――その原因こそ隠し金山の鉱脈の中で長年にわたって眠り続けてきた『蓬莱の秘宝』よ! 仙骨のない――つまりは仙人となる才能無きものが錬丹に触れれば意志を失い、凶屍あるいはキョウシキと呼ばれる怪物に変わるというだけさ!」


「なッ!?」

「まさか……なんということ!」


 ――ここにきて、すべての話が一つにつながり、正重らはがくぜんとする。



 ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



「そんな……」

「蓬莱の秘宝――仙人となるための薬が……あの化け物の元!?」


 驚きに言葉も出ない正重たち。

 その反応に気を良くしたのか、異人の錬金術師は饒舌に話し続ける。


「封鎖されたという隠し金山をなんとか探りだし、手に入れた『蓬莱の秘宝』に西洋錬金術における『自在人形(ゴーレム)』の技法を加え、我は凶屍を意のままに操れるようにした。もっとも、そこまでできるようになるまで、かなり長い年月を必要としたがな」


 今まで秘してきた研究成果について話すことができ、よほどうれしかったのだろう。得意げにカッシーニは語った。 

 一方、正重は気づかされた真実をおそるおそる確かめる。  

  

「では……まさか、大久保長安――わが舅であった男をそそのかし、さらに大坂の豊臣家と通じたのも……」

「うむ。凶屍を自在に操るすべを見つけ、さらにその過程で巨大な金塊を見つけたからな。この国を乗っ取る準備はすでにできた。あとは蜂起するだけと見定めたのだよ。豊臣と徳川の争いに乗じて凶屍を放ち、しもべを増やす――そして、この国をわがものとするのさ!」


 正重の疑問にうなずき、高らかに告げるカッシーニ。 

 錬金術師の長年にわたる野望と陰謀――身勝手な願いに正重の堪忍袋の緒が……切れた。


「させぬ! させるか! そのようなこと! この国は、いや、この世はお前の好き勝手な野望を満たすための場ではない!」


断固として拒否する正重。

いや。正重だけでなく佐助に才蔵、野菊に小夜——忍びたちは心を合わせて、錬金術師をにらみつける。


 しかし、くのいち少女の二人、それに当代と先代の半蔵、伝説の忍びと言われた猿飛佐助――いずれも手練れの忍びたちに敵意を向けられながらも『黄金どくろ』『果心居士』と呼ばれた『錬金術師カッシーニ』は怯えの色一つ見せない。

 むしろ、喜ばしそうに不気味な笑みを浮かべていた。


「……やれやれ、これよりこの国の主となる我になんたる無礼か。しかし、まあ、いい……これから貴様らは『凶屍』となり、我が手足として働いてもらう。素材がいいだけに優秀な道具になってくれるだろうて」


 などと、正重らの未来を決めつけるようなことまで口にしていた。

 そのよゆうを不審がりつつも、服部半蔵正重は言い返す。 


「ずいぶんとたいそうな自信だな? たしかに胡蝶の銃は脅威だが、我らとて、ただではやられはせぬ! たとえ一人二人撃たれようと――だれかが、かならずお前を討つ!」


「……うむ」

「ああ」

「そうだな」


 正重の言葉にうなずく忍びたち。

 絶対にカッシーニの野望を野放しにはできない――そんな思いから、豊臣方、徳川方の垣根を越え意志を同じくした一同はおのおの武器をかまえ、戦闘態勢に入る!

 


 ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



 隠し金山内――巨大な金塊の眠る一間。

 洞穴に満ちた黄金の光を受けつつ、対峙するカッシーニ主従と正重一行。



 ごくり……。

 

 静まり返った周囲に、だれのものか唾を飲む音が聞こえた。

 高まっていく戦意や緊迫感と裏腹、状況は動きを見せない。

 この不毛なにらみあいの原因は、忍びたちがいだく不信と不安のせいだった。

 

 先ほど正重の口にした通り、胡蝶の銃は恐ろしい威力を誇る。さらに百発百中を誇る胡蝶の腕にかかれば、忍びの高度な身体能力をもってしても放たれた弾丸を回避することは難しい。

 しかし同時に、胡蝶の銃はここにいる忍びすべてを倒せるわけではない。

 正重らが、いっせいにかかればたとえ一人二人討たれようと、カッシーニを討ち果たせるはず。



 なのだが――、

 正重は言い知れぬ恐れにおののく。


(おかしい……なにかがおかしい)

 

 その程度のことはカッシーニや胡蝶らにとっても自明なことのはず。

 だというのに、カッシーニ主従はおびえを見せない。むしろ二人とも、正重たちの攻撃を待ち受けているように思えた。 


 目の前の光景から感じとった本能的な予感が正重たちの足を止める。

 しかし――、 


 長く続いた緊迫と硬直に耐えられなくなったのか……?

 それとも。


 ともかく――ついに小夜が動く!



 ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



「覇ッ!」



 鋭く一声、発した小夜は手にした小太刀をかまえ、一歩踏み出した。短い助走から、小さな動きで小太刀を投擲する。

 一閃――宙に発した銀の閃光は老錬金術師カッシーニの胸の中心へ向かった。

 殺意のこもった一撃は見事、カッシーニの心の臓を射抜くかに思えたが――、



 ――ダァン! 

 ――ガキィッ!



 洞穴内に銃声が響き、同時に小夜の放った小太刀もはじき飛ばされる。

 胡蝶の射撃がカッシーニへの必殺の一撃を妨害したのだ。

 飛来する小太刀を撃ち落とすなど、まさに名人技の一言――胡蝶が見せた精密無比な銃の腕前である。

 

 もっとも――正重たちの攻勢は終わりではない。



「まだまだッ!」



 小夜の小太刀に続き、今度は野菊が驚くほどすばやく矢をつがえ、弓を引きしぼり――放つ。

 目にも止まらぬ一連の動作と射撃。鋭利な鋼鉄の矢尻が目指すのは眼球か眉間か……ともかくカッシーニの頭部を貫かんと宙を切り裂いた。

 だが、これも……、

 

 ――ダァン!


 再び響く銃声に撃ち落とされる。

 空中を疾走した野菊の矢も胡蝶の放った弾丸によって木端微塵に砕かれていた。

 これまた恐ろしいほど正確な射撃である。


 ……しかし、ここまで二発の弾丸を胡蝶は放っていた。  

 胡蝶――銃使いの少女が持つのは短筒、すなわち短く切りつめた火縄銃を左右の手に一丁ずつだけ。替えの短筒を出そうともしない。

 そして当時の銃は単発。和紙で玉薬と鉛玉をまとめた装填具『早合』などを使って工夫し、熟練者が全力で急ごうと再装填には時間がかかる。

 

 

 ――となれば現時点、左右の銃から玉を放った胡蝶は攻撃手段を失っていることになる。

 ここまで胡蝶は複数の短筒を持ち歩き、さらに炸裂弾と組み合わせることで玉切れを防いできたが、あるいは川に飛びこみ水に濡れたことで使えなくなったのかもしれない。



 ともかく――正重たちにとって大きな好機である。



「よしッ、これで!」 

  


 天佑とばかりに正重がカッシーニに突進をかけた。 

 カッシーニ主従の態度に感じた不安は小夜が攻撃をしかけた瞬間に消し飛び、抜刀をすませた正重は洞穴を駆けだす。

 


(胡蝶が玉ごめをすませる前、あの黒幕を……斬る!)



 疾風のごとき勢いでカッシーニにせまる正重――老錬金術師の命運は風前の灯火に思えた!

 


 ◆   ◇   ◆   ◇   ◆ 

  


「非道の報いだ! 逝けッ黄金どくろよ!」



 正重が叫びとともに肉厚の刀身を振り下ろす。

 ぎらりと危険な光を発した刃は、カッシーニの長身も真っ二つに切り裂くかに思えたが――、

 正重の振るう剣がその身にせまっても、老錬金術師は薄く笑っている。


(――なぜだ!? なぜ!?)


 と、疑問に思った正重。

 その瞬間――、



 ――ダァン!



 三たび室内に轟く銃声。同時に正重の手に重い衝撃が走った。  

 思いがけない妨害を受け、正重の手から刀がはじけて飛ぶ。


「くッ! いったい……なにが!?」


 苦痛と驚きにふりかえった正重の目の前では胡蝶の右手の中、握られた短筒が煙を吐き出していた。 


「まさか……!? なぜ、三発目が撃てる!?」


 胡蝶からの射撃はないと信じ、突進をしかけた――それが予想外の第三射で邪魔され、正重は目を見張るしかない。    

 一方、胡蝶は驚愕する正重などさておき、主カッシーニにうっとりした口調で話しかける。



「さすがですわ。カッシーニさまの作られた連射式短筒」

「……ふむ。小型化に時間がかかったが、それなりに良いものができたようだ」



 胡蝶の褒詞に満足げにうなずくカッシーニ。

 そんな老錬金術師、そして奇妙なできごとに動きを止めた正重たちの視線の集まる先では――、     



「うふふ。なんてすばらしい機巧(からくり)なんでしょう!」



 銃身の後方が奇妙にふくれた短筒――のちの世に回転式拳銃(リボルバー)という名で知られる銃器に胡蝶がほおずりしていた。

  


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