果心居士の正体
甲州、武田信玄の隠し金山にて――、
巨大な金塊が姿をさらす一間で対峙する黄金どくろ正重ら一行。
先代と当代の服部半蔵、猿飛佐助、そして風魔に高坂など名だたる忍びたちを前に――、
『黄金どくろ』の仮面を燦々と輝かせた怪人――果心居士は高らかに告げる!
『我が名は果心居士――もっとも、これはこの辺境の地における仮の名にすぎん!』
洞穴に大きく響かせた名乗り――その言は驚くべきことを告げていた。
そして黄金の絶壁に反響した声が鳴りやまぬ間に、果心居士は黄金どくろの仮面を自らはずす!
あっさりとはがれ落ちた不吉な造形の下――隠れていた顔とは……!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
落ちくぼんだ眼窩、高い鼻と額――そして色の薄い瞳と毛髪。
仮面の下からあらわれた果心居士の顔は、あきらかにこの国の民のものではない。
――目にした素顔に面識のあった猿飛佐助も驚がくし、うめくように言う。
「な……果心居士よ! きさま、異人であったか!?」
猿飛佐助――高名な忍びを驚かせたことを誇るかのように、果心居士は楽しげにうなずく。
「ああ、そうとも。我が真の名はカッシーニ――真理にせまりし錬金術師ジェンナーロ・カッシーニ! 黄金郷のありかと真理の石を求め、はるか遠方ヨーロッパの地より来たりしもの!」
年のころ初老らしき果心居士――いや、本人の名乗りによればカッシーニは薄茶の瞳に金塊の放つ黄金の光を受け、妖しくかがやかせる。
その奇妙な眼光に動揺させられつつも、正重が問うた。
「なぜだ!? なぜ異人がこの日ノ本の地でわけのわからぬものを探す?!」
当然と言えば当然と言える正重の問い。
彫りの深い顔立ちに、にやりと笑みを浮かべてカッシーニは答えた。
「すべては……偉大なる真理の技『錬金術』のためだ」
「真理の技、錬金……術だと? 錬金術師とは……いったい?」
「……黄金を作り出すことを目的とする南蛮の妖術師、あるいは薬師のようなものじゃと聞いておる」
首をかしげた正重に、佐助が緊迫した小声で教える。
その内容にカッシーニは笑みを浮かべたままうなずき、先を続ける。
「ああ。わがカッシーニ家は錬金術師の家系――田舎貴族のふりをして教会の目をくぐりつつ、密かに錬金術師としての技を継いでいた。代々、男子の一人を教会に送りこみ間者とすることで情報を得て、異端と怪しまれぬようふるまいつつ……な」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
果心居士――異人カッシーニは一族の歴史を語る。
「……本来、教会に送りこまれた男子は目立たぬよう、一族のため情報を集めるのが習わしだった。しかし、わが叔父上にあたる人物はたいそう有能でな。教会で出世を重ね、あろうことか錬金術師を取り締まる異端審問官となった。本当に皮肉なできごとであったよ……そしてまことにまぬけな教会の坊主どもよ!」
と、本当に楽しそうに笑うカッシーニ。
その笑いに狂気に似たなにかを感じ取った正重らは、思わず背筋を震わす。
一方、カッシーニはくつくつと笑いながら、話をすすめる。
「異端審問官として叔父上は幾人もの錬金術師を探し出し、とらえ、そして処刑した――もちろん、証拠として集めた錬金道具や資料は一族のものにしてな。かくして我がカッシーニ一族は錬金術師としておおいに力をつけたのだよ」
などと自慢げに語るカッシーニに、野菊と小夜は思わずつぶやく。
「同胞の財物を奪ったのか……?」
「む、なんと外道な…………」
必要とあらば手段を選ばぬ忍び――しかしそんな彼らにも仁義はある。
野菊も小夜も、人として守るべき何かをあっさり踏み外したカッシーニ一族に嫌悪を覚えた。
しかし――カッシーニは少女二人の義憤など鼻で笑い、語り続ける。
「同じことができる境遇であれば他の錬金術師もそうしただろうよ……まあ、それはともかく、叔父上の尽力で集められた錬金資料の中、とある書物があってな――その名を『真の東方見聞録』という。その書物こそ、我がこの地に来ることになった遠因であるのさ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「『真の東方見聞録』だと……?」
「佐助、なにか知っておるか?」
「……すまぬ。さすがに覚えがないのう」
果心居士の言に正重は首をかしげた。
野菊や小夜から疑問をぶつけられた佐助も今度ばかりは首を横に振る。
「……ふむ、そうであろうよ。また、そうでなくては一族の秘伝とは言えぬ」
佐助の反応に満足そうなカッシーニは、得意げに『真の東方見聞録』について語る。
「本来の『東方見聞録』は、はるか昔マルコ=ポーロというジェノヴァ商人が旅行中に見聞きしたことを記したもの――だが我の手に入れし『真の東方見聞録』はそうではない。アジアを訪れた錬金術師が『錬丹術』という東洋の秘法を学び、子孫に伝えるべく残したものだ」
「今度は錬丹……とな? まったく妙な話ばかり聞かされる」
「半蔵どの。錬丹術とは唐の国に伝わる秘法――道士が仙人となるため、不老不死の薬を作る術のことじゃ」
何度も聞かされる耳慣れない言葉――正重はため息をついた。
そんな正重に佐助は『錬丹術』とはなにか教える。
と、そこで――、
二人の会話を聞いていた野菊が、とある事実に気づいた。
「ふむ。不老不死か…………それでは、まるで化け物……あッ!?」
「…………ほう……そちらの娘は気づいたようだな」
野菊の反応にうれしそうに笑うカッシーニ。
その笑みに確信を強めた野菊は、己の推測を口にする。
「まさか……『凶屍』とは、その錬丹術とやらで作り出したものなのか!?」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ここまで一行と激戦をくりひろげ、苦しめてきた怪物『凶屍』
その正体が錬丹術――不老不死の秘法の産物であったと野菊は看破した。
「なっ!」
「そんな……!」
「むぅ……」
「ッ!」
野菊の推測に対し――正重と小夜、才蔵に佐助は小さくうめいた。
信じられない思いで皆が視線をカッシーニに向けると――、
すべての黒幕――カッシーニは大きく縦に首を振る。
「……そのとおり。実に勘がいい娘だ。真の東方見聞録に記された方法が不十分だったため出来そこないではあるが……それでも凶屍は、ある種の『不老』といえよう? 人の夢の一つが実現した形ではないか?」
足の動かぬ老婆や老人も凶屍になれば、獣のように俊敏になった。くわえて少々の怪我では屈せぬ生命力も得ている。そう考えれば『凶屍』はたしかに不老の一種ではあるのかもしれない。
だが――、
「いいや! あんなものが不老などと崇め奉られてたまるものかよ! 人を化け物に変えるだけの毒物――外道の技ではないか!」
正重は断固として拒否した。
野菊と小夜も大きくうなずき、佐助と才蔵は共感の視線をそそぐ。
――そんな忍びたちの態度に、カッシーニは肩をすくめて言う。
「やれやれ。やはり辺境の蛮族……頭が固い。『真の東方見聞録』の記述が、ところどころあいまいだったのと肝心の材料が手に入らぬせいで、こんな者どもが住む僻地にわざわざ来ねばならなかったことがたいそう悔やまれるよ」
と、大きく嘆息したカッシーニ。
しかし、狂ったような情熱を秘めた眼はまだ爛々と輝いていた。
野心と野望――二つをたぎらせたその目を巨大な金塊に視線を向け、カッシーニはにたりと笑う。
「……とはいえ蛮地にも利点はある。まさかこれほどの金が眠っていようとは思わなかった。この金と凶屍の法を用いて、まずはこの国のすべてを手に入れよう。その次は東洋全域――いずれは母国までを制し、全世界に錬金による我が帝国を……」
ごくり――、
聞かされたカッシーニの野望に正重らは息を飲む。
たわごととしか思えない狂った発想であったが――実現できないわけではない。
凶屍を広めれば敵の勢力を弱め、さらに自分の戦力にできる。
さらに大量の金をつかって武器と軍勢を手に入れれば…………どれほど大きな混乱を、世にもたらすことか。
――気づかされた事実が忍びたちの肝を冷やす。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
聞かされた錬金術師カッシーニの野望。
一瞬、心の臓が冷える思いをさせられた一行だったが――、
すぐさま果敢に気を取り直す。
「させぬ! そのようなこと!」
「ああ!」
「うむ、そのとおりじゃ!」
――正重が怒り、同じく怒気をただよわせた野菊らも同意する。
「『黄金どくろが世に害をなすようであれば迷わず斬れ』――幸村さまにおおせつけられた密命、果たすときが来たようじゃな」
「……そうだな」
一方、淡々と言葉を交わす佐助と才蔵であったが――その内心の敵意は正重たちに引けを取らない。
かくして、忍びたちはカッシーニに強烈な殺気を向ける。
突き刺すような敵意――常人ならばぶつけられただけで卒倒しかねない視線だ。
しかし、忍びの殺気を向けられてなおカッシーニは平然と笑う。
「やれやれ。蛮族とはいえ忍びどもの力量はなかなかのもの。我のため尽くすなら、それだけの地位と財とを与えてやろうと思ったのだがな」
「いらぬお世話だ!」
「そうとも。闇の中に生きる我らにも最低限の誇りがある――きさまのようなやつに従えるか!」
断固拒否する正重と野菊――小夜や才蔵、佐助もまた、きつい視線で拒絶の意志を示している。
そんな忍びたちにカッシーニは舌打ちした。
「……そうか。権力者どものいいようにこき使われ、捨てられる――そんな生涯を望むか。やはり犬は犬のままということだな……わかった。ならば、きさまらも我の忠実なしもべ『凶屍』に変えてやろう!」
説得をあきらめ、忍びたちに宣戦するカッシーニ。
その言葉に正重らは得意の武器をかまえなおし――戦いに備える。
しかし……一対五の状況で、しかも五人の側はそれぞれ腕利きの忍び。
正重らが圧倒的に有利なはず――なのだが、なぜか襲いかかることができない。
(なんじゃ、この不吉な予感は? 敵はヤツ一人、配下であった佐助らはこちらに寝返った。この状況でなぜこうも強気の発言ができる?)
と、不審に思う小夜をおいて――、
小夜が硬直を振り払うかのように言った。
「護衛に凶屍どもを連れ歩くのだったな! 今ならば確実にきさまをしとめることができる!」
「……なに、問題ない。こちらには『隠し玉』があるからな」
そんな小夜の挑発によゆうを見せて返すカッシーニ。
「隠し玉……じゃと?」
その言葉に背筋が凍えるような不吉を感じ、野菊は思わず問いただす。
すると――、
「ああ、そのとおり――もういいぞ、出てこい」
薄気味の悪い笑みを浮かべ、カッシーニは野菊にうなずく。
さらに黒幕である錬金術師は洞穴の入り口あたりにある暗がりに向け、声をかける。
「は~い。ただいま参ります。果心居士さま」
――と、呼びかけに応えて姿をあらわした人影が一つ。
松明の明かりの届く範囲に出てきた人物――その正体に小夜、野菊は絶句させられる。
「――なッ!? なぜここに!?」
「お、お前は……!?」
巨大な金塊の眠る洞穴の中央へ――、
じらすように、ゆっくり歩いてきたその人物とは――、
「……あ~ら、みなさま。わたしをおいて先にすすんでしまうなんて、ヒドイじゃありません?」
――はぐれていたはずの旅の仲間『胡蝶』だった!




