黄金絶壁
洞穴の中――猿飛佐助と霧隠才蔵は、正重たち一行を隠し金山の鉱脈へと案内する。
「ほれ、こっちじゃ……この道を通れば『アレ』にたどりつくまで凶屍どもはおらぬ。そして『アレ』は、だれが見てもたまげるにちがいないて」
いたずらっ子のような口ぶりの老忍び――猿飛佐助が正重たち一行の前を駆けていく。
暗い洞くつの中、湿り気を帯び滑りやすいでこぼこした路面だというのに、平地を行くかのよう。
同じく忍びである正重、野菊らが感嘆するほどの足の速さであった。
(……ややっ、さすがは伝説の忍び!)
内心で舌を巻いた正重だったが、乗せられて後を追うわけにもいかない。
正重は両脇に小夜と野菊をかかえていたのだから。
これは別に両手に花――と言える状況ではなく、気付け薬でようやく立ち上がった小夜、足をけがした野菊――少女二人を唯一健在な正重がささえているのである。
おぼつかない足取りの野菊と小夜に注意を配った正重は、佐助を呼び止めた。
「すまぬが猿飛どの。少々おまちいただきたい――こちらには二人もケガ人がいるのです」
「……お、こりゃすまん。ついアレを人に見せたい気持ちがまさってのう」
と、わびて頭をかいた猿飛佐助をようやく追いついた霧隠才蔵もたしなめる。
「――佐助どの。それでは子どもと変わりませぬぞ」
「むう。才蔵よ、おぬしもあれを見たときは、たいそう仰天していたではないか?」
「お気持ちは分かります……が、しかし、あれは天下をひっくり返すほどの財宝。あなたほど素直に感心はできぬのですよ」
暗い顔でいった才蔵――正重は見たこともない兄の表情におどろいた。
「兄上。それほどのものなのですか? 武田信玄公の隠し金山とは……?」
「――うむ。あれが表ざたになれば徳川だの豊臣だの、この国一つを揺るがすだけでは済まぬ。他の国をも巻きこむ戦乱へとみちびきかねない。我が主・幸村さまはそれを恐れておる」
「むむ……」
兄弟二人が難しい顔を見合わせたところで――、
「ほれ。ついたぞい」
――猿飛佐助が道の行く先、ぽっかり開き、光の差しこむ亀裂を指さし、得意げに告げる。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「……む、ここは外か?」
「そう思うじゃろ? しかし……ちがうんじゃな」
正重は一瞬、屋外へでたのかと思ったが、佐助が笑って否定した。
しかし、正重がまちがえたのも無理はない。
その一角は洞穴内だというのに驚くほど開けていた。ここまでせまい洞内を苦労して進んできた一行からすれば野外と見違えてもしょうがないほどに広い空間である。
さらに見上げた天井もはるか高く、解放感はひとしおだ。
――そして、なにより屋外を思わせたのは洞内の明るさであった。
その煌々としたまぶしさは雲一つない満月の夜を思わせる。
だが、どこからか光が入りこんでいるわけではない。すべて洞穴内のたいまつのあかりが光源だ。
ならば、闇を圧するほど大量に火が灯されているのかと言えば……そうでもない。
洞内を照らすのは掲げられたわずか十余本の灯火だけ。
揺らめく頼りない光を写し返し、望月の明るさにまで引き上げていたのは――、
「…………まさか……まさか……これ、すべてが黄金……か?」
何度も言葉を吐こうとしては失敗し、ようやく正重が口にできたのはおぼつかない質問。
しかし、それでも上出来といえるだろう。
彼が支える野菊と小夜は、なにも話すことができぬほどに仰天していたのだから。
――そんな正重たち一行の姿に佐助が満足そうに笑う。
「……な、絶景じゃろう?」
「は、はい。これはまさに……」
正重たちの前に広がっていたのは――、
『黄金の絶壁』――そうとでも呼ぶしかない光景であった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
高さは数十丈――垂直に切り立つ姿は、まさしく絶壁。
しかし、ふつうの岩肌と違い、正重の目の前の壁は燦々と黄金色に輝く。
――そこに存在していたのは、とてつもなく巨大な『金の塊』であった。
巨大な金屏風のようにも思える金塊の前、正重たちは沈黙を強いられる。
そして数刻に思えるほどの数分を経て――、
「…………これが…………信玄公の……隠し……金山?」
しゃがれた声が、からからに乾いた正重ののどから漏れた。
「こ、これは……」
「……なんと……いう」
野菊と小夜――まったくもって非凡な少女たちからも、平凡な感嘆しか出てこない。
一行はしばらく、ほうけたように黄金の壁をながめていた。
そして――ようやく正重が口を開く。
「……たしかに兄上や真田幸村どのの危惧もわかる。我が国にこれほどの量の黄金があると知られれば、他国に野心をいだかれよう。正直、徳川家でもあつかいかねる事態だ」
「うむ。しかし、大坂城のおふくろさま――淀どのは、この黄金すべてを渡す代わり、果心居士を通じて『いすぱにあ』の支援を得るつもりでおる。茶々という名の姫君であられたときから、たびたび落城の悲哀を味わっておるゆえ、昨今の大坂方の劣勢が耐えられんのじゃろう。今度ばかりは滅びを避けたいのじゃろうて……」
そう答えて、佐助は深くため息をついた。
今の豊臣家当主は太閤秀吉の遺児・秀頼――しかし、実質的な権力はその生母である淀どのにある。それだけに秀頼を盟主とあおいでいる真田幸村には、強いことがいいづらいのだろう。
今は紀州に隠棲している主の苦衷も思いやって、佐助は淀どのの内心を察したのである。
――だが、正重にも正重で立場があった。
『生母の専横』という豊臣家内部の問題で徳川家のみならず、この国に戦乱が及ばれてはこまる。
「……淀どののお気持ちはわかるが、勝利のため武力を金で買えば、この国はイスパニアの属国になりさがるぞ? イスパニア以外の国からも介入を招きかねん。それはさけねば――」
当然の反論をした正重――天下のことを考えれば理は正重にある。
その意見に徳川家にそれぞれ遺恨がある小夜、野菊も同意した。
「――ふむ。そうじゃな」
「ああ、わたしもそう思う」
「……………………ふむ」
そんな年下の者たちの正論に佐助は口を閉ざす。
しかし才蔵だけはむきになって言いかえした。
「もちろん、我が殿はその点を憂慮なされておった。それゆえ、幸村さまはおれにわざわざ頭を下げ……」
「これ、才蔵――口が軽すぎるぞ」
先ほどまでの行いからすれば、言えたことではないセリフを佐助は口にする。
そんな佐助に才蔵はここまでの冷徹さをかなぐりすて、強く吠えた。
「いいや、佐助どの……このものたちは幸村さまの苦悩などしるよしもない。豊臣方がイスパニアの援助を受けることを黙ってみておれば、圧倒的に不利だった戦を五分と五分にもちこめたのだ。そこを天下のため、曲げて徳川に知らせたのはあの方ぞ! なぜ、その苦衷を察しようとせぬ?!」
青筋立てて才蔵は言い返す。
以前の兄であればありえぬその姿を見て――正重はぽつんとつぶやく。
「…………兄上、よい主にめぐりあえたのだな? そこまで他人に尽くす兄上は初めて見た。それだけで以前の兄上と別人とわかる」
「ああ、そうだ。正重。あの方は『信頼は与えねば与えられぬ』という当たり前のことを、身を持っておれに教えてくれた恩人――だから、おれが伊賀衆にもどることは二度とない。次に敵味方として戦場であえば、おれはちゅうちょなくお前を斬る!」
「……兄……上」
と、弟・半蔵と今生の別れをすませた才蔵。
身内同士の話題で雰囲気が重くなったところで――、
沈んだ場の空気を変えるためだろうか。佐助が口をはさんだ。
「――ま、本来ならば、わしも徳川方なぞに味方しとうはなかった。が、わしと才蔵――二人だけでこれだけの金塊はさすがに手に余る。幸村さまより、いざとなれば金をかっぱらって大坂に入れと言われていたが、さすがにこのデカブツではのう。で、しかたなく徳川の手を借りることにしたわけじゃ」
そういって佐助は巨大な金塊をながめ、芝居がかったしぐさで肩をすくめる。
佐助が口にしたのはくだらぬしゃれである――しかし妙な具合に力が抜ける言葉だった。
過去からずっと張りつめてきた緊張の糸が、ここ数時間でいっきにほつれて切れていたため、一行は、つい吹き出してしまう。
「ぷッ、ははっ、たしかにそうじゃ! これだけの量の金塊――さすがに伝説の忍びでも運び出せまいて」
「うむ。しかし、そこで敵方を利用しようとは……。さすがに猿飛佐助、人を食った男だな」
佐助の言葉がツボに入ったのか、野菊と小夜――二人の少女は年相応にくすくすと笑い出す。
その無邪気な笑いは正重たち兄弟にも伝染し、難しい顔がほぐれた。口の両脇に笑みが浮かぶ。
そして、みなを笑わせた佐助も得意げな笑顔を見せる。
かくして敵地にも関わらず、笑いが漏れる。
そんなほがらかな光景がしばし続くかに思えたのだが――、
しかし……、
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
鉱山の洞穴、巨大な金の絶壁の前――ひそやかに響く男女の笑い声。
しかし、その混声のゆかいな笑いは唐突にぴたりとやんだ。
一行みなが、自分たちのものではない声を聞き取ったからである。
『――フ、フハハハハハハッ!』
後に残ったのはくぐもった一つの笑声だけ。
その不吉な残響には覚えがあった。
そして、びくりと身を震わせた一行の前、傍若無人な笑い声はどんどん大きくなっていく。
『いやはや、真田どの――さすがは稀代の名将にして策士でいらっしゃる。まさか敵方である徳川と通じておられるとは思いもしなかった。いやあ、だまされた、だまされた』
心底ゆかいそうでありながら周囲をきわめて不快にさせた笑いは、そこでようやくやんだ。
そして――ようやく正重と野菊は相手の名を口にする。
「き、きさまッ!?」
「黄金どくろ――いや、果心居士ッ!」
猿飛佐助、霧隠才蔵、高坂野菊、風魔小夜――そして服部半蔵正重。
手練れの忍びである一行すべてから、強烈な殺気が飛んだ。凡人ならば、それだけで発作を起こして逝きかねない圧倒的な敵意だ。
しかし、それを黄金が光をはじくようにあっさり受け流し、黄金どくろは平静を保っている。
そしてあざけるような調子を含んだ声で、こう言った。
『……なに。忍びこんだネズミと、身内に巣食っておったネズミとがこの場で会うようだからな。一網打尽とすべく、ここで罠を張って待ち受けていたというわけさ』
――いきなり現れた敵の首魁『黄金どくろ』の姿と言葉に、正重たちは慄然とさせられる!




