黄金どくろの正体
「……そこの忍びが先代の半蔵? 正重と兄弟……じゃと……?」
唐突に降ってわいた状況、野菊が言葉を失う。
一方、正重はじっと兄正就――今は霧隠才蔵と名乗っている男に視線をそそぐ。
「――久しいな。正重」
長い沈黙のあと、口を開いた兄にびくりと震える正重。
何度か気おくれしたあと、正重はなんとか質問を発する。
「…………い、いきなり知らせをもらって驚いたぞ、兄上。ふいに姿をくらましたかと思えば……なぜ、真田幸村どのの配下になっている?」
「――伊賀衆みなを味方につけたお前に追放をくらったあと、配下だった忍びどもに寝首をかかれかけてな。手傷を負い、逃げこんだ紀州の山中で激流に身を投げた。半死半生で岸に打ち上げられたところを、佐助どのにより、幸村さまのところに運びこまれ――そして今にいたるというわけだ」
兄が淡々と語る壮絶な過去――正重は絶句した。
「――な!? まさか!? おれは殺害まで命じておらぬ!」
「……だろうな。だからお前は甘いというのだ。追放しておきながら影武者を立て、今も頭領はおれのままということにしておる――お前が情にかられて手を下せぬゆえ、部下が先走ったのだろう」
兄に図星をつかれ、正重は口ごもる。
「それは……追放は一時的で……兄上が悔い改められたなら、いつでももどれるよう……」
「それが甘いのだ正重。どちらにしろ、おれは伊賀衆にはもどらぬ――かつての伊賀衆頭領・半蔵正就は、紀州山中の霧に隠れて消えた。今のオレは霧隠才蔵――かつて敵対していたおれの命すら救い、信頼してくださった幸村さまに一生つかえていく」
先代半蔵の正就――いや、霧隠才蔵は断固とした口調で言い、正重は言葉を返せない。
と、そこで――。
才蔵の言葉に深くうなずきながら佐助が口をはさんだ。
「……さて、ややこしい兄弟の再会はすんだようじゃし。そろそろ、そちらの娘の手当などしてはどうかな?」
「「あッ!?」」
――野菊と正重が佐助の指摘にふりかえると、そこには倒れた小夜の姿があった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「小夜ッ!」
「……うぅぅ」
正重と野菊が駆け寄った先、地に伏した小夜は苦しそうにうめきを上げていた。
大汗をかきつつも顔色は悪い。さらに手足は小刻みに震えている。
――野菊との激闘で疲弊していたからだろうか?
――それとも動き回っていたせいで毒のまわりが早かったのか?
どちらにしろ、先ほどから状態は明らかに悪化していた。
「……たのむ、のぎく……もう、自分では……」
「――小夜ッ!」
自分を殺してくれと言うつもりだったのだろうか?
野菊に渡そうとした小太刀は小夜の手からぽろりと落ちた。その力の弱さに、野菊は胸が苦しくなる
ようやく和解できた相手――友となりえただろう少女の危機に野菊はさけんだ。
「だめじゃ! 小夜――気をしかと持て!」
「の……ぎく……」
手を取り合う二人の少女――生と死が二人を分かつまで、あとわずかに思えたが……。
「……ほう。凶屍にかまれたか? これはこまったことじゃのう」
と、そこで顔を出した猿飛佐助がのんきに問うた。
死に瀕した小夜に対する、老忍びの軽い物言い――腹を立てた野菊は声を荒げ、食ってかかる。
「きさまッ! だれに追われたせいでこうなったと……」
「――いや、待て、野菊」
つかみかからんとした野菊の肩を正重がつかんで止めた。
「しかし、正重!」
「…………佐助どのの口ぶり――なにか手があるように聞こえる。なんといっても凶屍の元凶となったあの黄金どくろの下で働いていたのだ。薬など持っているやもしれぬ」
「あ……」
正重の言葉に野菊は、大きく口を開けた。
ふだん冷徹な美少女が見せたまぬけな表情――老忍びが楽しそうに笑いながらうなずく。
「ほう。さすが伊賀衆の当代頭領、なかなかの慧眼じゃて――」
「な……! では、まさか!?」
「さよう……万が一にそなえ、あの黄金どくろに薬をわたされておる」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
真田幸村配下の忍び――猿飛佐助が凶屍とならずにすむ薬を持っているという。
野菊は、思わぬ幸運に感謝するとともに佐助に問いただす。
「本当か?! その薬とやらで小夜が救えるのじゃな?!」
「うむ。あの黄金どくろ――我ら忍びは凶屍でないほうが手駒として都合がよいと考えたのじゃろう。恩着せがましく渡してきおったわ」
苦笑した佐助はちらりと小夜に視線を送り――それから野菊に問う。
「それよりも、あの風魔の娘――噛まれてから、どれほど経った?」
「ま……まだ、それほどは……」
「ふむ。ならば運がよかった。完全に凶屍となってしまっては救いようがないそうじゃ」
野菊の返答にうなずいた佐助は懐の紙包み――さらにそこから小指の先ほどの黒い丸薬を取り出し、竹の水筒まで差し出してやる。
「ほれ……こぼさぬようにな。ゆっくりと飲ませるのじゃぞ」
「ありがたい! 感謝いたすぞ! 佐助どの…………それに兄上」
正重は何度も頭を下げたあと、小夜を抱き起した。
紫色に変わり、震える唇に野菊がゆっくりと丸薬を押しこみ、竹筒に入った水で飲みこませる。
弱弱しいしぐさであったが、それでも小夜は丸薬を飲み下した。
それから、しばらくして――。
蒼白だった小夜の顏にも血の気がもどり、小刻みで不規則だった呼吸もゆるやかに落ち着いてきた。
あやうく凶屍となりかけた小夜だったが、どうやら危機は抜けたらしい。
戦友の命が救われたことに、野菊と正重はほっと胸をなでおろす。
「小夜……なんとか生きのびたようじゃな」
「ああ、よかった……なにはともあれ、よかった。」
そんな正重たちの姿に――、
「…………ふん。あいかわらず甘いことだ」
皮肉をつぶやいた才蔵であったが――その表情はどことなく満足そうにも思えた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それから半刻ほどして――、
佐助から渡された丸薬の効果は絶大であった。
日頃鍛えた忍びの体にくわえ、あわせて飲んだ気付け薬の効果もあって、小夜は生気を取りもどし会話ができるまでになった。
「……すまぬ……迷惑をかけたようだ」
「詫びなどいい。それより、今はとにかく体を休めろ」
と、小夜を休息させた正重たちに佐助が声をかける。
「……さて。風魔の娘もなんとか命をつないだようじゃし、本題にもどろうかのう?」
「おお。真田どのの下知を受け、佐助どのや兄上らが探っていた怪人『黄金どくろ』の素性と、凶屍という化け物についての情報――二つながらに教えていただこう」
「やれやれ。当代の半蔵どのは欲張りじゃのう」
――口早に言った正重に佐助は苦笑しつつ、調べた事情を語り出す。
「……まずは、あの『黄金どくろ』の正体じゃが――おそらくあやつは、かつて『果心居士』と名乗っておった妖術士じゃ」
あっさり告げられた真実――そして、思いがけない名前に野菊たちが声を上げた。
「……なんと!? 果心居士じゃと?!」
「かつて……かの大悪人・松永弾正をして、恐怖に怯えさせたというあの稀代の妖術使いか?!」
一方、佐助は声と表情に緊迫感をみなぎらせていう。
「そのとおり。わしも若き日にあやつを目にしてより、かなりの月日が経っておる。まだ生きていようとは思わなんだから、最初は半信半疑じゃった――しかし、どくろの面をかぶり姿形は変わっていても……あの殺気だけは忘れぬ!」
ここまでの飄々とした態度は消え、佐助の目には鋭い敵意の光が浮かんでいる。
老練の忍びが、あらわにした強い怒りに正重は――、
(……かつて果心居士との間になにかあったのだろうか?)
などと思ったが、不用意な詮索はためらわれた。
と、そこで――少し離れたところで沈黙していた才蔵が口をはさむ。
「おれも佐助どのの話を疑っておった。だが、話に聞く『果心居士』の妖術が南蛮渡来の技術だとすれば……色々と平仄が合う」
佐助と才蔵の意見を聞き、正重は深くうなずく。
「ふむ。屍を自在に使う秘法があるならば、不老長寿の法もあるやもしれぬし……」
「――おお、そのことよ。黄金どくろの正体はともかく、あの『凶屍』のほうは、なかなか調べが難しい」
「む、佐助どのと兄上でもか? それは残念。しかし……わかったことだけでもお聞かせ願いたいな」
――佐助の自信なさげな言葉にもめげず、正重が先を促す。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「凶屍にかまれれば――長くて数日で凶屍に変わる。そうなれば、理性は失われ、凶暴な怪物となってしまうのじゃ」
――佐助の語った凶屍の特徴は、およそ正重たちにも覚えのあることばかりであった。
「……武田家に仕えた陰陽師・版兵庫の書き記したこと、それに我らが体験してきたことと、そうは変わらんですな」
「うむ。とはいえ一つわかったこともある。『黄金どくろ』――果心居士めは、どうやら凶屍を操る秘法を知っているようじゃ。襲いかかってこぬばかりか、あやつの命令に凶屍たちは従順となる。ただ……その方法が、すぐそばにおっても見当がつかぬのじゃ」
真実を探りきれなかった無念で佐助は首を左右に振る。
そのしぐさに老練の忍びの矜持が透けて見えた。
「……ふ~む。やはり人外の化け物ですからな。調べが難しいのは当然か」
佐助の言葉に少々落胆した正重だったが、しかし、敵の首魁――黄金どくろの正体がわかっただけでも大収穫である。
となれば、調べるべきことは残り一つ――正重はそれを問う。
「……わかりもうした。では最後にこの隠し金山の規模――埋蔵量など教えていただけませぬかな?」
「おい、正重。今は同じ目的があるから手を組んでいるが――本来、敵方である徳川の配下にそのようなこと教えると思うか?」
「むう。二度手間は避けたいのだがな、兄上」
「……正重よ、お前は昔からそうだ。めんどうがって人に頼ろうとする」
都合の良すぎる正重の頼みを、さすがにたしなめる才蔵。
しかし佐助はからからと笑って才蔵をなだめる。
「まあ、よいではないか。才蔵よ。『あれ』を見れば半蔵どのは……いや、徳川どのでもたまげるぞい。ほれ、こっちじゃ」
――にやりと妖しい笑みを浮かべ、佐助は一行を洞穴の奥へいざなった。




