第8話
「それで、そのカーという乗り物は今どこにあるのですか?」
「ああ、この街の門の外に……うわやばぁ」
俺は自分のやらかしを認識して言葉を切る。あの乗り物は、〈神能〉も馬も必要ない代わりに、ガソリンがないと動かない。つまりは詰んだということだ。グレースに運んでもらうか? うわいやだ。怒られたくない。
俺は憂鬱な気持ちで昼時の空を見上げた。そう昼時。
だから、対話をすることになったマーガレットと、近くにあった飲食店で昼食を共にすると言うのは自然な流れだった。
三人の男たちには帰ってもらっている。その時に伝えたのは二つ。一つめは「〈神能者〉にもやさしくすること」、二つめは「神能者〉を暴力的に追い詰めるのはやめること」の二つだ。これで何かが変わるわけではないだろうが、やらないよりはましだと。綺麗な青空を見て思った。
飲食店の二階に設けられたテラス席。目の前のテーブルには、サンドイッチが並べられていた皿が置いてある。
「どうかなさいましたか?」
「いや、大丈夫です。こっちの話ですから」
俺は内心を押し殺した下手な笑みを浮かべた。きっと引き攣っているのだろう。
マーガレットが心配そうに見つめてくる。
今だけは俺のダメなところを知られる訳にはいかない。今だけは俺は頼りになる復生体なのだ。
「それで、レイシスさんの〈神能〉についてなのですが」
本題だ。お昼を食べ終えて、俺がどうやってこの街に来たのか話をした。
雑談は楽しかった。しかし、それがこの話し合いの主旨ではない。
「はい。先ほども言ったようにあたしは〈神能者〉です。発現したのは一年ほど前になります——」
曰く、マーガレットには弟が居たらしい。しかし、血の繋がった弟ではなく、同じ孤児院兼教会出身の小さい男の子だそうだ。彼女は、その男の子を文字通り弟として大切に育てていた。娼館で働き、貧しく大変だった日常も、安宿でその子が迎えてくれるだけで乗り切れたそうだ。
そんな日々の、寒い夜のこと、弟さんが体調を崩した。
安宿には暖炉はなく、また、例年類を見ない寒波の影響で薪の値段も非常に高騰していた。もちろん薬も、医者を頼るお金もなかった。
もともと体が弱かったその子のために、マーガレットは夜の雪の中、助けてくれる誰かを探した。せめて、温かい食べ物をと。
夜が明ける頃、やっとのことで冷たいパンを持って帰った安宿で、マーガレットは冷たくなった弟を抱きしめた。
その時に思ったそうだ。暖めてあげたいと。
あの寒い夜に、冷えたままのその幼い体を、弟を暖めてあげられる何かを欲した。
そうしてマーガレットは、炎を操る〈神能〉を発現した。
〈神能〉は強い想いによって発現する。まるで、神様がその想いに応えてくれるかのように。
この事実は、公にされていない。それは、あまりにも残酷すぎるからだ。
〈神能〉に目覚めることができなかった者にとってしてみれば、自らの想いが足りなかったのではないかと、己を責めるきっかけにつながる。同時に、〈神能〉を発現したものに対する妬みにも。
〈神能〉が願いそのものを叶えてくれるとは限らないのに。
ままならないなと、俺はひとり頷いた。
「ありがとうございます。話してくれて」
「……いいえ。人に話したのは初めてで、……心の整理ができた気がします」
そう言って一筋の涙を流すマーガレットのこれからの人生が、どうか幸福で彩られますように。
神様頼むよ。
俺は口にせずに頭の中で呟いた。
「話をしてくれたおかけで、レイシスさんがとても素敵な人だと知ることができました。素敵なお姉さんだったんだなって……」
マーガレットの藍色の目を見つめて、はっきりとそう告げる。
今の彼女にどこまで届くかはわからないが、賞賛は口にするべきだろう。実際、彼女は良い姉だったに違いない。
話を聞く限り、最善の行動を取れていたわけではないのだろう。しかし、その想いは紛れもなく本物だ。
それに、間違いなく行動できる人間など、俺は知らない。眠りにつく前のウィリアムでさえも、時折間違うことがあったのだから。
「ありがとう、ございます……」
マーガレットが口元を抑える。むせるような、掠れるような声の響きだ。
涙が再び彼女の頬を伝う。その涙の温度くらいなら俺にもわかった。
「急ですけど、これからの話をしてもいいですか?」
「これからの話、ですか?」
マーガレットが落ち着くのを待ってから、俺はそう切り出した。
「そうです。この町で、〈神能者〉である貴方が暮らすのは、少し……難しいと思います」
「はい」
神妙に頷くマーガレットに、俺は胸がずきりと傷んだ。
この事態の半分は、人目があるところで問い詰めた俺に責任がある。もう半分は、はっきりと〈神能者〉だと告げてきたマーガレットにあるのだが、その責任すらも俺の責任に付随するものだ。
だから全部俺のせいなのだ。自分で話し出した内容なのに、とたんに居心地が悪くなる。
でも、そうも言っていられない。
「この街から離れることになりますが、おすすめの働き口があります」
言いながら、俺は自らの懐をまさぐり、一つの封筒を取り出した。
それをマーガレットへと差し出して——できるだけ、優しく告げた。
「王城でメイドさんになりませんか?」
グレースと俺の周りのメイドさんたちには〈神能者〉も含まれている。
レイチェルさんもその一人だ。
無論全てのメイドさんがそうではないが、レイチェルさんの他にも、何人もの女性が、今のマーガレットのように、俺に勧誘される形でメイド業へと従事している。
「他にも似たような境遇の〈神能者〉たちが働いてくれています。居心地としてはここより良いかと思います」
差し出した封筒には紹介状が入っている。俺の意向を汲み取ったレイチェルさんが予めしたためてくれたものに、俺自身が血判を押したものだ。
「メイド……あたしが」
恐る恐ると、俺から封筒を受け取ったマーガレットが、まるで夢でも見ているみたいに、ぼうっと空を見上げた。
そうしてしばらく、何かを思い出しているかのように瞳は遠くを見つめていて、
「復生体さま、——あなたは、神様みたいな人ですね」
そう言って重ねてくれた瞳には、今日一番の笑顔があった。
「滅相もありません。悪魔だと言われたことの方がずっと多いですよ?」
「ふふっ」と俺の場にそぐわない冗談に、マーガレットは笑ってくれた。
「本当におかしな人ですね」
幼さが残る少女の笑顔が、そこにはあった。
——その十分後、俺は王城で目覚めることとなる。
王城の最上階、〈歴史あるウィリアム〉の元で、俺は復生した。




