第6話
「〈復生体〉さま。どうかされましたか?」
メイドさんに呼ばれて、俺は意識を戻す。
そこには長髪を編み込んで肩から垂らしたメイドさんがいる。
「あ、すみません。ちょっと意識が旅をしていて」
ついくだらないことを言ってしまったと後悔しつつ俺は愛想笑いを浮かべる。愛想笑いを浮かべたいのは相手の方だって? うるさいな。
「ふふ。おかしな人ですね」
メイドのレイチェルさんは口元に手を当てて笑ってくれた。よかった。ウケてる。この笑顔は本物だ。絶対に。
「それでなんの話でしたっけ?」
「そうでした。今日の予定の話です」
レイチェルさんが右手にもっていた書類をこちらに手渡してくる。
受け取ってちらりと目を通す。なるほど。
「王国内に〈神能〉が確認されました。〈復生体〉さまには急遽予定を変更していただき、そちらの対処に当たっていただきます」
レイチェルさんは優しい物腰のメイドさんだ。年齢は若く、まだ成人はしていない。
ちなみに王国の成人は十八歳だ。他国のほとんどが十五で成人なことを考えると随分と成人となるのが遅い。
その口調もなんだかふわふわとしていて、聞いていてとても心地がいい。
でもこの前、寝坊してグレースの授業に遅れそうになったのに、なぜだか焦る気持ちにならなかったことがある。〈神能〉並みのリラックスボイスだ。
「〈神能者〉の疑いがあるのは、王都の隣街の人ですね。ここなら今日中に終わるかも」
「お夕食はどうされますか?」
「もし戻れたら、残りものを温めてくれると助かります」
「残りものだなんて、おかしな人ですね。承知しました。お戻りになられたら、お夕食を準備させていただきますね。もちろん新しいものを」
その微笑みに、俺の心は、癒される。リベル、心の一句。ちゃんとできているかは知らない。遠い異国の文化だ。
「ありがとうございます。そうだ。お土産は何がいいですか? 他のメイドさんとグレースの分も買ってきます」
「あら、リクエストでしょうか?」
「そうです。レイチェルさんにはいつもお世話になっていますから。あ、他の人には内緒ですよ」
俺が口元に人差し指を当てると、釣られたのか、レイチェルさんも同じように「しー」と囁く。そして一人で静かに吹き出していた。
このようにとても愉快な人である。
レイチェルさんはしばらく「んー」と考えて、これだと言う様にこちらに笑顔を向けた。
「そうですね。それでは、お菓子をお願い致します。乙女心としては何か細工ものをお願いしたいところですが、他のメイドたちは甘いものを欲しているでしょう」
「わかりました。お菓子ですね。それと細工ものも何か見繕ってきます」
「あらまあ。ありがとうございます。ふふ、グレース様には内緒にさせていただきますね」
レイチェルさんがいたずらっ子のように笑った。
え、もしかして昨日のやりとり見てた?
「あ、そうだ。朝食はいりません。すぐに出発したいので」
「かしこまりました。そして——」
レイチェルさんは言葉の途中で深々と腰を折りこう言葉を続けた。
「王国始まって以来、長らくのご奉仕に感謝を申し上げます」
恭しく添えられたその言葉に、俺はいつもむず痒くなる。
王国の歴史は、〈復生体〉と初代国王ヴァシリオスが戦い、その結果である復生体の敗北から始まっている。
初代国王に負けた〈復生体〉は、そこから王国の創立や発展に従事した。その中でも重要視された役割は、〈神能〉への対処だ。国内外で目覚めた〈神能者〉を精査し、〈神能〉の情報を明らかにする。事によっては戦って、捕えるか始末しなくてはならない。危険な仕事だ。
〈復生体〉がそういった仕事をしていることは臣民も貴族もよく知っており、それらの仕事については普段よりも礼を尽くして送り出すことが、ルーンディア王国の習わしだ。
もちろん習わしというからには、送り出される俺たち〈復生体〉にも決まった返事の仕方がある。
今まで何百と繰り返してきたその言葉を、左胸へと右手を添えた敬礼と共に俺は紡いだ。
「その感謝は、是非ヴァシリオスに。この奉仕は、私たちに打ち勝った彼への報いですから」
俺が言葉を言い終わると、レイチェルさんはもう一度深々と頭を下げる。二拍置いて戻ってきた表情はいつも通りの柔らかい微笑みだった。
「この儀礼はいつも緊張してしまいますね。王国の歴史を背負っているようで」
少し恥ずかしそうに言うレイチェルさんに俺の口角が上がる。
「実は僕も少し緊張してます」
「ふふ。フォローがお上手ですね」
いや本当に緊張してるんだなーこれが。でも普通本当に緊張してるなんて思わないよね。だって何百回もやってるんだもんね。情けないね。
「あ、そうだ。レイチェルさんはプロポーズされたことありますか?」
「なんと!」
レイチェルさんが目を輝かせる。若干、俺は引いてしまった。
「恋バナですか!」
恋バナとは、恋のお話の若者言葉だ。って、今はそんなことどうでもよくて。
「いや、そう言うわけでは、レイチェルさんはされたことあるのかなって訊いてるだけですから、いや凄い食いつきですね!」
鼻息荒くこちらに近寄ってくるレイチェルさんにたじろいで後退る。
あ、いつの間にか壁際まで追い詰められてるし。
「違うのですか? えっと……わたしですか? されたことはありますが……」
えぇ、こんな急に冷静になれることあるんだ。
「そうですそうです。レイチェルさんがプロポーズされたことあるのかなって」
機を逃すまいと早口で答える俺と相反するように、穏やかな口調に戻ったレイチェルさんは視線を斜め上へと向けた。
「……んー、実家に居るときに、弟にしてもらったことがあります。まだ弟が小さい時でしたね。とってもかわいくて」
「なるほど」
「……あとは、ここで働くようになってからお貴族様に廊下で突然、とかならありますね」
「先そっち思い出してあげてください! 本気度が多分違うかと!」
おそらく一世一代のプロポーズだろうに。小さい時の弟さんの印象に負けるとかあるんだ。その貴族は誰だろう。慰めてあげなくては。
「それで、なんでそんなことをお聞きに?」
「それは……えっと……」
まずい。言い淀んでしまった。
恐る恐る脅威へと目を向ける。
「なるほど!」
恋バナ怪獣がこちらを嬉しそうな表情で見つめていた。
だめだ。食べられる。
「あのまた今度話しましょう! 是非!」
というかなるほどってなんだ。
「えー」
すごく残念そう。
「仕方ありませんね。それでは帰ってきたときに必ず」
目の前でレイチェルさんの小指が踊る。
差し出された小指を、力のない動作で自分の小指と絡める。
「はい、これで約束です」
イチェルさんの笑みが更に深くなった。
「出発前に、一応ウィリアムの所に行って記憶を保存しておきます」
レイチェルさんの様子も落ち着いたことで、仕切り直すように話を戻す。
どれだけ楽しく話していても危険な仕事をすることに変わりはない。けれども他の人に任せるわけにもいかない。
〈神能者〉との接触はそれだけの危うさがある。ウィリアムの力で復生能力を持つ俺たち以外の人々は、当たり前だが命が一つしかない。
命の価値に唯一無二という希少性を加算するのならば、きっと、俺の命の価値は他の人よりも軽いのだろう。
「もう一度言わせてください。長らくのご奉仕に、感謝を申し上げます」
それでも。
例えそうだったとしても。
目の前にいる人間が自分に価値を少しでも感じてくれているのなら、報われるものもあるのではないだろうか。
「ええ、頑張ってきます」
それだけを言い残して、俺は部屋を後にする。
そうしようと思ったのだが、「あの……」とレイチェルさんに呼び止められる。
「どうやって向かわれるのですか? まだ馬車の手配はしていないのですが?」
その目には俺の手元にある鍵が映っているようだ。
俺はその鍵を指先でくるりと回しながらドヤ顔で答えた。
「カーで」




