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死ねない彼らに天国はない  作者: 曇天海月
【第六章「現在」贈り物を君に】
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第1話

 ルーンディア王国の王都に暖かい季節がやってきた。

 つい先ほどまでは寒かったように感じるが、喉元過ぎれば熱さを忘れる、といった具合である。


 異国では春と表現すべき穏やかな気候での朝、俺は頭を抱えていた。


 ジェロンとの停戦合意から一ヶ月が経とうしていた。

 まだまだやるべきことは山積みで、グレースとの約束のデートには行けていない。長い休暇の申請も、一段落してからが良いだろうと後回しにしてしまっていた。


 その事をグレースが怒る様子はない。

 というか、このところ機嫌が良いように見られる。実際、一年続いた戦争がようやく終わったのだ。その気持ちはわかる。

 いや、素直になろう。

 

 俺とグレースは恋仲になったのだ。

 それで、多分、グレースがご機嫌なのはそれが原因だ。だったら良いな。


 そんな新しい関係性に心晴れ晴れの穏やかな日に、なぜ俺が頭を抱えているのかいうと……。


 目の前の彼女が原因だ。

 いやいや、原因と言うと、まるで彼女が悪いみたいではないか。


 決してそんなことはないのだ。

 

 俺は、彼女の——レイチェルさんのご尊顔を覗き見る。


「どうかしましたか?」


 何も気にしていないというふうな表情に俺は安心——しかけて、またいやいやと頭を振った。

 

「なんでもないです……」


 つい先ほどまでは楽しく会話をしていたのだ。

 でも些細な話題がきっかけとなり、俺はあることを思い出したのである。


 戦争が始まる一年も前に、レイチェルさんに贈り物を渡す約束をしていたこと。

 そして、その約束を今まですっかり忘れていたという事実が、俺が頭を抱えた原因だった。


 しかも、レイチェルさんは生物の心が読める〈神能者(しんのうしゃ)〉である。

 この一ヶ月間、その〈神能(スキル)〉を使用されたことはおそらくない。——心を読まれれば相手がわかる〈神能(スキル)〉だからだ。


 何故心を読まないのか。

 目の前に約束を忘れたことが明確な大馬鹿者がいるというのに。

 

 まさか。

 心理戦か。

 冗談言うな。

 心が読める〈神能者〉相手に心理戦なんて。〈復生体〉として七百年の実績がある俺でも分が悪い。というか、〈神能(スキル)〉関係なく、レイチェルさんに勝てる気がしない。

 なんかあっという間にやり込められそう。


「レイチェルさんって——いや、なんでもないです」


 何か欲しいものはあるのか訊ねようとした口を無理やり引き結ぶ。

 確か、前に聞いた気がする。

 その時、レイチェルさんはなんと答えてくれたのだろう。

 

 はい。覚えていないです。


 いっそのこと、俺の心を読んでくれないだろうか。

 あらいざらいぶちまけて楽になりたい。

 胸が苦しくなってきた。


 実際、俺が許可を出せばレイチェルさんの心と俺の心のパスが繋がる。

 そうしようかと本気で悩んで、数秒。


「少し、グレースのところへ行ってきます」

 

 それが俺の出した妙案だった。

 さほど優秀ではない脳をフル回転させた結果がこれだ。


 先の戦争中、レイチェルさんには大変な苦労をかけた。

 だったら少しでも喜んでもらいたい。

 それならば本人に欲しい物を訊き直すのは違うだろう。


「そうですか。グレース様もお喜びになります」

「ええ」


 颯爽と椅子から立ち上がり、俺は扉へと向かう。

 この後ろ姿はまさに、旅立つ勇者そのもの。

 だと良いなと思いながら、俺はグレースの部屋へと突撃した。


 この時間であれば、グレースは隣の彼女の部屋にいるだろう。

 ちなみに思い出したきっかけは、グレースと正式に恋仲になって一ヶ月になるから、何か贈り物をした方がいいのではないかとレイチェルさんに言われたことである。


 ついでにそちらのリサーチもすればいい。

 一石二鳥である。

 

 少しだけ、自分のことが嫌いになりそうです。



******



 「どうしたの?」

 「大切な話があるんだ」


 グレースの胡乱な目線を正面から見つめる。

 少しだけ顔が赤い気がする。急に入ってきて驚いてしまったのだろうか。

 違うか。見つめている途中から赤くなっていたから。

  

 そんな些事はどうでもいいとして、早速本題に入ろう。

 俺はグレースの手を取った。

 すべすべしてる。少しひんやり冷たい。


 多少グレースの肩が跳ねたが、特別嫌がられるようなことはない。

 俺はそれを確認して、ゆっくりと言葉を紡いだ。

 隣の部屋にいるレイチェルさんに聞かれるとまずいから、声量は落としておくことにする。


「(レイチェルさんに)贈り物をしたいなって……」

「……そうなんだ。あ、ありがとう」


 なんでありがとうなのだろうか。

 今はレイチェルさんの贈り物の話をしているというのに。

 

「わかってくれて嬉しいよ。いい加減渡さないとなって、さっき思い出したんだ」

「いいかげん……? まだ一ヶ月は先だよ?」

「うん?」


 はてと頭を傾げる。

 同じようにグレースも頭を傾けていた。


「……あ、違った。ちょっと待って」


 危ない。

 間違えるところだった。

 しかし、ここからグレースにはっきりと議題を提示するのもよろしくはない。

 

 自分が勘違いをしていたと気づかれてしまったら少々面倒くさいのだ。


「待つけど」

「いや、大丈夫。その……レイチェルさんから、最近の恋人同士は、一ヶ月記念に贈り物を渡すルール、というかマナーがあるって聞いたんだけど」

「そうね。確かにそう。間違いない」

「よかった。それでグレースが欲しい物をあげたいんだけど、何がいいかな?」


 耐えた。

 うまい具合に話が繋がった。


「欲しいものかー。 ちなみに、最初はなんの話だったの? 多分話の主旨変わったよね?」

「いいや、勘違いだよ。最初からグレースの贈り物の話さ」

「それなら良いけど。欲しいものか……うーん」

 

 グレースが自らの薄い唇に人差し指を当てた。

 これはどうでも良いことを考えている際のグレースの癖だ。


「なんでもいいよ」


 俺はそう付け加えた。

 機会があればいくらでもあげたい。それこそ多少高価なものでも。


 俺自身に貯蓄や小遣いなるものがあるわけではない。

 しかし、〈神能者〉絡みの任務などで予算が与えられている。

 それをちょこちょこっとやりくりすれば、贈り物を用意するくらいわけないのである。


 それが果たして良き行いであるのかは一旦脇に置いておくとして。


「そうだなぁ〜」


 溜める、溜めるねグレースさん。

 たっぷり数十秒使って考えた後、ようやくグレースが己の口元から指を離した。


「まだ一週間あるから、その日までに考えておいてよ。わたしも考えておくからさ」


 俺は頭を抱えた。


 理由は思いつく自信がなかったからだ。


 知り合いの女性にあげる贈り物とは訳が違う。

 恋人に送る贈り物の、今の基準となる物がわからない。


 認めたくないが、おそらく俺の価値観は少々というか、かなり古いもののはずだ。

 ()を生きる乙女たるグレースが受け取って嬉しいものか自信がない。


 それにグレースの表情を見ればわかる。

 面白がっている。

 

 きっと俺の少しズレた贈り物を笑ってやろうと考えているのだろう。

 先ほど口元に指を当てている際も怪しげな含み笑いをしていた。


 悪女かもしれない。

 

「あ、そうだ。レイチェルには何をあげたの?」

「うん?」

「戦争が始まる前に、贈り物をあげる話をしてたでしょ? もう戦争が終わって結構経つし、何をあげたのかなって」


 俺は頭を抱えた。

 理由は……もう話さなくてもいいだろう。

 俺はたっぷりと時間を使って、俯きながら口を開いた。


「えっとね、まだ渡せていないんだ」

「え……まだ? あの話って一年も前だよ?」


 あまり強い言葉(正論)を使わないでくれ。

 この一言を白状するのに精神が擦り切れそうになったのだから。


「左様でございます」

「リベルあの時、死んでも約束を守れるのでとか、なんか格好良いこといってたのに?」

「ひゅぅ……」

 

 思い出した。

 なんか決め台詞みたいなのを言った気がする。

 うまく息が吸えなくて、思わず変な声を出してしまった。


「ははは……」


 耐えきれなくて誤魔化し混じりの空笑い。

 なお、長く続け過ぎると空気が死んでいくので適度な長さで止めるのがコツだ。


「らしくないよ。そういうのはちゃんとしないと」

「だよね……すっかり忘れてて」


 お叱りもごもっとも。


「わたしの方はまだ時間あるからさ、先にレイチェルに贈り物を渡しなよ」

「うん。そうだね。そうするよ」

「それなら善は急げ。レイチェルに欲しい物を訊いてきたら?」


 それができたらどんなに楽か。


「……そうだね。行ってくるよ」


 俺はとぼとぼと部屋の扉へと歩く。

 情けない背中をしていることだろう。


「楽しみにしてるからね」


 グレースの弾むような声に俺は振り返る。

 何を言っているのかはすぐにわかった。

 

 弾むような声と笑顔に、ほんの少しの照れがある不思議な表情。


「うん。そのまま楽しみしておいて。喜ばせてみせるからさ」


 ああ。勢いに任せてハードルをあげてしまった。

 己が超えられるどうかの高い山を求める精神性である。

 さすがリベル・ダ・ヴェント。限界知らずである。


 顔が引き攣らなかったかだけを祈るのみ。


 調子の良いセリフを残して俺はグレースの部屋を後にした。


 何も肩の荷が降りていないのに溜め息を吐こうとしたその時。


「あ、〈復生体〉さま、先ほどぶりですね。贈り物の話はどうでしたか?」

「レイチェルさん……」


 正直、今一番会いたくない相手が廊下にいた。


「ひ、秘密です」


 なんだよ秘密って。

 意味わからないだろ。

 墓穴を掘るなよ。


「ふふ。秘密、ですか。良い贈り物を渡せるといいですね」


 グレースへの贈り物の話をしていますよね?

 本当は全て見透かしているのではないですよね?


「で、ですねぇ。それじゃあ行くところがあるので」


 俺は挙動不審な態度でそそくさとその場を退散することにした。

 必ずやこの窮地を脱し任務を遂行する。——グレースとレイチェルさん、二人の笑顔の為に。

 

 決して簡単ではないが、〈復生体〉の一人であるこの俺に乗り越えれられない壁ではない。

 そうして意気揚々と向かう先は、メイドさんたちの休憩室である。


 あまり良い考えが思い浮かばないから、メイドさんたちに相談に乗ってもらおうという小賢しさ全開の寸法である。

 

 情けないと笑うなかれ。

 〈復生体〉の恐ろしさとは手段を選ばないところにあるのだ。

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