第4話
王宮の一室。侍女の作業部屋にて。
レイチェルは縫製を止めて顔を上げた。
「やっとです!」
「レイチェルさん? どうかしましたか?」
側で同じように軍服を縫っていたマーガレットが怪訝な様子でこちらを見た。
マーガレットの顔は少しやつれていた。
この一年、彼女には苦労ばかりかけている。日々、服を縫っては、たまに〈神能者〉だからと心無い言葉を浴びせられる。〈復生体〉がいた頃には無かった、陰鬱とした日々。
それでも、レイチェルは全く同じサイズの服を縫う度に、リベルのことを思い出しては自分を勇気付けていた。マーガレットもそのはずだ。
前に聞いたことがある、マーガレットにとって〈復生体〉がどのような存在なのかを。
レイチェルも似たようなもので、〈復生体〉はまさに光だった。
光を失ったとしても、その光の暖かさを忘れることなど、レイチェルにもマーガレットにもできなかった。
「許可が出ました!」
「許可? 何を言ってるんですか?」
「〈神能〉の許可です!」
「はい? あ!」
子供のようにはしゃぐ年下の先輩に、マーガレットが今一度首を傾げ——藍色の瞳を限界まで見開いた。
レイチェルは生物の心を読むことができる〈神能〉で、この一年間、ただ一人の人間の心を読もうと申請を出し続けていた。
一年待った、この時が来るのを。
いつからか、大事な用事でなくても、声だけでも聞くことができたら良いとさえ思っていた。
「〈復生体〉さまはなんと⁉︎」
「——待ってください。まだお話し中です」
感情が爆発しそうなマーガレットの両肩に手を置いて座り直させる。
「ふむふむ。えっ、そんな! 大丈夫ですか⁉︎」
「何があったのです⁉︎」
「……なるほど。わかりました。いえ、ご心配なさらず、ここにはマーガレットさんが居ます。十分可能です。大丈夫です。必ずやり遂げます。罪の方も大丈夫です。それは後から考えますから!」
「え、あたし⁉︎ それに罪って、どんな話をしてるんですか⁉︎ あと肩を揉むのをやめてください!」
「お任せください。必ず送り届けさせていただきます」
「だから何を話してるんですか⁉︎ むっ!」
レイチェルはマーガレットの両頬を手で包みこんだ。力加減で言うと、挟み込んだの方が近いかもしれない。
マーガレットの整った顔が縦に潰れている。
「いっはい、ろうしたんでふ?」
困惑しているマーガレットに向けて、レイチェルは己の意思を伝えた。
「クーデターを起こします!」
「急に何を言い出すんですか⁉︎」
驚愕してマーガレットが目を見開く。
「いいですか、マーガレットさん」
レイチェルは聞き分けのない子供に物事を教えるような態度で指を振った。
「子供扱いされてる⁉︎」
「これは必要なことなのです」
「意味がわかりません!」
「説明します。現在〈復生体〉さまは重症で、もう少しでお命が危ないとのことです」
「そんな……」
「このままでは記憶を失ってしまいます。ですので〈歴史あるウィリアム〉を届けて欲しいとのご要望です」
「〈歴史あるウィリアム〉を⁉︎」
マーガレットの肩が大きく弾んだ。
「そうです。王城の最上階にいる御仁を、〈復生体〉さまの下へ送り届けるのです。現在、グレース様が〈復生体〉さまを連れてこちらに向かってきています」
「運び出すと言っても……どうするのですか? レイチェルさんが言った通り、〈歴史あるウィリアム〉は王城の最上階にあるんですよ?」
心配そうなマーガレットの頬をもう一度むぎゅっとする。
「大丈夫です」
その一言は、もしかしたら自分に向けて言ったのかもしれない。それでもレイチェルは自信たっぷりにそう言った。
懸念点はある。マーガレットには言わなかったが、〈歴史あるウィリアム〉を、強力な〈復生体〉が狙っているという話は非常に重要な問題だ。その理由もわからない。
でも、それでも。
「わたしたちは、グレースさまと〈復生体〉さまのメイドなんですから!」
同時に〈神能〉を発動する。呼びかけるのは、他のメイドたち。
近くにいてくれと念じると、答える声は三つ。
『ちょっと、急に心を読まないでよ!』
『お。どうしたんすか?』
『あ〜! お皿割ってしまいました!』
上々だ。レイチェルは胸を撫で下ろした。
『近くにいてよかったです。皆さん、メイドとして、ちょっとご奉仕しませんか?』
『『『…………』』』
軽い言い方だったが、自分が〈神能〉を使って連絡を取ったことは、今まで一度だってない。この状況こそが非常事態であることの証明だ。
『ただ事じゃなそうね……』
『まぁ、なんでもするっすよ〜』
『その前にお皿を片付けないと……』
その事を瞬時に理解した三人の〈神能者〉が、それぞれの言い方で頷いてくれた。
「あとは、マーガレットさん。あなたに大役があります。王族の方を一人、説得してください。わたしたちには、どの道〈歴史あるウィリアム〉を運び出して〈復生体〉さまの下へお届けする足がありません。今王城にいる、王族のどなたかに、協力してもらわなければなりません」
「それは……いえ! わかりました!」
不安そうな顔も一瞬だけ。マーガレットは勢いよく首を縦に振ると、走ってその場を後にする。レイチェルはそんな後ろ姿を見送ってから、自分もと立ち上がった。
体力がないから、王城の最上階まで大変だ。
「そうだ。服も必要かも」
縫い終わったばかりの衣類一式を引っ掴んで、レイチェルは駆け出した。
両肩に乗る使命感に突き動かされている。それと、溢れ出しそうな高揚感にも。
******
マーガレットは王城のある部屋の立ち止まると、深呼吸をしてから、ノックをした。
「少し、お時間をいただけないでしょうか?」
「入れ」
簡素な返事だ。扉を開けて中へと入る。
そこにいたのは、鋼色の髪を撫でつけた、不遜な態度の男だった。
リカードが、執務中の手を止めてマーガレットを睨んだ。
「貴様は……なんと言ったか?」
「マーガレット・レイシスと申します。一年前に一度、ご挨拶をさせていただいております」
あの会議での邂逅を挨拶というのは、いささか強引かもしれない。
「ああ、そうだ。〈復生体〉殿の侍女だったか。どうかしたのか?」
こちらを試すような目に、マーガレットは萎縮する。
「リカード殿下。不躾ながら、少しお願いしたいことがございます」
王族に頼み事など生きた心地がしない。けど、やらないと。あの人のために。
「王城の最上階にある〈歴史あるウィリアム〉を、運び出してほしいのです!」
「断る」
冷たい一言がマーガレットの耳朶を打つ。
「——と言いたいところだが、その前に、二つ聴く」
「……はい」
「それは王国に対する謀反か?」
「断じて違います!」
「それは、〈復生体〉殿に頼まれたのか?」
「はい……」
「そうか」
リカードが立ち上がり、椅子に掛けてあったコートを掴んだ。そのまま歩くと、上品な動作で窓を開ける。
「いくぞ、こちらの方が近い」
「え? 良いのですか?」
「重要なことは先ほど訊いただろう? それに一年前のあの議会の場で、噛み付かれたのを覚えていただけさ」
あの時マーガレットは、リカードに反駁した。大切な存在を否定されたから。
そのことはずっと気がかりだったが。今、意味を持ったのだと自覚する。
ずっと余計なことをしたと思っていた。
「〈復生体〉殿は素晴らしいお方だ。そのまま崇拝することだな」
「ふふ。リカード殿下は〈復生体〉さまを気に入っておられるのですね」
自分よりもずっと年上の王族に親近感が湧いてしまって、マーガレットは微笑んだ。
リカードの表情が固まる。マーガレットを見据えて、その眉間を深くした。
「何を言っているんだ? 王国の男子として生まれて、〈復生体〉殿に憧れない者など、存在しない」
えー。
ふとそこで、執務室にある本棚が目に入った。背表紙のほどんとが、〈復生体〉に関する書籍だ。フィクションからノンフィクションまで、絵本から児童書、歴史書まで、幅広く陳列されている。
これは……結構重症かもしれない。
マーガレットは肩透かしを食らった気分で、窓の方へと駆け寄った。




