第3話
〈復生体〉になってからの人生について、ふと考える時がある。
ヴェント村が、ある〈神能者〉に滅ぼされてからの自分の生き方は、とても身勝手なものだった。
おかしくなりそうな心の痛みだけではなく、漠然とこのままではいけないと思っていた。
そう思ったから、俺は〈神能者〉の選定を行った。自分の価値観に照らし合わせ、世界にとって害ありと見做したものは、どんなに善人でも、どんなに強力な〈神能〉を持っていようとも、必ず殺した。
そのおかげで今の連邦があると言われて、悪い気はしない。
悪い気はしないが、本当にそれでよかったのかと、頭を捻ってしまうのもまた事実だ。
俺のことはいい。
問題はウィリアムだ。
ウィリアムはこんな俺をずっと助けてくれていた。
七百年間の長い年月、悩むことができていたこと、それこそがその証拠だ。
〈復生体〉もいずれは終わる、ウィリアムの目覚めと共に。
その予感が、俺自身の願望のみで形作られたものなのか、そうではないのかは、今の俺自身、言葉にできない。
ただいつかは目覚めて欲しいと、目の前の景色を見て思った。
目覚めた時にウィリアムは驚くだろうか。その時の表情を見ることができないことが今は惜しい。
記憶を失う当日。
マクシミリアンと公園に来ていた。老いた〈復生体〉と最初に会った際の公園だった。
「楽しかった」
ベンチに座って、何を言うべきか迷って、俺はそう口にした。
うん。楽しかった。
「そうかい? それならよかったよ」
マクシミリアンの口数が少ない。いつもはおしゃべりなのに。
それをとても残念に思った。
「記憶を失うということは、自己の喪失を意味する」
「そうだね」
辛そうに語り始めるのを横目に、内心、満足する思いだった。
おしゃべりがしたい。この午前中の澄んだ空気の中、子供たちが遊ぶ声を聞きながら。
そうか。今日は休日か。
「もし、君が死んで、〈歴史あるウィリアム〉が復生するとしても、今の君の記憶は、永遠にこの世から消えてしまう」
「そうだね……と言いたいところだけど、それは少し違うよ」
初対面だった頃より、自分の口調が柔らかいものになっていることを自覚した。
「マックス。君が覚えている。君が死ぬまでの間でも、もし仮に長い人生の中で、忘れられたとしても、俺との思い出が君の中にあるのなら、俺はそれで満足だよ」
「そうかい。そうかな」
「思い出なんて、きっと些細なものだ。君と過ごした一ヶ月だって、小説なら見開き一ページにも満たない些細なもの。でも俺にとってはその思い出があったというだけで、心が満たされる。例え永遠ではなかったとしても」
「……ああ。そうだね」
「だから、泣くな」
「……すまない」
「男の子だろ?」
「前時代的だね。それに、男の子という歳でもないよ」
「まあ、そうかもな」
俺たちはそう言って笑い合った。
俺は今日、長い人生に終止符を打つ。
これが、これまでの一ヶ月。
これが、俺の幸福の日々。
思い浮かべて少しニヤけてしまうほどには、充実した日々だった。
頭上には巨大な球体が据え付けられている。そこから伸びたケーブルの先に、ヘルメットのようなものが取り付けられていた。
この巨大な装置が、俺の記憶を消去するらしい。
球体の真下にある椅子に座っていた俺は、そのヘルメットを被った。
視界が遮られる。視界の下に、マクシミリアンの足元が見えた。
「マックス、元気で。 最後に君と一緒に過ごせて、とても良い気分だったよ」
「こちらこそ。君の最後を、共に過ごすことができて本当に良かった」
電子音、重たい何かが回る音。重低音。
ああ、もう。
惜しいな。
これから俺は記憶を失う。
その範囲は、今から、ヴェント村が崩壊した日の直後までだ。
人生で一番、全てが憎かったあの頃に。
人生で一番強かったあの頃に。
〈弱者の盾〉の解放条件は、愛されていることを自覚すること、そして、その愛する人を護りたいと強く願うこと。
俺はあの時、妻に死ぬほど愛されていた。
あつあつだった。
それを俺は護れなかった。あの夕日のような赤い髪を思い出さなかった日は、ついぞ来なかった。
あと少しで、俺はあの日に戻る。
それはとても辛いことだ。記憶を失う俺ではなくて、あの日の俺が、とても辛い思いをすることになる。
目が覚めたらここに座っていて、七百年も時間が経っているのだから。
あの日の俺は、死にもの狂いでウィリアムを探すだろう。
ウィリアムなら、何とかしてくれると思っていたから。
これからあの日の俺と戦う誰か。
叶うなら、抱きしめてやって欲しい。
きっとそいつは可哀想な奴だから。
そこで思いついた。
もしかしたら、あの老いた〈復生体〉の狙いは、あの時の自分自身を救うことにあるんじゃないだろうか。少なくとも、目的の一つがそれなのではないか。
俺は笑った。
馬鹿げた考えだ。
でも、そうだと良いなと思った。
そこまで考えて。
一際大きな重低音がした気がした——。




