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死ねない彼らに天国はない  作者: 曇天海月
【第四章「現在」ある復生体の話】
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第3話

 〈復生体〉になってからの人生について、ふと考える時がある。


 ヴェント村が、ある〈神能者〉に滅ぼされてからの自分の生き方は、とても身勝手なものだった。

 おかしくなりそうな心の痛みだけではなく、漠然とこのままではいけないと思っていた。

 そう思ったから、俺は〈神能者〉の選定を行った。自分の価値観に照らし合わせ、世界にとって害ありと見做したものは、どんなに善人でも、どんなに強力な〈神能(スキル)〉を持っていようとも、必ず殺した。

 そのおかげで今の連邦があると言われて、悪い気はしない。

 悪い気はしないが、本当にそれでよかったのかと、頭を捻ってしまうのもまた事実だ。

 

 俺のことはいい。

 問題はウィリアムだ。

 ウィリアムはこんな俺をずっと助けてくれていた。

 七百年間の長い年月、悩むことができていたこと、それこそがその証拠だ。

 〈復生体〉もいずれは終わる、ウィリアムの目覚めと共に。

 

 その予感が、俺自身の願望のみで形作られたものなのか、そうではないのかは、今の俺自身、言葉にできない。

 ただいつかは目覚めて欲しいと、目の前の景色を見て思った。


 目覚めた時にウィリアムは驚くだろうか。その時の表情を見ることができないことが今は惜しい。

 

 記憶を失う当日。

 マクシミリアンと公園に来ていた。老いた〈復生体〉と最初に会った際の公園だった。


「楽しかった」


 ベンチに座って、何を言うべきか迷って、俺はそう口にした。

 うん。楽しかった。


「そうかい? それならよかったよ」


 マクシミリアンの口数が少ない。いつもはおしゃべりなのに。

 それをとても残念に思った。


「記憶を失うということは、自己の喪失を意味する」

「そうだね」


 辛そうに語り始めるのを横目に、内心、満足する思いだった。

 おしゃべりがしたい。この午前中の澄んだ空気の中、子供たちが遊ぶ声を聞きながら。

 そうか。今日は休日か。


「もし、君が死んで、〈歴史あるウィリアム〉が復生するとしても、今の君の記憶は、永遠にこの世から消えてしまう」

「そうだね……と言いたいところだけど、それは少し違うよ」


 初対面だった頃より、自分の口調が柔らかいものになっていることを自覚した。


「マックス。君が覚えている。君が死ぬまでの間でも、もし仮に長い人生の中で、忘れられたとしても、俺との思い出が君の中にあるのなら、俺はそれで満足だよ」

「そうかい。そうかな」

「思い出なんて、きっと些細なものだ。君と過ごした一ヶ月だって、小説なら見開き一ページにも満たない些細なもの。でも俺にとってはその思い出があったというだけで、心が満たされる。例え永遠ではなかったとしても」

「……ああ。そうだね」

「だから、泣くな」

「……すまない」

「男の子だろ?」

「前時代的だね。それに、男の子という歳でもないよ」

「まあ、そうかもな」


 俺たちはそう言って笑い合った。

 俺は今日、長い人生に終止符を打つ。



 これが、これまでの一ヶ月。

 これが、俺の幸福の日々。

 思い浮かべて少しニヤけてしまうほどには、充実した日々だった。

 頭上には巨大な球体が据え付けられている。そこから伸びたケーブルの先に、ヘルメットのようなものが取り付けられていた。


 この巨大な装置が、俺の記憶を消去するらしい。

 球体の真下にある椅子に座っていた俺は、そのヘルメットを被った。

 視界が遮られる。視界の下に、マクシミリアンの足元が見えた。


「マックス、元気で。 最後に君と一緒に過ごせて、とても良い気分だったよ」

「こちらこそ。君の最後を、共に過ごすことができて本当に良かった」


 電子音、重たい何かが回る音。重低音。

 ああ、もう。

 惜しいな。


 これから俺は記憶を失う。

 その範囲は、今から、ヴェント村が崩壊した日の直後までだ。

 人生で一番、全てが憎かったあの頃に。

 人生で一番強かったあの頃に。


 〈弱者の盾(インフィルムス)〉の解放条件は、愛されていることを自覚すること、そして、その愛する人を護りたいと強く願うこと。


 俺はあの時、妻に死ぬほど愛されていた。

 あつあつだった。


 それを俺は護れなかった。あの夕日のような赤い髪を思い出さなかった日は、ついぞ来なかった。


 あと少しで、俺はあの日に戻る。

 それはとても辛いことだ。記憶を失う俺ではなくて、あの日の俺が、とても辛い思いをすることになる。


 目が覚めたらここに座っていて、七百年も時間が経っているのだから。

 あの日の俺は、死にもの狂いでウィリアムを探すだろう。

 ウィリアムなら、何とかしてくれると思っていたから。


 これからあの日の俺と戦う誰か。

 叶うなら、抱きしめてやって欲しい。

 きっとそいつは可哀想な奴だから。


 そこで思いついた。

 もしかしたら、あの老いた〈復生体〉の狙いは、あの時の自分自身を救うことにあるんじゃないだろうか。少なくとも、目的の一つがそれなのではないか。


 俺は笑った。


 馬鹿げた考えだ。

 でも、そうだと良いなと思った。

 そこまで考えて。


 一際大きな重低音がした気がした——。

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