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死ねない彼らに天国はない  作者: 曇天海月
【第四章「現在」ある復生体の話】
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第1話

 自分が目を覚ましたことに気が付いたのは、白い天井が見えたから。

 ぼやける頭の中で、これまでのことを思い出してみる。

 数百年の日課だ。自分の記憶の繋がりを確認する。

 たしか、戦争が始まった。そして、くじ引きで戦場へ行った。


 一年前だ。


 ここまでは、思い出せる。

 自分は〈復生体〉の中でも特に悪運が強い方らしい。

 一年間で死んだのは最初の一回だけ、それ以降は死なずに済んでいる。

 肉体年齢は二十一歳だ。


 そう、たしか直前の記憶は、雪の塹壕の中だった。目の前で何かが弾けて——。

 それで、どうなった?


 体が痛む。

 手は、動かせる。それならと、自分の体を弄ると布の感触がした。

 重い頭を動かしてみると、なるほど。病衣を着ている。

 辺りを見渡す。

 白い部屋。

 ここは王城の最上階ではない。当然、ウィリアムもそばにいない。

 つまり、死んではいないらしい。


『ようやくお目覚めかな?』


「んあ?」


 間抜けな声が聞こえた。いや、俺の声か。もっと渋く言ったつもりだったのに。寝ぼけていることを想定していなかった。


『目が覚めてよかった。いや、心配だったんだ』


 男の声だ。声の様子から、俺の肉体年齢よりも年上だろうか。

 頭を動かして、声の発生源を探す。が、肝心の人間が見当たらない。

 この白い部屋にいるのは、俺だけだ。


『想定より目が覚めるのが遅かったから』

「どこから話してるんだ?」

『あーごめんごめん。上だよ上』


 視界を上にやると、黒くて四角い物体が部屋の角にぶら下がっていた。


『そうそう。そこから話しているんだ』


 たしかに、声はこの黒い箱から聞こえている。

 そしてどうやら、俺の行動は相手に筒抜けらしい。


「訳わからないもので話しかけてくる、訳わかんない奴か……」

『あはは。それで、君の状況なんだけど——』

「いや、当てるよ」


 いやにフレンドリーな声を遮って、俺は最悪な予想を口にした。


「ジェロン連邦に拉致された、で合ってるかな?」


 見たことない声を発する黒い箱に、つながらない記憶。

 それが、俺の出したひとまずの結論だった。


『……正解だよ。さすがの状況判断能力だね。〈リベル〉様」


 男の満足そうな笑い声が、部屋に響いた。

 やはりか。しかしだ。意図が掴めない。


「顔も見せてくれないのか? 寂しいな」

『それもそうだね』

『——!』

『でもだよ? 礼を尽くさないと。これは我が国々の在り方を伝える良い機会でもある」

『——! ——!」』


 別の声だ。言い争いをしている? 上手く聞き取れない。危険だとか、様子を見るべきだとか言っている気がするが。


『ああ、もう。うるさいな』


 部屋の扉からガチャリと音がした。重い金属が動く音がする。随分と分厚い扉だ。

 部屋に入ってきたのは、壮年の男だった。

 白髪混じりの髪を短く切りそろえて、顔に笑顔で皺を刻みつけている。

 笑窪が似合う、そんな男だ。


「やあ、初めまして……になるのかな? 少なくとも君とはそうだ。うん、それが良いね。お初にお目にかかります、〈リベル〉様。僕の名前はマクシミリアン——ジェロン共和制連邦の、大統領をやらせてもらっている」


 大統領。たしか、ジェロン連邦のトップの呼び名だ。

 不可思議な状況に、眉を動かしたくなるのを控えて俺は名乗る。


「初めまして。リベルだ。ヴェント村出身だということ以外、取り立てて名乗れるものはないが、よろしく」

「よろしく」


 にこやかな笑顔のまま、手を差し出された。

 握手だ。

 俺はその手を取った。


「随分と無防備じゃないか。良いのか、護衛も付けずに入ってきて」

「そちらも随分と友好的だね。嬉しい限りだ」

「状況が状況だ。今更暴れても意味はないさ」


 男が目を丸くした。注意して観察していなければ一瞬で、すぐに柔らかいものへと戻る。


「流石だね。それでこそ、と言えば良いのか、期待を裏切らない、と言えば良いのか。背筋が伸びる思いだよ」


「大統領にそこまで言ってもらえるなんて、恐れ多いな」


 苦笑すると、マクシミリアンも笑った。あちらの方は本当に愉快そうだ。

 温度差がある。


「それで、マクシミリアン。君が本当に大統領だということが前提で、この状況の説明をしてもらっても?」

「それは君を救い出した理由のことを訊いているのかい?」


 不思議だ。婉曲された問い返し。それに——。


「救い出す?」

「そうだね。押し付けがましいようだけれど。連邦としては君を拉致したとは認識していない。ここまではいいかな?」


 その瞳には一点の曇りもない。おかしなことを言っている自覚は無いようだ。


「まあいいよ」

「ありがとう。君を救い出した理由は、そうだな。まず一つは、連邦が掲げる〈復生体〉の救済という理念故だね」

「救済ね。その必要があるとは思えないけど」

「本当にそうかな? 歴史上、どこからどう見ても、〈神能者〉の行いは目に余るものがあった。七百年前、それらに対して否を突きつけた君の行いは、今の世においても重要な意味を持つ。あろうことか王国は、そんな君たちに対して五百年もの間搾取を続けている。それが正しい行いだと、僕は思えないし、思いたくもない」


 マクシミリアンの瞳を覗き見る。柔和な表情を崩しているわけではない。口調すらも穏やかだ。ただ、覇気がある。不思議な説得力も。

 なるほど。たしかにこいつは大統領なのだ。


「続けてくれ」

「ありがとう。そして二つめ。これは大統領としての理由だけど。旗印にする為だ。知っての通り、連邦は卓越した科学技術を要する。しかしだ。理解することは、憧れから遠ざかることを意味する。そしてその憧れは、前に進み続ける為の原動力だ。進む度に、それを失っているのがジェロンの現状なんだよ。悲しいことにね」

「それが俺とどんな関係が?」


 率直な疑問だ。救済うんぬんは、まあわからなくもない。しかし二つめの理由はジェロン連邦の思想に関わる話、俺に関係があるとは思えない。


「大いに関係があるね。それではひとつ質問しよう。偉くて素晴らしい行いをした人物を、一人挙げてくれ」

「漠然とした問いだな」

「だからこそ意味がある」


 考える。思い浮かぶのは二人。


「ウィリアム」


 俺は、その中でも、自らの原点というべき存在の名を口にした。


「そうだね。君ならばそう答えるだろうね。でもより多くの人に、取り分け連邦の国民に訊いたら、なんて答えると思う?」

「さあ? 大統領の名前とか?」


 マクシミリアンが笑う。


「たしかに。僕は国民の投票によって選ばれている。しかし、実のところ名前が挙がる人物はひとりだ。それは君の名前だよ」

「恐縮だな。でもなんでだ?」


 芝居がかった仕草で肩を竦められた。


「連邦に〈神能者しんのうしゃ〉はほとんどいない。そして世界には、〈神能スキル〉が神によって与えられた異能だという考えがある。選民的な思想だね。連邦の国民は知っているんだ。君たちがいなかった際の自分のたちの立場を——圧倒的な存在である〈神能者しんのうしゃ〉が、あのまま覇権を握り、神からの肯定も得た際に、自分たちがどうなっていたかを。そして、それを食い止めたのが君だということも」


 確かに、〈神能スキル〉とは名前の通り、神の(はたら)きを意味する。その名称は、人間の思想から生まれたもので、実際によくないことをしている〈神能者しんのうしゃ〉は多かった。そういう輩を、何百人殺したのか、もう詳しく思い出せない。


「素晴らしい国、尊敬を集める国が強くなる。それには象徴が必要だ。何に重きをおくかの違いだけだね。神でも、お金でも良い。そしてそれは、君でもいい。いや、我が国々には君こそが必要なんだ」


 マクシミリアンの瞳の色が変わる。もちろん比喩だ。しかし、確かにその瞳に映すものが変わった気がした。

 吸い込まれそうな、野望の色。そして、自らの正義を信じる曇りなき心。

 それらを移した瞳で、マクシミリアンは微笑む。


「ようこそ〈リベル〉様。ジェロン共和制連邦へ。我々は君を、心の底から歓迎するよ」

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