表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死ねない彼らに天国はない  作者: 曇天海月
【第三章「現在」ようこそ、戦場へ】
PR
31/33

第11話

 背中を叩く手のリズムと、力加減が心地良い。

 左手で頭を支えたリベルが、右手でグレースの背中をトントン叩いている。

 ちょうどゆったりとした呼吸のようなリズムだ。


 その最中、時折うむうむと唸っている。何か考え事をしているのだろうか。それでも手を止めないことに、器用だなと感心した。


 グレースは寝たふりをしていた。

 戦場であることは忘れて、この瞬間に身を任せる。

 と言ったものの、別にだらけきっているわけではない。


 好きな人と、一緒のベッドにいる。

 こんな状況で安らげる精神性を、グレースは持ち合わせていなかった。

 安心はする、心地よいとも感じる。でも緊張しないわけではない。

 自分の身じろぎで、リベルを不快にさせていないかなどは特に気になってしまう。当の本人がそんなこと気にしないことは知っているのに。


 グレースには戦略があった。

 これはあなたに安心して身を任せられますよ、というアピールだ。

 なので寝たふりをしているわけだ。

 スースーと可愛らしく、寝息をたてられているはずである。

 グレースは自らの小賢しさに謎の自信があった。


 その戦略で、一時はリベルと恋仲になることもできたのだ。この戦場のど真ん中で何をしているのか、なんて言われたら、何も言い返す言葉はない。


 でも、だ。


 限られた環境の中で幸せを願うこと、そしてそれを目指すことに、一体どんな悪があるのかとも、グレースは強く思う。


 時と場所を選んで、己の番が回ってくる保証などどこにもない。

 一年前のレイチェルとの会話を、グレースは思い出していた。


 本当に至言だなと思う。


 あの時の会話が自分を突き動かしていることをグレースは自覚していた。

 もう自分の中にしかない思い出たち。


 好きだと、言ってくれた。

 愛していると、言ってくれた。

 抱きしめてくれた。

 頭を撫でてくれた。

 他にも色々してくれた。


 頭が熱を持つ。湯気が出る前に、その先を思い出すのはやめた。

 同時に胸が痛む。もうこの思い出は自分の中にしかないのだ。

 せっかく恋人になれたのに。リベルは死んでしまった。


 次も、その次も。

 リベルが真摯に受け止めようとしてくれるから、今のような関係を繰り返すことはできている。そう考えてしまう自分に嫌気が差す。


 リベルに限らず、〈復生体〉は自らの命を軽んじている。

 死ぬ前のリベルも、別に死にたかったわけではないだろう。ただ、その死にたくない理由が、グレースの為だけだったとしたら、きっと何かしら差が出る。


 それは判断の遅れとか、それよりも強い理由で優先順位が変わってしまうとか。

 先日、ヘンリクがここを訪ねてきた。

 リベルの訃報だった。その時、ヘンリクはすまないと、辛そうな表情で頭を下げてきた。理由は話してもらえなかったが、その悔しそうな、やるせなさそうな顔が今も脳裏に焼き付いている。


 だからグレースは察した。

 ああ、リベルはヘンリクを庇って死んだのだと。

 同時に醜い感情が芽生えた。


 それは、リベルが選んだのが、自分ではないことに対する、言いようもない感情だった。

 そしてこうも思ってしまった。

 どうでも良いから、ここに帰ってきてほしいとも。


 帰ってきたのが、ヘンリクではなくリベルならよかったのに。そんな考えを一瞬でも思ってしまった。


 グレースはヘンリクとも仲が良い。

 それは自他ともに認めることだ。

 本人不在の中、リベルの話で盛り上がった回数は数知れない。

 それでもグレースは、そう思ってしまった。

 胸が痛い。


 いろんな感情が、記憶が、ぐるぐる渦巻いて、最後に教えてくれるのは胸の痛みだけ。

 鬱屈とした感情を晴らす妙案も、天啓も、打開策も、何も授けてはくれない。

 それでも最後に思い出すのは、初めて出会った時の笑顔だった。



 炭鉱付近で、公務の練習があった日のことだ。

 練習と言っても見学が中心で、グレースは暇だった。

 だから〈神能スキル〉を使って逃げ出した。今から思えば、勉強や習い事続きで幼いながら色々溜まっていたのだと思う。


 しばらく飛んだ先に、狭い穴を見つけた。炭鉱の入り口だった。

 ドレスが汚れるとかはそこまで気にならなかった。

 探検。その言葉が頭をよぎった時には、グレースの足はその中へと踏み出していた。


 狭くて暗い炭鉱内を思うがまま進み、気づいた時には自分の居場所がわからなくなった。入り口からの光が途絶えたのだ。


 その時足元から這い上がってきたものがあった。それは恐怖だった。

 グレースはその時初めて、暗闇が怖いことを知った。王城に住んでいるせいで気がつかなかったのだ。無論、王城にも暗い場所はある。しかし、耳をすませば、常にどこかに人の気配がした。


 今は独りだ。

 知ってしまったのがいけなかった。

 グレースは泣いてしまった。その場に蹲り、暗闇を隠す為に目を瞑った。本末転倒だが、幼かったのだ。仕方がない。

 その時ふと、優しく声をかけられた。


 ——お嬢さん、こんなところでどうしたの?


 ひょうきんな言い回しに驚いて顔をあげると、そこには明かりを持った青年がいた。

 顔立ちは整っており、下がった目尻が優しそうな印象を与えた。特筆すべきは、暗闇に溶け込むような髪と瞳だ。


 〈復生体〉だとすぐにわかった。

 彼は黒く汚れた顔で、こちらに微笑んでくれていた。


 ——この明かりは大丈夫だよ。粉塵のなかでも爆発しないやつだから。


 〈復生体〉が早口でそんなことを言った。

 黙っていたから、変な勘違いをさせてしまったようだ。

 安心したことで震える口で、グレースは自分の状況を説明した。


 〈復生体〉はグレースが話し終わるのを、時折咳き込みながらゆったりとした雰囲気で聞いてくれていた。


 ——じゃあ、行こうか。


 そう言ってグレースの手を引いて、〈復生体〉が歩き出した。

 出口まで案内してもらって、みんながいる場所に戻った。

 グレースはこっぴどく叱られた。


 グレースがその時の状況を理解したのは、それからしばらく後のことだ。

 〈復生体〉が咳をしていた理由。それは炭鉱内の粉塵が原因だった。〈巨神の石(メナカナイト)〉を持つグレースにとっては問題にはならなかったが、〈復生体〉はそうではない。肺がすでに犯されていたのだろう。その理由があの咳だった。


 炭鉱での仕事は、危険なこと。

 そしてそれは、王国にとって、必ず誰かがやらなくてはならないこと。

 その危険なことを、五百年間、率先して〈復生体〉が行っていること。

 その訳が、初代国王との約束であること。

 そして、彼が笑顔で、自分に優しくしてくれたこと。


 内面はわからない。なんて言うのは嘘だ。

 グレースは、あの時確かに優しさに触れた。

 自らの境遇を恨みもせず、苦しさも相手に伝わらせない。どんな状況でも他人に優しくできる人がいる。


 それを知った時、あの人のことをもっと知りたいと思った。

 〈復生体〉であることとかはどうでもよかった。

 あの人しか知らないから。

 あの日の思い出は、あの人とわたしにしかないから。


 そう思い続ける日々のことだ。もう四年も前になる。

 歴史の先生が、ある〈復生体〉に決まった。

 少し話して気づいた。あぁ、あの人だって。

 名前なんて知っているのに、グレースは尋ねた。


 ——名前を訊いても良いですか?


 彼は少し困った顔をした後で、嬉しそうに微笑んでくれた。


 ——リベルです。これからよろしくね。


 知りたいと思っていた答えの一つを、グレースはこの時見つけた。

 おかしな話だと思う。

 客観的に見て、そんな要素はないのかもしれない。


 それでも確かに、グレースはこの時、恋に落ちた。


 炭鉱での薄汚れた笑顔も、再会できた日の笑顔も、日々の些細な笑顔すら、心の深い所にこびり付いて離れない。

 


 意識が現実へと戻る。

 あれこれ考えた。

 その結果、リベルの笑顔が好きというわかりきった事実に行き着いた。

 果たして考える意味はあったのか。

 それにしても、と背中に触れる手に意識を向ける。

 リベルの添い寝はやっぱり上手い。

 流石だなぁと思って、思わずあくびが出た。


 あ。

 目を開く。


「起きてたの? もう、早く寝なさい」


 諭すように叱られてしまった。

 そばにリベルの顔があって、彼の目尻が下がる。

 薄い唇が緩やかに弧を描いている。

 好きです。


「いや、今ちょうど起きたところ」

「加減間違えたかな?」

「そんなことないよ」

「お気に召したようでなにより」


 ここ、押しどきだ。


「一緒のベッドで寝るのに、本当に添い寝だけでいいの?」


 いやわたし何言ってんの?

 心臓がうるさい。

 ばくばくしてる。

 あ、〈神能スキル〉の解除を先に頼むべきだったかもしれない。

 気持ちがそのまま伝わるのは、すごく恥ずかしいけど、そっちの方が手っ取り早い。

 今もすごく恥ずかしいのだから、本当に今更だ。


「え! それはどうだろう⁉︎」


 リベルが早口になり、目線が泳いでいる。

 もう、可愛いな。

 この反応を見ることができただけで、勇気を出した甲斐がある。


「ひ、ひとまずは一緒に過ごすだけということでどうでしょう!」

「ひとまず?」

「うん、今はひとまず……」

「わかった」


 安心したのか、リベルの唇が少しだけ緩んだ。

 唇を合わせたくなった。

 けど、今はしない。

 代わりにリベルの耳元に口を寄せる。


「今は、ね?」


 そう囁いてやった。

 リベルがびくりと震える。


「ちょっと⁉︎ いや早く寝よう! いやー今日も楽しくおしゃべりしたね!」


 リベルが背を向けてベッドに寝転ぶ。反応がとても愉快だ。

 今日はこのくらいで勘弁してやろう。

 グレースは燭台の火を軽い吐息で吹き消す。当然、部屋は真っ暗になる。

 リベルの方を向いて横になった。

 その背に触れようとして、手を伸ばす。


「こんな態度でごめん。ちゃんと見てるからね」


 申し訳なさそうに、リベルがそう言った。

 その一言で手が止まった。

 その情けない声色には、確かに覚悟があって。

 手をもう一度伸ばして、彼の背に触れる。

 本当は正面からしたいけど、彼の鼓動の在処を探した。

 今はこれだけでいい。


 彼の背中に触れたまま。後ろから抱きしめることを我慢しながら。

 指先に、手の平に、微かに伝わる鼓動を感じながら、わたしは眠りについた。

 早く戦争が終わればいい。そうなれば、そこから先の生活は、きっと天国みたいだと思うから。

 そう信じることしか、今はできない。






後書き

第三章はこれで終わりになります。

少しでもいいなと思っていただけましたら、リアクションや評価などをいただけますと幸いです。大変励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ