第2話
「それで、カーはどうだったの?」
蝋燭で照らされた薄暗い部屋の中、俺とグレースは向かい合って座っていた。
どちらもリラックスしたような体勢でソファに背中を預けている。
リラックスしすぎて天井の模様の数を数えていた俺は、急に話題を振られて少し驚く。
「いやー最高だったよ。本当に動かすのに馬も〈神能〉も必要ないんだ。少し難しかったけどね。でももう少しで習得できるよ。技術の発展はすごいね。いやー長生きはするものだ」
「それはよかったね」
グレースが微笑む。自分よりも圧倒的に年下の女の子が少しだけ年上に思えた。
肉体年齢はさほど変わらないけど。
俺は復生体。オリジナルの記憶と肉体の情報を元に生まれたコピーだ。ある一人の〈神能者〉の能力から生まれた存在で、死ぬ前に記憶を保存することができれば、それを保持した状態で蘇ることができる。
そうやって記憶を繋げていって、すでに七百年の月日が経とうとしていた。
「あれさ、二人以上乗れたよね」
グレースが意を決したといった様子で、そんな言葉を口にした。
「うん。四人乗り。座席もちゃんとある。後ろに荷室だってあるよ」
特に気にもせず答える。
グレースは床を見つめていた。少しだけ耳が赤く見える。二人の間に置かれた蝋燭のせいだろうか。
「だったら、今度一緒に乗ろうよ? ——ほらわたしも動かし方練習したいし!」
グレースが言い切る。後半は随分と早口だ。
「もちろん。今度の休暇に行こうか」
俺は笑顔で頷いた。
「でもさ、練習なんて必要あるの?〈巨神の石〉で一発じゃん」
グレースの安堵したような表情が一瞬で鳴りを潜める。
「は⁉︎ うるさいなぁ! 良いでしょ気になったの!」
「確かに気になるよね。浪漫だ」
納得してうんうんと頭を振る。
「納得しないでよ⁉︎」
グレースが訳のわからない怒り方をするのは今に始まったことではない。俺が三年前に専属の教師を務めるようになってからずっとこんな調子だ。ちなみに担当は歴史である。
歴史は教育の中で、最も重要な科目だ。理由は明白、思想に直結するから。
グレースは王女だから、危険思想が芽生えてはいけないということで俺に白羽の矢が立ったという訳。
怒らせてしまったせいで、グレースのほっそりとした指で背中を押されて部屋を追い出された。くすぐったい。
俺の部屋はグレースの部屋の直ぐ側にある。入ってそのままベッドにダイブすると肌触りが良いひんやりとしたシーツが迎えてくれた。
「良い夢見れそう」
いつの間にか眠っていて。
その言葉通り、俺は夢を見た。良い夢ではなかったけど。
夢の中で、ヴェント村へと俺は走っていた。焦っているなと、どこか他人事みたいに感じながら。
そうして俺は帰り着いた。
燃え朽ちた村。
腕と頭が取れた村人。
炭になった女性。
なぜだか。夢の中の俺は、その女性のお腹の中に赤ちゃんがいることを知っていた。
もし罪が、犯した理由で赦されるのなら、〈神能者〉を殺して回ったこの罪は。
この夢はその理由に値するのだろうか。
そんなことを、朝日で目を細めながら思った。
******
「ぶぅーーん」
時刻は昼。広大な中庭で普段訓練に勤しんでいる近衛たちもお昼の時間だ。
今日も今日とてヘンリクを呼びつけてカーを動かす練習をしている。
ちなみにカーを動かすことをドライビングというらしい。最近その他諸々の用語をヘンリクから教えてもらった。
そして、今がそのドライビング中である。
助手席に座るヘンリクがため息を吐いた。器用にカーの扉の窪みに肘を付きながら覇気のない瞳で前を見ている。
「あのさ。やべぇ奴って言われねぇ?」
「どうしたの急に?」
「いや、他の復生体は知らねぇけどお前とはダチだよ? それは間違っちゃいねぇけどよ。でも行動が読めねぇ。なんだよぶぅーーんって。何の音だよ」
「ハンドル回すときの感覚の音だよ。それとエンジン音」
「なるほど……。おれはさ、お前と一緒にいると不思議だよ。眼の前の人間が、歴史の教科書に載っていることに、色々な意味で理解が追いつかなくなる。それでふと思ったんだが——」
「あー、なるほどね」
そう言って一度、ヘンリクの言葉を遮る。
「軽い。軽すぎる。ちゃんと聞けって」
「いや、止まるよ」
ブレーキペダルに足をかけて減速する。ゆったりとした動きでカーが止まった。最初は急ブレーキになってしまっていたが今は慣れたものだ。
きっと、ヘンリクが次に出す言葉に、俺は真摯に向き合う義務がある。
「この国に住んでると、復生体は常識だ。七百年前に復生体が数々の〈神能者〉を打ち倒したことも。その二百年後に初代国王に敗れてから、今までこの国で働いていることも。すんなりとそうなんだなって理解できる。でも、お前と知り合ってから、なんてぇの?」
「知ってる常識と俺が一致しない?」
ヘンリクはわずかに目を見開いた。
「そうだよ」
俺は700年前から存在している。そしてそれは、ある人物の〈神能〉によるものだ。
復生能力は、俺自身の〈神能〉ではない。
ウィリアムという、この世で最も尊敬されるべき人物の〈神能〉で、俺は700年を生きている。
俺達は、ウィリアムに触れることで記憶を複製し、死ぬとウィリアムのそばで目が覚める。そして肉体年齢だけは二十歳のときに戻る。
俺の今の肉体年齢は二十三歳。三年前に、一度死んでいる。
俺がグレースの歴史の教師に任命されたのが三年前だ。
まあ、今はどうでもいいだろう。
「お前はいい奴だ。陽気だし、話していて楽しい。でも、だからこそたくさんの人を殺したという事実に頭が追いつかねぇんだ。もちろん、殺した連中がクズばかりだったのは常識だけどな」
ヘンリクは独り言みたいにそう言って、最後に一言「何があったんだろうなぁ」と呟いた。
そのヘンリクの言葉に思い浮かべてしまうのは、焼け朽ちた家々か、焦げた瓦礫か。再度動くこと叶わぬ村人たちか。はたまた、炭となってしまった最愛の人か。
「理由はもちろんある。真剣に真実を伝えたい気持ちもある。けど、ヘンリクたちには言えないな。それはとても個人的なことで、今を生きる君たちには関係のないことだから。ひとまずは今知っている歴史を——常識の方を大切にして欲しいかな」
冷たい言い方だったと思う。それでもヘンリクは「そうか」と少しだけ寂しそうに笑うのみだった。
「そうだ。カー、姫さんと乗るんだろ?」
「うん。よくわかったね。そんな話したっけ?」
「そりゃな。鈍すぎなんだよ」
「そういうのなんていうの? ドライブデート?」
急に肩を小突かれる。ドライビングしてなくて良かった。危ないなぁ。
ヘンリクが呆れた目を俺に向けた。何かを言おうとして、一度やめたようにモゴモゴと口が動く。
「それ、姫さんに言うなよな? 勘違いされるぞ?」
「どういうこと?」
「その気がねぇなら言わない方が良い言葉もあるんだよ」
それはわかるよ。無駄に長い年月生きてきたから。
「なるほど」
でも俺の口から出たのはそんな軽い言葉だけだ。
「まぁグレースはもう少しドライブが上手くなってから誘うことにするよ」
「それがいいな。特にぶぅーーんって口癖は直しとけ。幻滅されるぞ」
「そうかなぁ」
「絶対そうだ。いいか? 勘違いさせるのは悪いが、夢は見せるべきだ」
「まぁそう言うなら。というか、ヘンリクってグレースと仲良いの?」
グレースは王女で、ヘンリクは平民だ。そしてこの国は王国である。身分の差はコミュニケーションの階層化を引き起こすものだ。
グレースがヘンリクの納品を手伝ったという話だから、その時に話したのだろうか。
「昨日、カーを納品する時に手伝ってもらったって話をしただろ? その時だよ」
「へぇー。なんて話したの?」
「別に。ただ、この乗り物は二人乗りできるのかって訊かれただけだ」
「そんなことを? グレースも結構カーに興味あるんだなぁ」
「……これ自体に興味はないと思うぞ? ああ、並んで座れるのかも訊かれたな」
「そうなんだ」
「……そうなんだよ」
どうしてだろう。ヘンリクに脇腹を強めに小突かれてしまった。




