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死ねない彼らに天国はない  作者: 曇天海月
【第三章「現在」ようこそ、戦場へ】
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第4話

「これはどう使うの?」

「簡単だ。その取っ手がボルト。打つ前にそれを引けば良い。親指のあたりにあるのがセーフティだ。それも打つ前には外せ。掛けてると弾が出なくなる」


 ヘンリクが、自分と俺の銃を交互に指差しながら説明してくれる。


「それでこのゴツいカーなに?」

「〈復生体〉が鹵獲したものを、王国で再現したものだな。今の戦場での移動手段はこいつが主流だ」


 俺たちは大きなカーの荷台に乗っていた。きっと軍用モデルなのだろう。真っ白な大地に溶け込めるように、ボディが白くペイントされている。

 それが複数台連なって雪道を進んでいる。俺たちが乗るカーが先頭だった。


 こっちの荷台にいるのはヘンリク以外、全員が〈復生体〉だ。毛布にくるまって寒い寒いと言っていたが、今は眠りに着いている。

 我ながらなんとも間抜けだ。

 走るカーに体を揺すられながら空を見ていると、なんとも言えない気分になってくる。


「ヘンリクは、もう二十一歳か」

「どうした急に?」

「いや、肉体年齢は越されたなと思ってね」


 年月は止まることを知らず、いつも俺を置いていく。

 〈復生体〉意外が想像すらできないだろう七百年間の記憶も、本質は置いていかれた年月そのもの。


「それもそうだな」

「あ」


 俺は、ふとあることを思い出して短い声を発した。


「なんだ?」


 ヘンリクが訝しげな目を俺に向けた。


「少し前、十二年、いや十三年?くらい前かな。王都の路上で任務の帰りに男の子に出会ったんだ。その子も多分、今はそのくらいの年齢かなと思ってね。ごめん、関係ない話をして」

「……そうか。それは初めて聞いたな」

「ヘンリク?」

「なんでもねぇよ。姫さんのガキの頃といい、世間は(せめ)ぇなって思っただけだ」

「そう?」


 よくわからないけど、ヘンリクは何かを納得したようだ。


「それはそうと、戦場での活躍、期待してるぜ? リベル・ダ・ヴェント」

「それはどうも。そういえばなんだけど、前の俺はどうやって死んだの?」


 なんとなく気になるな、程度の疑問で、大した意味はなかった。


「ん? あ〜、どこかのとちった馬鹿野郎の尻拭いでもしたんだろ」


 ヘンリクは首を振ってそう答える。すぐに景色に目をやるものだから、その顔は見えない。


「……もし本当にそうだったとして、そのとちった馬鹿野郎が無事だったなら、俺も死んだ甲斐があったね」


 ヘンリクが振り向く。


「言うな?」ヘンリクが皮肉たっぷりの笑みを浮かべた。

「そりゃどうも。そうだ。どのくらいで最前線に着く?」

「ここからなら、そうだな。三時間くらいだな」

「もう少ししたら〈弱者の盾(インフィルムス)〉を解除するよ。ところで、基地の方はいいの、ジェロンの兵器が攻め込んできたらやばいんじゃない? ミサイルとか。さっきの話が本当なら、グレースは基地を空けることが多いんだろ?」

「その心配はねぇよ。お前、あそこに誰がいるのかわかってんだろ?」

「というと?」

「〈復生体〉だろうが。歴史から見て、お前たちを倒し切れたのはうちの国の初代国王だけだ。ジェロンの兵器への対応も、生き残った〈復生体〉が後続の〈復生体〉に教えてる。ミサイルの迎撃も可能になってるほどだ」

「迎撃って? 石を投げたり、飛びかかって剣で切ったり?」

「メインは前者だな。見張り台で複数人の〈復生体〉が周辺を見張ってる。ミサイルに気付けば金属球を投げて撃ち落とす。もし間に合わなければ着弾点に近い〈復生体〉が飛びかかって迎撃する。後者の場合は復生体も死んじまうが、今のところ、ミサイルが基地に直撃したことはねぇ」

「なるほどね」


 だからあれを。

 話を聞いた限りでは問題なく可能だろう。


「解せねぇな。今更だけどよ」

「何が?」


 ヘンリクが苦虫を噛み潰すような顔になった。


「リベルたちが持つ〈神能スキル〉だよ。普通、〈神能スキル〉つーのは、超自然的な能力だよな? なのに弱体化ってのが、今だによくわからねぇ」

「めっちゃ興味もってくれてるじゃん」

「うるせぇ」

「答えとしては、そうだな……多分だけど、普通に暮らすことを願ったから、そうあれるように、神様が叶えてくれたんだろうね」

「どういうことだ?」

「普通に生きる為に、普通の些細な幸せを享受する為には、普通の身体能力や感覚の鋭さがちょうど良いんだよ」

「……なるほどな。うーむ」


 ヘンリクが首を捻りながら唸る。あまりピンと来てはいないようだ。


 人間が作った文明の中にあるものは、一般的な人間が無理なくすごせるようにできている。音楽の音色も、料理の味も、心躍る都の賑やかさも。

 日々使う道具も含めて、普通の人間を基準にして設計されている。

 それに外れると、途端に生き辛くなるものだ。

 普通の人間と比較すると、俺の体は強すぎたし、感覚は鋭すぎた。


 だから願った。弱ければ良いという、怠惰な盾を。

 でも、時にはその盾を捨て去らなければいけない。

 普通では超えられない理不尽が襲いかかってくるからだ。

 弱ければ死に、強すぎれば上手く生きられない。


「戦争の時は〈弱者の盾(インフィルムス)〉はいらない。けど日常にはこの盾がいるんだ」


 付け加えた言葉も曖昧で、ヘンリクにはよくわからないだろう。

 上手に説明できる自信はなかった。


「そろそろかな。〈弱者の盾(インフィルムス)〉解除——って、驚いた」


 鋭敏になった聴覚がとらえたのは、東方からの凄まじい風切り音。空気が弾き裂かれ続ける音と言っても良い。


 空の彼方から、何かが、大気を斜めに切り込むようにしてこちらへ疾走してくる。

 そちらの方を凝視して、微かな黒い点を見つけた。

 飛翔してくる物体の速度を、耳と目で割り出す。


「音より速い。このままだと十秒後に激突するな」

「……おい! カーを止めろ! って、今更止めても遅いか?」

「ああ、多分。でもちょうど良い。起きてる奴もいるけど、寝てる馬鹿共には良い目覚ましになるだろ。投擲で撃ち落とす」

「なるほど。カウントいるか?」

「お願い」


 カーを飛び降りて、俺は背嚢から拳台の球体を取り出す。

 グレースが用意してくれた、ただの金属製のボールだ。

 特徴としては、ピカピカに磨かれた歪みのない球体。あとは、多少指を引っ掛けやすくするための溝があるくらいの、まんまるで綺麗だなと思うくらいの代物だ。

 だが、〈復生体〉が持てばその限りではない。


「四——」


 既に盾は捨て去った。

 投擲の構え。

 高まった動体視力で、こちらへやってくる物体を目線の真ん中に捉える。

 肌感覚で風向きと風量を直感で導きだし——。

 ワイヤーをしならせるように、腕を振り抜く。

 空気が破裂した。

 振り抜いた球体が、音を置き去りにしたソニックブームを残して、消える。


「三、二、一……」


 ボンっと近くの空で爆発音がした。木々の枝から、驚いた鳥たちが飛び立っていくのが見えた。


「ジャストだね」

「お見事」

「なんだなんだ! 敵襲か⁉︎」


 寝坊助共がザワザワと起き始める。


「ね。良い目覚ましになったでしょ?」

「違いねぇ。でもこれお前が失敗したら全滅だったんじゃねぇか?」

「その心配はないよ。ほら」


 俺は後方のカーの列を指差した。

 ヘンリクが釣られて指の先を見て、「そうだな」と感慨深げに頷いた。

 そこには、今まさに投擲姿勢を解いた〈復生体〉が数十人。


「そうだったそうだった。こっちにはリベルみてぇな化物(ばけもん)が数百人いるんだもんな。連邦があれだけの兵器を使って膠着状態ってのは、前線にいてもまだ意味わかんねぇよ!」


 ヘンリクがはしゃぐように笑った。


「それ褒めてる?」


 俺が苦笑しつつ問うと、ヘンリクは更に目尻の皺を深くした。


「褒めてるよ。教科書にも載ってる偉人さまだからな、親友」

「そりゃどうも、相棒」

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