第4話
「これはどう使うの?」
「簡単だ。その取っ手がボルト。打つ前にそれを引けば良い。親指のあたりにあるのがセーフティだ。それも打つ前には外せ。掛けてると弾が出なくなる」
ヘンリクが、自分と俺の銃を交互に指差しながら説明してくれる。
「それでこのゴツいカーなに?」
「〈復生体〉が鹵獲したものを、王国で再現したものだな。今の戦場での移動手段はこいつが主流だ」
俺たちは大きなカーの荷台に乗っていた。きっと軍用モデルなのだろう。真っ白な大地に溶け込めるように、ボディが白くペイントされている。
それが複数台連なって雪道を進んでいる。俺たちが乗るカーが先頭だった。
こっちの荷台にいるのはヘンリク以外、全員が〈復生体〉だ。毛布にくるまって寒い寒いと言っていたが、今は眠りに着いている。
我ながらなんとも間抜けだ。
走るカーに体を揺すられながら空を見ていると、なんとも言えない気分になってくる。
「ヘンリクは、もう二十一歳か」
「どうした急に?」
「いや、肉体年齢は越されたなと思ってね」
年月は止まることを知らず、いつも俺を置いていく。
〈復生体〉意外が想像すらできないだろう七百年間の記憶も、本質は置いていかれた年月そのもの。
「それもそうだな」
「あ」
俺は、ふとあることを思い出して短い声を発した。
「なんだ?」
ヘンリクが訝しげな目を俺に向けた。
「少し前、十二年、いや十三年?くらい前かな。王都の路上で任務の帰りに男の子に出会ったんだ。その子も多分、今はそのくらいの年齢かなと思ってね。ごめん、関係ない話をして」
「……そうか。それは初めて聞いたな」
「ヘンリク?」
「なんでもねぇよ。姫さんのガキの頃といい、世間は狭ぇなって思っただけだ」
「そう?」
よくわからないけど、ヘンリクは何かを納得したようだ。
「それはそうと、戦場での活躍、期待してるぜ? リベル・ダ・ヴェント」
「それはどうも。そういえばなんだけど、前の俺はどうやって死んだの?」
なんとなく気になるな、程度の疑問で、大した意味はなかった。
「ん? あ〜、どこかのとちった馬鹿野郎の尻拭いでもしたんだろ」
ヘンリクは首を振ってそう答える。すぐに景色に目をやるものだから、その顔は見えない。
「……もし本当にそうだったとして、そのとちった馬鹿野郎が無事だったなら、俺も死んだ甲斐があったね」
ヘンリクが振り向く。
「言うな?」ヘンリクが皮肉たっぷりの笑みを浮かべた。
「そりゃどうも。そうだ。どのくらいで最前線に着く?」
「ここからなら、そうだな。三時間くらいだな」
「もう少ししたら〈弱者の盾〉を解除するよ。ところで、基地の方はいいの、ジェロンの兵器が攻め込んできたらやばいんじゃない? ミサイルとか。さっきの話が本当なら、グレースは基地を空けることが多いんだろ?」
「その心配はねぇよ。お前、あそこに誰がいるのかわかってんだろ?」
「というと?」
「〈復生体〉だろうが。歴史から見て、お前たちを倒し切れたのはうちの国の初代国王だけだ。ジェロンの兵器への対応も、生き残った〈復生体〉が後続の〈復生体〉に教えてる。ミサイルの迎撃も可能になってるほどだ」
「迎撃って? 石を投げたり、飛びかかって剣で切ったり?」
「メインは前者だな。見張り台で複数人の〈復生体〉が周辺を見張ってる。ミサイルに気付けば金属球を投げて撃ち落とす。もし間に合わなければ着弾点に近い〈復生体〉が飛びかかって迎撃する。後者の場合は復生体も死んじまうが、今のところ、ミサイルが基地に直撃したことはねぇ」
「なるほどね」
だからあれを。
話を聞いた限りでは問題なく可能だろう。
「解せねぇな。今更だけどよ」
「何が?」
ヘンリクが苦虫を噛み潰すような顔になった。
「リベルたちが持つ〈神能〉だよ。普通、〈神能〉つーのは、超自然的な能力だよな? なのに弱体化ってのが、今だによくわからねぇ」
「めっちゃ興味もってくれてるじゃん」
「うるせぇ」
「答えとしては、そうだな……多分だけど、普通に暮らすことを願ったから、そうあれるように、神様が叶えてくれたんだろうね」
「どういうことだ?」
「普通に生きる為に、普通の些細な幸せを享受する為には、普通の身体能力や感覚の鋭さがちょうど良いんだよ」
「……なるほどな。うーむ」
ヘンリクが首を捻りながら唸る。あまりピンと来てはいないようだ。
人間が作った文明の中にあるものは、一般的な人間が無理なくすごせるようにできている。音楽の音色も、料理の味も、心躍る都の賑やかさも。
日々使う道具も含めて、普通の人間を基準にして設計されている。
それに外れると、途端に生き辛くなるものだ。
普通の人間と比較すると、俺の体は強すぎたし、感覚は鋭すぎた。
だから願った。弱ければ良いという、怠惰な盾を。
でも、時にはその盾を捨て去らなければいけない。
普通では超えられない理不尽が襲いかかってくるからだ。
弱ければ死に、強すぎれば上手く生きられない。
「戦争の時は〈弱者の盾〉はいらない。けど日常にはこの盾がいるんだ」
付け加えた言葉も曖昧で、ヘンリクにはよくわからないだろう。
上手に説明できる自信はなかった。
「そろそろかな。〈弱者の盾〉解除——って、驚いた」
鋭敏になった聴覚がとらえたのは、東方からの凄まじい風切り音。空気が弾き裂かれ続ける音と言っても良い。
空の彼方から、何かが、大気を斜めに切り込むようにしてこちらへ疾走してくる。
そちらの方を凝視して、微かな黒い点を見つけた。
飛翔してくる物体の速度を、耳と目で割り出す。
「音より速い。このままだと十秒後に激突するな」
「……おい! カーを止めろ! って、今更止めても遅いか?」
「ああ、多分。でもちょうど良い。起きてる奴もいるけど、寝てる馬鹿共には良い目覚ましになるだろ。投擲で撃ち落とす」
「なるほど。カウントいるか?」
「お願い」
カーを飛び降りて、俺は背嚢から拳台の球体を取り出す。
グレースが用意してくれた、ただの金属製のボールだ。
特徴としては、ピカピカに磨かれた歪みのない球体。あとは、多少指を引っ掛けやすくするための溝があるくらいの、まんまるで綺麗だなと思うくらいの代物だ。
だが、〈復生体〉が持てばその限りではない。
「四——」
既に盾は捨て去った。
投擲の構え。
高まった動体視力で、こちらへやってくる物体を目線の真ん中に捉える。
肌感覚で風向きと風量を直感で導きだし——。
ワイヤーをしならせるように、腕を振り抜く。
空気が破裂した。
振り抜いた球体が、音を置き去りにしたソニックブームを残して、消える。
「三、二、一……」
ボンっと近くの空で爆発音がした。木々の枝から、驚いた鳥たちが飛び立っていくのが見えた。
「ジャストだね」
「お見事」
「なんだなんだ! 敵襲か⁉︎」
寝坊助共がザワザワと起き始める。
「ね。良い目覚ましになったでしょ?」
「違いねぇ。でもこれお前が失敗したら全滅だったんじゃねぇか?」
「その心配はないよ。ほら」
俺は後方のカーの列を指差した。
ヘンリクが釣られて指の先を見て、「そうだな」と感慨深げに頷いた。
そこには、今まさに投擲姿勢を解いた〈復生体〉が数十人。
「そうだったそうだった。こっちにはリベルみてぇな化物が数百人いるんだもんな。連邦があれだけの兵器を使って膠着状態ってのは、前線にいてもまだ意味わかんねぇよ!」
ヘンリクがはしゃぐように笑った。
「それ褒めてる?」
俺が苦笑しつつ問うと、ヘンリクは更に目尻の皺を深くした。
「褒めてるよ。教科書にも載ってる偉人さまだからな、親友」
「そりゃどうも、相棒」




