第1話
コンテナの扉が開く。
自身の体を放り投げるようにして、俺は下向きの力に身を委ねた。
リカード、ありがとう。
視界に広がる逆光の中、ちらりと見えた人物に対して、心の中で礼を言う。
頭が下になった逆さまな世界のまま、俺は辺りを見渡した。
ルーンディア王国の北東部の国境沿い。
一面の草原であるこの場所は、つい最近雪が溶けたばかりだ。
あと1分。
それが、俺たちが地面に激突するまでの時間。
この間に敵の布陣を見つけることができたら御の字。できなければ過酷な遠足が始まるだろう。いや、見つけたとしても過酷であることに変わりはないか。
「〈弱者の盾〉解除」
唱え、不快な高揚感に身を任せる。
認知できる世界の広がりを感じながら、俺は周囲を見渡す。
この高さと向上した視力なら、国境の大地をどこまでも見渡せる。
ゴーグルを付けていてよかった。もし無ければ、下から吹く猛烈な風で視界など機能していなかった。
「見つけた」
強化した聴覚が、器用に一人の〈復生体〉の声を聞き分ける。
「あ。あれか」
「なんだ? 鉄の象?」
「大きなカーに大砲を付けたのか?」
遥か彼方、この高度でないと発見などできない遠距離に、鉄の象の集団が見える。
「まずいな。鼻がこっちを向き始めた。発見されたみたい」
「おかしいなー。こっちはいくら丈夫とはいえ、剣を一振りしかもってないのに」
「見たところ大砲だよね。落ちてきたところを撃ち込まれるかな」
「とりあえず、鹵獲を目標にしようか。金属で作った兵器なら、〈巨神の石〉で再現できるかもしれないから」
「「さんせー」」
気の抜けるような鬨の声。
大地はすでに眼前へと迫っている。
体に衝撃が走る。
しかし〈神能〉を解除したことによる持ち前の体の丈夫さと、長い年月の中で培った技で受け身を取ることで無傷。
〈復生体〉たちが地面へと衝突した際の、大地が抉れるほど轟音の連続と土煙を目の当たりにすれば、波の人間であれば腰を抜かすだろう。
その土煙の中で、誰一人欠けることなく〈復生体〉は立ち上がる。
目の前で突然、地面が爆ぜた。
「あぶな! 気をつけ——いやこれ砲撃だ!」
「走れ!」
鉛の嵐。それも特大の。もちろん音よりも速い。
「ヴァシリオスみたいなことするなぁ」
今の王族と同じ〈神能〉にも関わらず、その実力には天と地の差がある。
これくらいの惨状なら、ヴァシリオスであれば序の口だ。
あいつのおかげで、大抵の生物の血に鉄が入っていることを知った。
その鉄を操られた生き物がどうなるのか。身をもって体験したのを思い出す。
その事をグレースに話したらすごく嫌な顔をされた事も、ついでに思い出した。
ヴァシリオスはなんでもできた。そう言っても、全くもって過言ではなかった。
「でもこれなら、圧倒的にグレースたちの方が相性がよかったな」
そう思っていた矢先、目の前を走っていた〈復生体〉が吹き飛んだ。
砲撃——ではない。
まさか。
「鉄砲か?」
相手陣地に近づくにつれて、一音と聞き間違えるほどの連続した発砲音が、〈復生体〉を薙ぎ払う。雷撃のような音と共に、〈復生体〉が倒れて行く。
大地との激突の時には発揮できた防御力も、ほぼ不意打ちの弾丸の豪雨の中では形無しだ。
「せめて兵器の名称くらいは知りたいな」
「なんだこの煙……?」
「吸うなよ。これ、手足が痺れてくる」
そう言った〈復生体〉が倒れた。
砲撃の嵐、弾丸の豪雨。お次は毒の煙か。
「走る速度が遅くなったな」
「そうとくれば、……ああやっぱりね」
上空、向上した動体視力に一つの影が映り——突然目の前が爆風に包まれる。
咄嗟に顔を防ぐ。猛烈な熱波で全身に火傷を負った。
「これがミサイルってやつかな」
「ぎりぎり目で追えるな。次来た時、剣で打ち落とせるか試してみる」
「骨は拾っとく」
数が減らしながら、〈復生体〉たちが相手陣地へと疾走する。
目と鼻の先にあるのは鉄の象の群れ。
先行していた〈復生体〉の一人が鉄の像の上に乗り、剣で砲塔らしき鼻を両断するのが見えた。
「壊せないほど頑丈ではない、と。潮時かな」
俺は後ろに向かって叫んだ。
「これより後ろの者は全力で撤退しろ! 生き残って次の〈復生体〉に情報を繋げ!」
背後を走っていた〈復生体〉たちが、無言で回れ右をして走っていくのを見届ける。
残った〈復生体〉の役目について、言及する必要はないだろう。
——砲声が鳴り止む。
一面緑だった草原は焼け焦げ、砲弾の跡をその大地に刻んでいる。
散らばるのは〈復生体〉とジェロン兵たちの残骸。
〈復生体〉によって刻まれた兵器が、複数の小山を築き上げている。
やがて、役目を終えた〈復生体〉の亡骸が、金色の粒子の集まりとなり、ひとつの場所へと向かっていく。その先には〈歴史あるウィリアム〉がいる。
粒子は大空を舞い、漂っていく。繰り返される復生体の為に。
ルーンディア王国とジェロン連邦の最初の武力衝突は、こうして幕を閉じた。




