第2話
やってしまった。
いやほんとになぜあんなことをしたのだろう。
「うわーーー!」
「グレース様⁉︎」
溢れんばかりの激情を声に出したら、レイチェルが慌ててやってきてしまった。
「なんでもない……」
「お気持ちはお察ししますが……」
「ちがうの」
「はい?」
「そのことじゃないの。いやそのことも関係しているんだけど」
「ん? どういう意味でしょうか?」
わざと情報を小出しにしているのは、恥ずかしすぎるからだ。
そのせいでレイチェルには何も伝わっていないようだ。
「失礼ですが、心を読んでも?」
「だめだめだめ! 絶対だめ!」
レイチェルは生物の心を読むことができる〈神能〉を持っている。
読まれたことに気が付くからいいが、その欠点がなければ諜報員のようなものが適職かもしれない。驚くべきはその距離で、遠く離れた相手とでも、相手の許可があれは意思の疎通が可能だ。
現状、その許可というものができるのがリベルしかいないせいで、いまいちレイチェルの〈神能〉について、グレースはピンときていなかった。きっと数多の〈神能〉に関わってきたリベルたちにしかできない芸当なのだろう。
「冗談ですよ。そんなことはしません。ですから話してください」
「それは脅迫と同じだよ!」
「そのつもりはないです」
レイチェルはなんてことない、みたいな顔で微笑んでいる。
「ですが、何か気になることがあるなら、話していただきたいのは正直な気持ちです」
「……わかった」
グレースは早朝の出来事を話した。
顔が熱を持って、何度、やっぱなんでもないと言うのを堪えたか。
「まぁまぁまぁ!」
レイチェルのテンションが話を進めるたびにぶち上がる。
「それで、その、キ、キ」
「きゃー!」
「もう、うるさい!」
でもこれ、リベルの目線ならどう映るんだろう。
フードを被ったグレースに出発前に、意味もわからず口付けをされた。
リベル側から一言で表すとそうなってしまうことに気が付く。
王城を抜け出したグレースの覚悟も、同じ顔の中からただ一人を探していた時の焦燥感も。その全部が、グレースの中だけにあった出来事で、リベルにはなんの関係もない。
つい先日行った告白まがいの宣言も相まってグレースを叫ばせるには十分なもやもやだった。
「なんであんなことしちゃったんだろう……?」
レイチェルに聞いてもわかるわけがないのに。
グレース自身でさえ、自分のことがわからなかった。
「そんなの簡単です」
自信たっぷりの笑みだ。グレースにはそれが心底羨ましい。
「なに?」
「それは愛ゆえにです。恋とも言いますね」
「あ、愛? ちょっと!」
「なので側から見たら挙動不審になるくらいで丁度良いんです」
「挙動不審とか言わないで!」
「あはは!」
レイチェルがグレースの反応に大声で笑う。
余程お気に召したようだ。
主人を揶揄って遊ぶなんてなんでメイドだろう。
「し、失礼しました。笑いすぎてしまいましたね」
そう言いながらも笑ってるし。
「でも、ですよ。実際、なりふり構っている暇はないかと」
「どういう意味?」
「〈復生体〉さまは、私たちとは比べものにならない年月を生きています。だからこその行動原理があると思うのです」
「ふむふむ」
「なので一般論は無意味かと」
「なるほど」
「ですので、押して押して、また、押して、一歩も引かずに押しまくる恋愛が一番かと」
「なるほど!」
「わかっていただけましたか? 時と場合を選んでいるうちに、こちら側の寿命は尽きてしまうんです。〈復生体〉さまの方は、グレース様がおばあちゃんになってから突然振り向いてくれることもあるかも知れません。ですが、グレース様はそんな悠長なのは嫌でしょう?」
「本当にそう!」
リベルなら、年老いたわたしと今のわたしで扱いを変えるようなこともないだろう。実際それは、お祖母ちゃんである女王と接する際の態度からも見て取れる。〈復生体〉なら、女王が幼い頃からの知り合いでも驚かないし。
ともかく、しわしわになって急に振り向かれても全てが遅い。
「レイチェル、わたし頑張るよ」
満足そうに頷いてくれたのを見届けて、わたしが高らかに宣言する。
「ひとまず、何かと理由を付けてリベルのいる前線へ行ってくる。一にも二にも、一緒に過ごさないと!」
「へ?」
意外なことに、レイチェルから間抜けな声が漏れた。




