第7話
グレースが立ち上がり、卓上へ両手を突く。大理石の卓上から重い音がした。
「反対です! 〈復生体〉の奉仕は戦争に活用されるべきではありません!」
取り乱したグレースに、俺は普段とは違う慇懃な態度で自らの意見を述べる。
「グレース殿下。臣民の為に必要な措置だと思っていただきたい。王国で暮らす彼らに、戦争の責任を負わせることは酷です」
「臣民の生活の場だからこそ、臣民自身の手で守る責務も、付随するものと考えます!」
「自分が預かり知らぬところで決まった戦争に駆り立てること、それは理不尽というものです」
——わたしは、女王になる。女王になって、この国と、この世界から、優しい人が武器を取るような理不尽なことを無くすの。
以前のグレースの発言を思い浮かべながら、その言葉を俺は口にした。どれだけ言い方に気をつけようとも、強い言葉であったことは否めない。
グレースは俺の意図に気づいたのか、力無く席に腰を落とした。
「で、ですが……」
グレースが次に見たのは女王である祖母の方だった。
助けを求めるように。
孫と祖母の視線が交錯し、しかし女王は何も口にしなかった。
グレースの碧い瞳が感情で揺れ動きそうなるのを見ながら、提案の補強に取り掛かる。
「現状、ジェロン連邦の兵器の全容が判断できない以上、〈復生体〉が前線に出るべきです。もし臣民を投入すれば大勢の命が失われるだけでなく、国力の低下を招きます」
「……意義はありません」
一言、女王が賛成を表す。事実上の方針の決定である。
「そんな……!」
グレースの悲痛な声に、痛くなる胸を抑えるのに苦労しつつ、俺は安堵のため息を漏らした。グレースの懸念は有り難く、その焦燥は痛い程理解できる。だからこそ、俺は自分の提案を曲げるつもりはないのだ。
もし徴兵制を導入すれば、夫や息子を前線へと連れていかれる妻や母は、今のグレースと同じ気持ちになるだろうから。
それだけは避けなくてはならない。
ああ、でも。
俺は今、グレースにその想いを抱かせている。その矛盾に「ままならないな」と独り呟くと、心配そうにしていたマーガレットと目が合った。
大丈夫だという意味を込めて微笑んでみる。
微笑んでも、その表情が明るいものになることはないとわかっているのに。
「王族が新兵器の迎撃の為に手が足りないとおっしゃるなら、ミサイルの拠点を王族が叩くべきではないでしょうか?」
食い下がるグレースに対して、言葉を発したのはリカードだった。
「その拠点に、ジェロンの民が住んでいてもお前はそれをやれるのか? それにジェロンの兵器がミサイルだけとは限らない。下手に前に出て王族を失えば、王国は崩壊する」
「……ですが、先に民の住む場所を攻撃をしたのはジェロンの方です!」
「確かに許し難い。だからこそ、そのような事態を今後起こさない為に、前線を維持しつつ交渉する必要があるのだ。その為の〈復生体〉殿なのだよ」
「それなら、王族が総出でジェロンの各都市を堕とすのはどうでしょうか? 暴力によって制してからの交渉でも遅くはないはずです!」
「もう一度言う。ジェロンの兵器は未知なのだ。もし仮にそれが行えたとしても、その際の相手の出方も判断できない。〈復生体〉殿を殺したミサイルを、無数に撃ち込まれるだけで王国は大惨事だ。お前が言っているのは、策ではなく両国の歴史を白紙に戻す蛮行だ」
グレースの瞳から感情が溢れ出しそうになるのを見た。
住民がいても気にしない。
都市を堕とす。
普段のグレースなら絶対にそんなことは言わない。
このままでは、優して気さくで、穏やかな彼女の心根が変わってしまう。
優しい人を破壊的思想へと導くもの。これこそが理不尽なのだろう。
その理由が自分であることが、こんなにも胸を痛ませる。
「グレース、落ち着いて。俺は大丈夫だから」
こんなことしか言えない自分が、俺は大嫌いだ。
安心させてあげたいのに、それすらもできない。
グレースが俺を見る。泣き出しそうな顔で。ああ、初めて出会った頃にも見たあの顔だ。
「……だってリベル。もう、三年になる」
〈復生体〉の役割は三年毎のくじ引きで行われる。
三年前、俺はグレースの歴史教師への役割を与えられた。その時初めて、九年前に出会った女の子が俺を探していたことを知った。
探すと言っても、見た目が全く同じ大勢の者の中から、目当ての人物を探すのは不可能に近い。再会できたのは、まさに天文学的な偶然だった。
やっと会えたと歓喜するグレースの顔が、今でも鮮明に思い浮かぶ。
その別れが間近に迫っているのには気づいていた。
でも、今回俺がくじ引きをすることはないだろう。
言い出した俺が前線に行かないなどあり得ないから。
そして、本来のくじ引きであれば、グレースの持つ王族の権力で多少の作為はできたかもしれない。しかし、戦争状態であれば話は別だ。それこそ、女王並みの権力がいる。
そして女王が、そういった不正じみたことをしないのを、俺はよく理解している。
「戦争が終わったら、一緒に出かけよう。思いつく限りのたくさんのところへ」
その言葉だけでその涙を止められたらどんなに良かったか。
それにもしそれが叶ったとして、どんな意味があるのかもわからない。
俺はそこの浅い人間だ。一緒に出かけたところで、グレースが喜ぶのかもわからない。
けれど、しないよりはましだと思った。言わないよりは、ましなはず。
「女王、仕事を終えたら、少しだけ暇を頂けますか?」
「……承知しました」
女王は俺の瞳を真っ直ぐに見つめる。
「王国始まって以来、長らくのご奉仕に感謝を申し上げます」
穏やかさと憂いを帯びた面持ちの儀礼の言葉。
俺は立ち上がり、右手を左胸へと添える。
「——その感謝は、是非ヴァシリオスに。この奉仕は、私たちに打ち勝った彼への報いですから」
この返答は、形式だけの意味合いではない。
〈復生体〉は戦い続け、何度も死ぬことになる。
だからこれは、戦い続けることの誓いの言葉だった。
唯一心配しなくて良いことは、俺の意見に反対する〈復生体〉がいないことを確信できることくらいか。
二百年間、俺たちは〈神能者〉と戦い続けた。神に愛されたと嘯く者たちと。
しかし今回は違う。今回俺たちが戦うのは人類の技術の結晶である兵器だ。
それを言い換えるなら、神に近づこうともがく、人類の愛の形だとも言える。
時代は変わってゆくのだなと、俺は何度とも知れないため息を吐いた。




