第6話
王城と一口に言っても、四つの城を一つにまとめて呼んでいるだけで、実のところ、城自体は四つある。
それぞれが四角形の頂点のように聳え立つ城たちは、中庭を囲むようにして配置されており、そのでも南の城は、普段一番日が入るのが理由からか、ほぼ女王専用の居城として使われている。
しかしそんな場所にも、公に複数の者が出入りする瞬間がある。
それが議会だ。
長方形の巨大なテーブルを囲む権威ある顔ぶれは、今出席できる限りの王族と高位貴族、そして〈復生体〉のみ。いや、今回に限っては、一人、臣民の参加が許されている。
「大丈夫ですよ。安心してください」
ガチガチに固まったまま、俺の左斜め前に座るマーガレットは、こちらを向いて不器用な笑顔を貼り付けていた。
緊張すると笑顔になるタイプなのか。
「平気です。少し緊張しているだけで」
「無理もないですよ。訊かれたことに素直に答えることだけに集中すればいいので、俺もグレースもフォローしますから」
そう言って少し離れた場所に座っているグレースの方を見る。
マーガレットの視線が釣られたようにグレースの方へと向かい、また俺へと戻ってきた。
「ありがとうございます」
俺以外の知り合いを見つけて多少は落ち着いたのだろう。深呼吸を繰り返しているが、表情自体は和らいでいる。
「復生体殿、これはこれは、ご機嫌麗しゅう」
背後から声を掛けられて振り向く。
鋼色の髪を撫で付けた男が、こちらに皮肉げな笑みを向けて立っていた。
「リカードか。久しぶりだね」
「いやはや困りますなぁ。〈復生体〉ともあろうお方が、聞いた話によると、殺されたとか?」
「耳が早いね」
「〈復生体〉は我が国の権威そのものと言ってもいい。あなたの威勢が、そのままあなたを退けた初代国王、ひいては〈巨神の石〉の力を意味するのです」
「耳が痛いね」
「そう簡単に殺されてしまったとあっては、王国の威信が揺らぐ。以後、気をつけていただきたい。もし衰えを感じるようなら——」
「待ってください!」
今度はどう端的に返答しようかと思っていた俺の横から、はっきりとした抗議の声。
マーガレットが横から口を挟んだのだ。わかり易いくらい怒っていた。
しかしリガードは眉を顰めるのみで、大した興味はない様子だ。
「なんだ貴様は?」
「マーガレット・レイシスと申します。今日から、王城にてグレース殿下と復生体さまのお側で働かせていただいている者です」
「ほう。であるならば、貴様が例の〈神能者〉か?」
「そうだよ。例のって言い方で、こっちに心当たりがあるのは、マーガレット一人だけどね」
「間違いはないようですな。ああそうだ、自己紹介が遅れていたな。私の名はリカード・アーサー・ルーンディアだ。それで、侍女風情がこの私に何を言う?」
「王族……」
マーガレットの顔が青ざめる。
王位継承順位、第四位。グレースと同じ王族である。
リカードが込み上げる笑いを抑えることができず声を漏らした。大方、マーガレットの反応に悦に浸っているのだ。
「なんだ? 先ほどの威勢の良さが無くなっているぞ」
小さい頃から知っているから、リカードのことは嫌いじゃないんだけどな。
潮時か。マーガレットにこれ以上の負荷をかけることはしたくない。
「マーガレット——「訂正してください!」
俺の声は、マーガレットの稲妻のような一言にかき消された。
「訂正だと?」
「〈復生体〉さまが亡くなったのは、突如向かってきた飛翔体から、あたしを、街の住民を守ったからです! 断じて、そのような言い方をされて良いお方ではありません!」
一瞬だけ、リカードが何事かを思案するような素振りを見せる。
「随分と復生体殿に心酔しているようだが、私の返答は否、だ」
「なぜですか?」
「逆に問おう。貴様は〈神能者〉であると明らかになりそうな時、一瞬でも、目の前の人物を殺して黙らせようと考えなかったか?」
「それは……」
リカードの声の調子が上がる。
「重ねて問おう。〈復生体〉殿と会った時、抵抗しようと思ったか? 歴史に名を残す超越者に向かって、己の〈神能〉が通じると思えたか?」
マーガレットは黙ってしまった。
〈神能者〉は、己が願いを異能によって昇華した存在だ。
その一人ひとりが、一般の人々とは比べものにならない力と、神から応えてもらうに相応しい意志を持つ。
しかし、〈復生体〉に対して抵抗する〈神能者〉は少ない。
意思の強さを凌駕する、勝てないという認識があるからだ。
「貴様が最初、素性のわからぬ私に歯向かうことができたのはなぜだ? よもや自分と同じ身分だと思ったわけではあるまい?」
「それは、〈復生体〉さまに、酷いことを言われたからで——」
「違う。それは貴様の隣に〈復生体〉殿が居るからだ。何かあっても守ってもらえる。その安心から貴様は先ほどの発言したのだ」
「ち、違います!」
「何が違う。貴様に復生体殿がもたらした安心感こそが、私の言の証明だ」
「リカード」
「なんでしょう? 〈復生体〉殿」
「君の言っていることは正しい。訂正は必要ない。だから、この場で良い争いはしてほしくないな。君が証明した〈復生体〉の威勢が揺らいでしまうからね。それに、もう少しで女王が到着する。俺の顔を立ててくれないか?」
リカードの目を見て伝える。
「……承知した。貴殿の侍女に無礼な態度を取られたことは水に流そう」
「ありがとう」
側から見ると驚くほど素直に従ったと思うだろう。リカードは踵を返して自らの席へと戻って行った。言葉が強いだけで、昔から自分自信の考えや行動には正直で素直な男なのだ。
グレースの席の隣だったのか。
グレーズが小声でリカードに何かを言っている。糾弾しているようだ。
喧嘩にならないと良いけど。
「皆様方、女王陛下が到着されました」
開けられた扉から現れたのは、美しく年老いた女性だった。
若さはなくとも、その瞳には気迫があり、顔や手に刻まれた皺には、老い以上の何かを感じさせる説得力めいたものがある。
足腰に不自由していることは、自ら操作している金属の椅子から見て取れる。それでも女王は背筋伸ばし、自らの威厳を十分過ぎるほど保っていた。
グレースも歳を取れば今の彼女のようになるのだろう。当たり前か。グレースのお婆ちゃんなのだから。グレースが彼女の若い頃によく似ているように。
女王が長方形の卓の上座へと移動する。
俺以外の者が、体の向きを同じ方向へと向けた。
「お待たせしました。今回、緊急の議会を開いた理由をお話しします」
枯れた声、しかし凛と張り詰めた声色と共に、女王は辺りを見渡した。
自然、長方形の卓の真向いに座る俺とも目が合う。
それに笑顔で答えると、女王も僅かに微笑んでくれた。
「今回、話すべき議題は、二つ。いいえ。それもすぐに一つの議論に絞られるでしょう」
そう前置きした女王は、憂いを隠し切れていない声音で、信じ難い内容を口にした。
「隣国、ジェロン連邦が、我が国に対する戦線布告を行いました」
その発言に、驚きこそすれ、取り乱さなかった者がいることは褒められるべきだ。
かく言う俺も、驚きを隠せていたのか自信がない。
突然伝えられた戦争状態は、それほどまでに強烈な報せだった。
そもそも、連邦は王国の友好の印としてカーを送っている。俺やマーガレットが乗り回せていることからも、あれ自体は危険なものではない。
誰もが口を閉ざす中で、俺は口を開いた。それはもしかしたら、この場で一番の年長者であることの責務かもしれない。
「女王。先ほど貴方は、一つの議論に絞られると言いました。先にそちらを訊ねてもよろしいでしょうか?」
「はい。それは、貴方を討った兵器の話と、戦線布告に対する議論が一緒のものだと判断したからです」
「兵器?」
「そうです。ジェロンがミサイルと呼称する新兵器によって〈復生体〉は命を絶たれました」
「あれが〈神能〉ではないと?」
「ジェロン連邦からの声明通りなら、そうなります」
兵器、つまり〈神能〉に頼ることなく、人の手によって造られた、人を殺すための道具。
「話を聞いた時、似たようなことをヴァシリオスがやっていたことを思い出しました。五百年経って他の〈神能〉が彼に追いついたと思いましたが。しかし、それは人も同じこと。五百経てば人の技術も発展するのですね」
「そういうことになります。それが兵器だと言うのが、先達である貴方に、私が女王の時代に見せるものとしては、大変心苦しいのですが……」
女王が目を伏せる。その仕草は老いた今でも幼い頃によく似ていた。
「いいえ。貴方は立派な女王だ。凡庸な私にもそれくらいのことはわかる」
女王が目を細める。それだけで、気持ちが伝わったのが心で理解できた。
「質問は以上です」
俺が話をまとめると、女王から見て右隣に座った壮年の男が女王に対して目配せを行い、女王がそれに頷いた。
バーナード。王位継承権第一位の王子だ。
「今後の動きについての議論は私、バーナードから進めさせていただきます。まず第一に、そちらにいるマーガレット殿に質問をさせていただきます」
「は、はい!」
慌てたマーガレットの視線が俺とバーナードを往復する。
いきなりだな。
証言してほしいとは言ったももの、この話の振られ方は酷だ。
俺は右手を顔の位置まで挙げる。
「バーナード殿下。マーガレット殿の話は、〈復生体〉である私が聞いています。可能な範囲は、私が答えてもよろしいでしょうか?」
「ええ。それで大丈夫です」
バーナードが鷹揚に首を縦に振る。
「ありがとう。感謝致します」
「それでは、まず第一に、〈復生体〉を殺害した飛翔体は金属、もしくは金属が含まれていた、というのは事実ですか?」
「事実です。マーガレットが二度目の爆発の際に金属片が飛散したところを目撃しています」
「承知しました。第二に先ほどの飛翔体——ミサイルが〈復生体〉を殺害した際の二度目以降、ミサイルは飛んできていない、というのは事実ですか?」
俺が詳細な内容を把握できていない話だ。
「マーガレットさん。すみません、発言をお願いします」
「はい……! じ、事実です。ですが、あたし、いや私は、その後王城へと向かっている為、本当にミサイル……の飛来が途絶えたかを確認してはいません」
「承知しました。質問は以上になります。ではこれより本題に移らせていただきます。まずひとつ、ジェロン連邦の兵器、ミサイルに関しまして——」
バーナードが語った方針と、それに対する賛否はこうだ。
まず一つ、ルーンディア王国の王族はジェロン連邦が開発した兵器、ミサイルの迎撃に乗り出すこと。金属製であれば、〈巨神の石〉で対応可能との判断から、王族が主要都市に滞在し、ミサイルの迎撃を図るというものだ。これに対する否定はなかった。
二つめ、戦争状態となったジェロン連邦がなぜ宣戦布告をしたのか調査をし、できる限り早い終戦へと持ち込むことを大目標とすること。当然、終わらせ方も探っていかなくてはいけない。これに対する否定はなかった。
三つめ、一つめの理由から前線での対応が困難な王族に代わり、臣民に兵役の義務を新たに課す、というもの。つまりは徴兵である。これに対する否定があった。
〈復生体〉である俺からだった。
代わりに俺が提案したのは、〈復生体〉への徴兵だ。
この提案に対する否定があった。グレースからだ。




