第4話
王城のグレースの部屋に三人で集まる。メンバーはもちろんグレースとマーガレット、そして俺である。
本来なら、マーガレットに王族の部屋に入る権利はない。しかし、マーガレットが持ってきた推薦状にある、グレース殿下の御付きという記載がそれを可能にしていた。
グレースの許可をもらって、前もってレイチェルさんに記載してもらったものだ。
「それで、何があったんですか?」
「はい。事件は復生体さまとお昼をご一緒した後のことでした——」
「待って待って。ちょっと待って」
グレースが突然、手のひらを前に突き出した。
両腕を使って大袈裟な仕草で、「え、え、なんで普通にお茶してるの? 普通なの?」と誰に向けているのかわからない疑問を漏らしている。
「普通だよ。〈神能者〉に対する任務でも、お昼ご飯は食べないと。だってお腹空くし」
「いやそう言う意味ではなくて、ちょっとリベル〈神能〉解除して! そうすれば、少なくともわたしの動揺は伝わるでしょ⁉︎」
「え……女の子の部屋で嗅覚を向上させるのは流石に……」
「違う! 目当ては聴力の方よ。脈拍でわたしの動揺を知りなさい!」
「〈神能〉の解除? 復生体さまは〈神能〉をお持ちなのですか?」
マーガレットがこちらを向く。ちょうどいい質問だ。
「そうですね。世にも珍しい弱体化の〈神能〉です」
グレースを放っといて、その質問に気持ち前のめりになる。親しい人の前でできるだけ〈神能〉は解除したくない。
グレースの気持ちを知りすぎるのは、精神衛生上あまりよろしくないし。
「お昼をご一緒したのには、あたしも実際驚きましたよ? 随分友好的だなって」
「話し戻した⁉︎」
「そうだよね? おかしいよね? だって殺し合いになるかもしれないのに」
グレースが体を前に乗り出して同意する。
「ええ。かなり」
なんでそんなに仲良いの? さっき初めて会ったばかりだよね? 俺を置いていかないで。
「まあまあまあ、仕事の仕方には色々あるということで」
「そんな事言って、可愛い子だったから食事に誘っただけなんじゃないの?」
「違うよ⁉︎ そんなことしないって!」
「そんな……」
マーガレットがこちらを見て恥ずかしそうに笑う。
「いや違うって! もう、早く話を進めるよ!」
「……そうですね。事態は急を要します。ふざけている場合ではありません」
おう、すごい。今言ってほしいこと全部言ってくれた。
問題は言った本人が、言われるべき当人という点だけ。
「お昼の後、復生体さまを殺めたのは、空からの謎の飛翔体です」
マーガレットは語った。俺が死ぬまでの約十分間の出来事を。
謎の飛翔体が俺を殺した。あまりにも荒唐無稽な話は、要点を整理するとつまりはこうらしい。
昼食の終わりに招待状を渡された後のこと、突然隣の建物が爆ぜた。
黒煙と人々の叫び。
覚えているのは、「何かが飛んで来た」と言った俺の声だけ。
人々の避難誘導をしていた俺が、空を睨みつけていたかと思うと突然跳躍し、直後上空で爆発が起こった。
俺を探しても見つからず、困ったマーガレットは俺の話の断片を思い出し、カーに乗ってここまでやってきたのだと言う。中にあった説明書で乗り方を調べて、燃料の問題は〈神能〉でカバーしたとのことだ。
いや個人的にはそっちの方も気になる。え、ガソリンいらんの? しかも鍵かけ忘れてるし、死んだ俺には悪いが結構なやらかしだ。それに、苦労して乗り方覚えたのにな。
「飛翔体……〈神能〉かな?」
グレースが呟く、話を聞いた限りでは俺も同意見だ。
「おそらくはそうかと。幸いにも飛翔体は二つだけ。復生体さまを死に至らしめて以降は飛んできていませんでした」
「何かおかしなものはありませんでしたか?」
「おかしなもの、と言うほどのものではありませんが、上空での爆発の後、空から金属片が落ちてきていました。こう、ぱらぱらと」
マーガレットが、身振りでそのときの様子を表現する。
気になる点ではある。上空で爆発したのなら、俺の肉体とその飛翔体は激突したと見ていいだろう。実際の記憶が無いので定かではないが、前提として、俺に金属片を持ち歩く趣味はない。ルーンディアの王族でもあるまいし。
とすると、降り注いた金属変はその飛翔体のものということになる。
「金属……〈巨神の石〉みたいな〈神能〉だね」
「話を進める前に、——一つ、よろしいでしょうか?」
マーガレットが俺を見る。
不思議なものを見るような戸惑いと、漏れ出すような感謝がその瞳にはあった。
「今の話を聞いてお気づきかもしれませんが、あたしは復生体さまに助けられています」
おそらく言っているのは二度目の飛翔体の時の話だろう。
着地点を予想し、マーガレットや住民に当たると判断した俺が、自らを盾にして守った。
ただ、それだけの話だ。
「ありがとうございます」
それだけの話なのに。
マーガレットのつむじが見える。
「いえいえ。命は一つしかありませんから」
マーガレットが気にしないように、気安く答える。
「違う。もし仮にたくさんあっても命は大事よ」
グレースの発言には棘あった。
「そうだね」
言葉とは裏腹に、俺はグレースの意見に全く同意していなかった。
一つの命と、無数の命。もし、ものの価値に希少性を加味するのなら、どちらが優先されるべきかなんて、議論する意味もない。
「本当にわかってるの?」
「大丈夫だって、心配ないよ」
「ほんとに?」
「最悪のケースの話だって、俺も無駄死にはしたく無いよ」
「そう」
納得していない顔だ。無理もないか。
「話を戻そう。今考えられる犯人像は二つだね。一つは未知の〈神能者〉、で、もう一つは、言いにくいけど……」
ちらりとグレースの方を見る。俺の気持ちが伝わったのか。ふんっと鼻を鳴らした。
「王族の裏切り、ね。でも、実際に今の話が可能かには疑問があるけど、そこはどうなの? 神能博士さん?」
話の主導権を戻され、俺は自分なりの考えを述べる。
「〈巨神の石〉に対して言うなら、可能だね。でもそれを言うなら、マーガレットさんの〈神能〉でも同じことができる。もちろん他の〈神能〉でもね」
「どういうこと?」
「炎、つまり熱っていうのは、エネルギーそのものなんだ。だから推進力にも転用できる。実際、マーガレットは燃料切れのカーに乗ってここまで来た」
「なるほど。つまりは、現状の金属製の飛翔体が飛んできた、という情報だけでは、犯人を絞れない、ということですね」
「そういうことです」
マーガレットに控えめな拍手を送る。
「でも個人的には、この問題は〈復生体〉殺害よりも大きい問題な気がする」
「〈神能者〉からの〈復生体〉への反旗とか?」
「それは今に始まったことではないよ。問題なのは〈神能〉の練度の方かな。俺の記憶が確かなら、金属の物体を、射手の居場所が特定できないほどの長距離から打ち出すような戦い方をしたのは、初代国王だけだ」
「ヴァシリオス王……」
マーガレットがルーンディア王国、初代国王の名を口にする。この国の誰もが知っている英雄の名だ。
「〈神能者〉のレベルがあいつに近づいている……。これから大変になりそうだね」
他人事のように言葉を締めると、「大変なのはあなたたちでしょ」とお小言を賜ってしまった。責める中にある心配するような視線に、俺は何も言うことができず、肩を竦める。
「今考えても埒が明かないかな。どの道、隣街がその惨状なら詳細は後からやってくるだろうから。この話は終了、です」
「ということは? つまり?」
グレースの幼さが増した。余程ワクワクしているのだろう。でも、こればっかりは俺も同じ気持ちだ。
「新しいメイドさんの歓迎パーティと洒落込もう! メイドさんたち! カモーン!」
テンション高く呼ぶと、グレースの部屋にいくつもの人影がやってくる。
先頭にいるレイチェルさんの手には大きなケーキ。植民地から取れるカカオをふんだんに使った。甘くてめちゃ美味いやつ。
「マーガレットさん、ご推薦おめでとうございます。これからよろしくお願い致しますね」
そう言ってマーガレットへと微笑むレイチェルさんからは母性が溢れていた。
が、ぴたりと表情が固まる。
「パーティーの前に、まずはお風呂に入れてあげた方がよろしいのでは?」
ふむ。
たしかに、マーガレットは誇りまみれ砂まみれだ。聞いた話によるとここまでほぼ休みなく来たみたいだし。
そんなことにも気が付かないなんて、全くグレースときたら。
俺? 俺はいいんだよ。だって七百年経ってもダメダメだもの。
「あ……」
グレースの方を見て悟る。同じようなことを考えている表情だ。
「まずはお風呂っすね。ここのお風呂マジでかいんすよ。一緒に入るっす」
有無を言わせず、メイドさんの一人がマーガレットの手を引く。
「は、はい」
マーガレットは流れに身を任せて、そのまま部屋を出る。他のメイドさんたちもぞろぞろと部屋を出て行く。「仕切り直しか〜」と何故だか勇ましさを感じるセリフを言っているメイドも居た。
残ったのは、グレースとレイチェルさんと俺の、三人だけだった。
「パーティの準備、してくれていて助かりました」
「レイチェルは仕事が早いから」
「復生体さまがおっしゃっていましたから、今日中に戻ると、なので歓迎会があるかなと思いまして」
「予定とは少し違いましたけどね」
レイチェルさんの微笑みに笑って誤魔化す。そもそも、上手く行ったとしても、マーガレットが燃料切れのカーを動かせていなかったら、今日中に帰ることはできなかっただろう。
「復生体さま、お疲れさまでした。先ほど、復生なされた時に言わせていただきましたが、もう一度、言わせてください。——お帰りなさいませ。お戻りをお待ちしておりました」
レイチェルさんが見送ってくれた記憶はある。
でも、その時の俺はもう死んだ。
だから、今の俺はそいつとは別人。同じ記憶と肉体を要する、別人なのだ。
「……はい。只今戻りました」
それに二十三歳だった肉体年齢も、二十歳に戻ってしまった。
今はまだ、グレースやレイチェルさんよりも年上だけど、それも時間の問題だろう。
遅かれ早かれ、俺はまた、死ぬことになる。そしてやがて、二人の年齢が、俺の肉体年齢を追い抜いていく。〈復生体〉として生きる上で、リベル・ダ・ヴェントが何百年と経験した感覚だ。それにやるせなさを感じることは、もうない。はずだ。
そのはずなのに、俺はグレースの顔を見ることをしなかった。
もし、グレースがお婆ちゃんになっても、俺が若い姿のままだったら。
置いていかれるみたいで嫌だな、なんて、らしく無いだろうか。
「お風呂に入っている間に、マーガレットが教えてくれた情報を上層部に挙げておくよ」
グレースにそう告げた俺は、一人部屋を後にした。
その後、マーガレットの歓迎会を開いた。
マーガレットは疲れもあって途中で寝てしまったけど。
その様子はとても嬉しそうだった。
他のメイドさんたちとも相性が良いみたいだ。これから友人も増えることだろう。
彼女の人生に、より多くの幸せが齎されることを祈る。




