第3話
短い夜間飛行は終わり、俺たちは再び大地に足を付ける。
見上げた門は閉じられており、憲兵が何人も、門の前に陣取っている。
側にいた憲兵の一人に声をかけると、安心したような顔を向けられた。件の〈神能者〉は、門の外にいるとのことだ。見たこともない馬車に乗っているらしい。
「……見たこともない馬車」
「どうしたの?」
「いや、なんか心当たりがあって」
死ぬ前の俺はカーを運転して隣町に行ったらしい。そんな貴重なものを何故と、はたはた疑問だが、時折俺は、俺自身も引くような場当たり的な行動に出る。
「……いやまさかね」
あまり気にしないようにしよう。
それが良い。それが良い。
「ねぇ、その馬車ってカーじゃないの?」
「あ、やっぱりそう思う?」
あと少しで自分を誤魔化せそうだったのに。
でもふざけるのはここまでだ。もしそいつが乗ってきた乗り物がカーなら、そいつは俺の死に関係している可能性が高い。
「どうする?」
「安全なのは不意打ちだろうけど……」
俺の頭がより安全な考えを導き出す。しかし同時に、懸念点を示してもいた。
門の向こうにいる人物は招待状を持っている。
最低限、俺がこの目で確認しなければ、今後の〈神能者〉に対する取り組みに支障が出てしまう。一度失った信頼は、そう易々と取り戻せない。
「わざわざ自分が〈神能者〉であることを開示して、ここで待っているのも気になる」
「それはそうね」
「様子を見て、もし少しでもおかしな動きをしたら行動に出よう」
「わかった」
「〈弱者の盾〉解除」
唱える。その一言で周りにいる人々の空気ががらりと変わったのを自覚した。
本当は言葉で言う必要はないけど、空気を変えるのは大事だ。
「グレースは上で見ていて」
「うん。気をつけて」
〈巨神の石〉が起動し、グレースの周りに浮いていたいくつもの拳大の金属キューブが組み上がる。音もなく椅子が完成した。
グレースが浮遊するのを見届けてから、俺は脚に軽く力を込める。十数メートルある門を飛び越えて、門の外へと躍り出る。
灯りが隔たれた門の外側は別世界のように暗く静謐な空間だ。
ただ、その人物の周りだけは違った。
煌々と光る複数の蛍火の中央に、少女がいた。
門から少し離れたところでカーのボンネットに腰掛けて、優しげな瞳で焚き火を見つめている。
寒いからだろうか。腕をさすっているその姿には、なぜだか幼さが目立った。
蛍火からして彼女の持つ〈神能〉は光に関係するものだろう。——もしくは火か。
「良い夜ですね。少し冷えますけど。——あなたが、招待状を持ってきたという〈神能者〉ですか?」
刺激しないように、ゆったりとした動作で近づく。
少女は、恐ろしい速度で顔を上げ、こちらを見ると——安心したような柔らかい笑みを浮かべた。
そして訝しむようにこちらを見つめて「そっか……」と呟く。
「その様子だと、お昼のあなたは、とても優しくあたしに接してくれていたのですね」
「その反応。あなたが、例の〈神能者〉で間違いはなさそうですね」
近づいていくうちに、少女の髪が紫紺の輝きを持っていることに気がつく。綺麗な髪だなと素直に思った。
「はい。あたしがその〈神能者〉です。復生体さまとは今日のお昼に初めて出会いました」
そう告げる少女の瞳には意志があった。何かしら決意を固めてここに来たのが見て取れる。
「あなたが俺を、殺したんですか?」
少女は頭を振り、はっきりと「違います」と答えた。
「それなら、どうしてここに?」
「あたしは、メイドになりに来ました」
そう言って微笑む姿に邪気は感じない。俺は警戒を一段階解いて言葉を返す。
少女は嘘をついていなかった。耳に伝わる脈拍が、それを教えてくれた。
「……招待状、確認させてもらっても?」
できるだけ穏やかに映るように言うと、少女がこちらに封筒を手渡してきた。彼我の距離は、すでにそれほどまでに縮まっていた。
「招待状も、働き口の推薦状も本物ですね——レイシスさん」
マーガレット・レイシス。それが彼女の名前だった。
「どうか、マーガレットと呼んでください。お昼の復生体さまは、そう呼んでくださいましたよ?」
マーガレットが悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
「ああ……すみません。覚えていなくて。ではマーガレットさんでどうでしょう?」
「ええ、それで。あと、お伝えしなくてはいけないことがあります」
「なんですか?」
「あの街で何が起きたのか。——そして、何故復生体さまが亡くなったのか」
マーガレットの発言は、半ば予想したものだった。
復生体の死についての原因究明は不可欠。目の前の人物が、俺を殺した後で、招待状を奪い、ここまでのこのこやってきた、という事も考えづらい。
少なくとも、マーガレットは嘘をついてはいない。
「聴かせてください。あっ、その前に是非王城まで。ここは少し冷えますから」




