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 水本の部屋を想像してみる。私にメッセージを送って来た水本がいる、この部屋の隣の部屋。

 私は水本の部屋に入ったこともなければ覗いたこともないが、私の部屋と間取りは一緒のはずなので、勝手にキッチンに小さめのテーブルを置いて椅子を置く、白木の正方形の小さいテーブル、木の椅子が一脚と部屋の端に赤いビニルが貼ってある丸椅子が二脚。奥の部屋には黒っぽいシングルベッドを置いて、部屋の端には細身の、やはり黒っぽい一人用のクローゼットを置いて…。水本はベッドの上、壁に寄りかかって私にラインを送り、私が返したスタンプを確認して部屋の電気を消し、眠る。…いや、電気を小さな灯りだけにして、そのままスマホで動画をみたり、私の知らない他の人に連絡してやり取りをしたり…。

 今、私の部屋の窓を開け、ベランダから顔を出して、隣の水本の部屋にまだ電気がついているのか確認したくなったが止めた。

 そんなことをする自分が気持ち悪い。

 

 私の想像した水本の部屋にいる今日の水本は、昨日までの水本とは違うのかもしれない。

 急にこんな割と仲良さげなメッセージを私に送って来るなんて、本当にいったいどうしたんだろう。インスタグラムも見てみたが、そちらは変わりない。私のは見る専門のインスタで、石崎さんと大家さんの奥さんと、後は多数のお笑い芸人のフォローをしているだけだ。だれともDМのやりとりをしたことがない。ティックトックも見ているとだんだんしんどくなるので見ない。芸人以外のXも見ない。今の時代に都会の女子中学生、女子高生でなくて本当に良かったと思う。

 

 石崎さんは大家さんが異世界云々言い始めたことに対しても、別に気味悪がるでもなく、不思議がるでもなく、石崎さんはもともとという感じで『ここは普通じゃない』、という言い方をしていた。

 普通じゃない…。

 私はここに来れて良かったと思っていたのに。夕べはみながここから引っ越して行く中ひとり取り残されて、みじめで悲しい気持ちになったのだ。

 でも石崎さんの言い方だと、ここが普通じゃないと前から思っていたということになる。

 普通ではないところを考える。まずこの真っ黄色のコーポの外観…この辺りのすごく田舎でもない、かと言って街中でもない中途半端な田舎では目を引くが、駅前には全体が薄紫の三階建てのビルや、水色をしたマンションはある。大家さんの奥さんが黄色が好きで、水本兄弟にも手伝ってもらって自分たちで塗装したと言っていた。

 住人について…、まず大家さん夫妻。大家さんはあの年齢の男性にしては私たち若い住人に対してとてもフランクに接してくれていると思う。田舎の老人男性に比較的多い、若い年代、特に女性にたいする威圧感や差別感も全くない。いつも飄々、淡々として、かといって冷たいわけでもない。奥さんは大家さんと同じ七十四歳という年齢からは全く想像できない美しさ。かといってただ若く見えるというわけでもなく、きちんと年齢は重ねているのに神々しい徳の高い感じの美しさのある人だ。あんな人が現実世界にいるのかと考えると、本当ならいないような気がしてきた。長年映画に出て来たような女優さんや、よっぽどの上流階級の奥様、もと貴族とかそういう感じを超える美しさ。…こんな中途半端な田舎のコーポの大家の奥さんをやっているのはおかしいんじゃないだろうか。ハーブを中心にコーポの敷地の奥の方に家庭菜園も作っているのだが、そんな神々しさを持つ奥さんが、その菜園作業のときに『水本』と胸に名前まで入った、水本の中学時代のジャージを着て作業しているのもおかしいと言えばおかしい。聞いたところのよると、水本は奥さんの遠縁の親戚らしいが、それでも遠縁過ぎてほとんど血がつながっていないのだと奥さんは言っていた。

 ほとんど血がつながっていない、という言い方もなんか引っかかるような気がする。遠縁だということはその縁でここに住んでいているのだろうか。石崎さんと私にここを紹介した駅の近くの不動産屋は仲介に入っていないのかもしれない。

 いちばん異世界に近そうなのは七号室の高森弟だ。あんな魔法のような手品、やはり現実世界では考えられない。大家さんが言っていた異世界の入り口が本当にあるのだとしたら、高森弟の部屋以外ありえないと思う。そして最後高森の姉。五号室の高森美々さん。美しい美しいと書いて美々さん。名前の通りとても美しい。水本よりどちらかというと高森美々の方が奥さんの親戚と言ってもおかしくない。…もしかしたら私と石崎さんが知らないだけで、あの二人も奥さんの遠縁なのかもしれない。

 そう言えば私がここに引っ越して来てすぐに開かれた歓迎会に来ていた双子のオレンジジャージ姉妹。プロレスラーようにバリバリにガタイが良く、髪をツインテールにして上下オレンジ色のジャージを着ていた。あの子たちも奥さんの遠い親戚だと紹介されていた。食べっぷりのすごかった双子。あの子たちはあれ以来見ないけれどどうしているんだろう。

 

 …石崎さん。石崎さんはまともだ。私のことをまともだと言ってくれたけれど、石崎さんこそが真っ当な、きちんとした人。でも、菜月ちゃんは魔法使いになる練習をしている女の子だ。奥さんの菜園のハーブや野菜から、いろいろな効能を生み出すためのお茶を作っている。私も「涼しく感じるようになるお茶」を飲まさせられたことがあった。石崎さんはまとも…、でも小学四年にもなる菜月ちゃんが魔法使いになりたいと言っているのを黙認している。それはそれで親のおおらかさ、愛情があってのことだろうけれど、このコーポの住人が普通ではないのだと私より認識した上で、特に気味悪がるわけでもなく、普通に生活をしている、風に見える。それでも石崎さんが離婚して、菜月ちゃんの学区内に住居を探していて、私の引っ越しより二週間前ほど前にここに越してきたこと、それまでは小学校を挟んで反対側に住んでいたこと、駅のそばにある工務店で事務の仕事をしていることくらいしか、私は石崎さんのことを知らないのだ。もう何度か食事もごちそうになったり、一緒に遊びに行く約束までしているのに。

 けれどそれは、石崎さんも私のことを詮索しないでいてくれるからお相子だ。私は自分の幸せでなかった幼少期とか、ずっと友達らしい友達がいなかったこととか、身寄りもなくて今ここを出ることになったら行くところもないなんていう身の上話を誰かにする気にはなれない。石崎さんにも。私からはすごく真っ当に、きちんと生きていると見える石崎さんには特に知られたくないかもしれない。

 石崎さんは私のことをまともだと言ってくれた。そんなことは全然ないのに。

 私は暗い。暗くて歪んでいる。ここに引っ越してくるまでの私は、いつも自分より不幸な人を探していたし、少しでも自分を嫌な気持ちにさせた人にはそれ以上に嫌なことが起こればいいのにと常に呪いをかけていた。

 石崎さんには、そんなこと知られたくない。


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