第45話~クラウド編~
「ここから遺跡までどれくらいかかるんだ?」
「そうだな、船乗り継いで馬を飛ばして……どう急いだって十日はかかる。途中で馬を乗り捨てないとならんから、帰りはもっとだな。もしかして行く気かぁ? あそこは廃墟も廃墟で、中央の神殿以外何もありゃしないぜ。しかも周りが瓦礫だらけで神殿行くだけで一苦労だ」
「さて、ね。そういえば杖は神殿のどこで見つけたんだ? その辺に転がってたとは思えないんだが」
「ああ、神殿の地下宝物庫で見つけた。さっき話した開かない扉がある部屋の外に竜の壁画がいくつか描かれているんだが、五つ目の壁画が宝物庫への隠し扉になってる。杖以外にも金の杯とか、拳くらいの宝石だとか色々あったぜ」
「宝か……」
クラウドの背中を何かが過ぎる。先ほど感じた予感めいたものと似ていた。
「隠し扉かー。よく見つけたな」
「いやー、疲れて寄りかかったら壁に吸い込まれてな。いくら俺でもビビったぜ」
「お前、そういう運だけは良さそうだよなー」
ジュリアスの肩を叩きながらナシュマが笑う。そして思いついたように言った。
「お、そうだ。ジュリアス、お前も手伝って行けよ」
「はぁ? 勝手なこと吐かしてんじゃねぇぞ、ナシュマ」
「いいじゃねぇか、減るもんじゃなしに」
「あぁ?」
「この展開は……」
クラウドの心配通り、またも小さな戦いが勃発する。互いに額がつくほど近づいた二人が睨み合う。
「これから予定があるんだぜ」
「どうせろくでもない予定だろ。お前がここにいれば喰われる男が一人減る。いいことじゃねぇか」
「貴様、ホントに一回犯してやろうか」
「おー怖い。――んじゃ、後は頼むぜクラウド」
「は? え? ちょ、ナシュマっ」
いきなり話を振られてクラウドは焦る。それに、これだけ煽っておいて唐突に頼むもない。少しだけナシュマを恨むが、当のナシュマが姿を変えて上へと姿を消した。塔の上から見える空がほんのりと明るい。
「ああ、もう朝か……ジュリアスはナシュマと仲が悪いんだな」
「叉胤の寝込み襲って以来、妙に突っかかってくるんだよな。何が気にいらねぇんだか」
「……確かにそれは、気にいらないだろうね。すごく」
クラウドは苦笑いをする。ナシュマの今までの苦労が目に見えるようだ。だが他人事のように感じてもいられなかった。ジュリアスがいきなり顎を掴み、唇を重ねてきたのだ。
「な、な、何を……」
「いや、とりあえず」
「とりあえず、では……っっ!」
背中に鈍い痛み。状況把握ができないまま、今度は床に押し倒されている。あまりの手の早さに反応すらできない。
「お前達の調べ物手伝うから、一発ヤらせろよ」
「断る!」
「そうか、残念だ。じゃあヤるだけにするわ」
片手で両手首を押さえられ、首筋に舌が這った。カズキにされるなら大歓迎だが、気色が悪いことこの上ない。
「く、貴様!!」
「なかなか。まずはここから溶かしてやるかな」
「いい加減に……」
「いい加減になさい、ジュリアス」
「――チッ」
新たに現れた、静かに怒る声にジュリアスが素直に身を引いた。起き上がったクラウドはピエールの姿を認識する。
「迷惑をかけたようですね、クラウド」
申し訳なさそうに頭を下げたピエールが、次の瞬間ジュリアスの胸倉を掴んで微笑んだ。一見柔和だが、目は笑っていない。
「何故こんなところにいるのです? あなたには家に戻るよう言ったはずですがね」
「チッ、いいところで現れやがって」
「何か言いましたか」
「いーや。帰ればいいんだろ親父殿」
あっさりとジュリアスが姿を消し、書庫に静けさが戻る。
「ふぅ……クラウド、大丈夫ですか?」
「はい。それよりピエール様が気配が増えたと、彼を遣したのではないのですか?」
「いいえ。ナシュマの気配が大きくなったのは気づいてましたが、あなたのお仲間ですからね。それに行かせるのであれば、管理者であるバスウン卿を行かせます。しかし、あの馬鹿息子はそんな嘘までついてたのですね……お恥ずかしい限りです」
「何しに来たんだ、あいつ……」
ジュリアスにはすっかりと騙されていたようだ。真の目的が分からず消化不良だが、確かめる気にもならない。今回のことは、ちょっとした腹立たしさだけが残った。
「ピエール様はなぜこちらに?」
「みー!」
ピエールの背後からナシュマが飛び出し、クラウドの肩に乗る。
「ナシュマが慌てて飛んで来たのです。袖を引っ張って随分必死な様子でしたから、急いで来たのですよ。愚息が粗相をしているとは思いませんでしたが。ともあれ無事で何よりです」
「助かりました……」
「いえいえ。私もあなたにお話がありましたから」
「話、ですか」
クラウドは椅子を引いてピエールを促した。椅子に腰かけたピエールが自分の指先を切り、机の上に小さな陣を描くと、赤い光が集約して小さくも分厚い本が現れる。黒い皮表紙には金色の太陽と月の紋章が描かれていた。
「これは……?」
「第二位階のみが所持する、初代から斎までの番人の系図です。何かお役に立てないかと見てみましたら、とても興味深いことがあったのです」
そう言ったピエールが本を開き、クラウドに渡してくる。
「失礼いたします」
それを見た瞬間、我が目を疑った。息が詰まり手が震える。焦りと喜びが同時に訪れた。
手元の本には三十五代目の刻まれぬ名――。すなわち番人が不在であったことを意味する。クラウドは、ピエールに礼を言う前に思わず書架へ走り出していた。この年代を調べれば、番人を救う糸口が掴めるはずだ。
朝陽と共に希望という光がそこに降り注いだ。




