第42話~クラウド編~
図書館へ向かう途中、バスウンに出会った。白髪交じりの長い黒髪を後ろに束ねた強面の老人は、前聖騎士団長である。後に大司聖の任に着き老年を理由に現役を退き重要文献書庫の管理人となったが、所作一つ取っても無駄な動きがないのは、未だ鍛練を欠かしていないのだろう。クラウドは聖騎士になった時の一年ほどの短い付き合いだが、ライシュルトにとっては昔から縁のある人だと聞いている。
「ピエール殿から話は聞いたぞ。許可者以外、絶対に侵入できないように書庫には封印がかけられている。民にとっちゃ衝撃的な情報がゴロゴロしているからな。お前もそこで見た情報は他言無用だぞ。まぁ、一年の付き合いしかないが昔からお前は信用できるとは思っているよ。そういえばクラウドはライシュルトの坊ちゃんと仲が良かったな。あいつは元気でやってるか」
「はい。彼や仲間がいるので単身こちらへ戻って来られました」
「信頼か。親友とは良いものだな。さぁ行こう」
クラウドは促されるままに図書館へ向かった。だが図書館を通り過ぎ、重要文献書庫の入口すら通り越して裏庭へと連れて行かれる。そこは何もない緑の平原がただ広がるだけの空間だ。二十年以上教会にいるがこのような場所があることすら知らなかった。
「バスウン様、どこに……」
「ここが重要文献書庫だ。図書館にあるものは偽物で、本物はここにある」
「はぁ?」
あまりの驚きに、不敬に当たりそうなくらいの返答をしてしまう。
急にクラウドの懐からナシュマが勢い良く飛び出した。そして平原に向かって飛んで行ったのだが、見えない力に弾き返され、クラウドの足元に転がってもがく。
「ナシュマっ?」
「み……」
クラウドはナシュマを拾い上げて土埃を掃い平原を見たが、やはり何も見えない。
「大丈夫か? 無茶をするな。しかし、あそこに何かあるんだな」
「み」
「クラウド、なんだその生き物は」
「あ……」
バスウンはクラウドの手からナシュマを持ち上げ、まじまじと観察する。手の上で小さな体を転がしながら指先で色々触れた。そして翼の生え際を擽られ、堪らなかったのだろうナシュマが、ヨロヨロしながらクラウドの肩へ逃れてくる。
「へぇ、面白いな。あっちの世界に似たような生き物がいると何かで見たぞ」
「みひぃ」
「しかしコイツはやるな。ここの封印を見破るなんて小さいながらたいした奴だ」
「ナシュマと言いまして、元は人間なのです。呪いでこのような体に」
「ちびっ子、苦労してるんだなぁ。さーて、クラウドもちびっ子も目を閉じろ。書庫に入るための封印を解く」
二人が目を閉じると額にバスウンの指が乗せられた。目を閉じているのに、目頭の辺りから白い光が感じられ、それが徐々に体の中へ浸透していく。暖かな心地の好い光だ。
「終わったぞ」
クラウドはゆるりと目を開け、驚きを隠せなかった。今まで何もなかったはずの平原に、大理石で作られた天にも届くほどの塔が建っている。塔の入口にはセントラルクルスの紋章が障壁となって宙に浮いていた。
「お前達二人の封印は解除してあるから出入りは好きにしろ。塔の上から古い記述があるが、持ち出しだけはするなよ」
「ありがとうございます」
「あー。俺は少し疲れたから休む。お前はお前のやるべきことに向かって邁進しろ。そして大切な者達を護ってやれ」
バスウンは伸びをし、手を振りながら飄々と去って行った。クラウドは姿が見えなくなるまで頭を下げ、塔に振り向く。
入口の紋章に指先で触れると、水のように波紋が広がった。だが実体も触感もない。
「入るか……」
「み」
入れるのだろうかと、恐る恐る体を入れて塔の中へ入る。
存外あっさりと中に入れたクラウドは、天井を見上げて溜め息を吐いた。四面に本が整然と並べられているのだが、塔の上は途方もなく遠い。階段と梯を延々登らなければならないようだ。
「一万年の記憶の倉庫だな」
「み!」
「ん? ナシュマも協力してくれるのかい? 召喚士や聖獣についての記述がある本を探すんだ」
「みーーー!」
ナシュマが上空に飛び去り、クラウドも真実に向けて歩み始めた。




