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娘の婚約者が幼馴染を優先するので叱りに行ってやった  作者: Ash


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カプリ伯爵【後編】

 貴族とは公の生き物である。

 繁栄し続ける為には、家と家同士の繋がりを重視し、好みではなくても結婚して子を生し、両家の繁栄を願い続けなければならない。


 だから、私は――サブリナの婚約者の家を訪ねる。


 王都にあるタウンハウスから地方のカントリーハウスに移動する際には、パーティーを開いて留守になる旨を公示するか、近しい者にだけ連絡をして、タウンハウスのドアノッカーを扉から外して立ち去る。

 扉にドアノッカーのない家は家主がいないことを意味する。

 勿論、サブリナの婚約者の家はまだ地方に戻ってはいない。

 婚約者の親の訪問に否などは言わない。家同士の提携を目的とした婚約なのだから、そんなことをすれば後ろ暗いところがあると、判断する材料になってしまう。

 私は先触れに出した従者から諾の伝言を受け、すぐさま、馬車の用意をさせた。



 ◇◆◇



「ああ、どうしたんだ? こんな時間に?」


 サブリナの婚約者の父親パンタロンは非常識な時間に友好的に迎え入れてくれたが、やはり怪訝に思ったようだ。


「今日は娘との交流日だっただろう」


 笑顔を浮かべて見せたが、舌の根には怒りが渦巻いている。


「ああ、そうだったか? それがどうかしたのか?」

「どうかしたから、こうして、非常識な時間に訪ねて来たに決まっているじゃないか」

「問題はなかった、と聞いているが?」

「それを報告したのは?」

「奥だが」

「ナンセンスだな。令息付きの従者からは聞かなかったのか?」

「それはどういう意味だ?」

「あなたの奥方は友人の子どもと結婚させたいそうだ。既に愛人の噂まで立っているというのに、それを知らなかったというのか?」

「はあ?!」


 顎が外れるほど驚かれた。


「嘘だろ?」

「嘘なものか。お茶会でも、うちの娘より友人の娘が良いと言っていたそうだ。我が家を馬鹿にするのもほどがある」

「奥の友人は子爵夫人だ。子爵の娘では貴賤結婚になる。それくらいはわかっているはずだ」

「奥方はそれすら気にならないらしい。いやはや、何とも貴族らしくない考えの持ち主だ。それがご子息にも移っているようだ」

「何だと?!!」

「ご子息が我が娘を蔑ろにして、子爵令嬢を優先したと何度、抗議をしたか覚えているか? その度に、翌日だけは貴族らしく振る舞っていたが、結局は愛人を優先する体たらく。本来は諫めるべき母親がそれを後押ししているのだから、呆れ果てて物も言えない」

「っ――!!」


 実情を聞かされて顔を真っ赤にさせたパンタロンは、手鐘を鳴らして従者を呼び寄せると、令息の専属従者を呼んで来るように申し付けた。私の話の裏を取る為だろう。


「我が家では蔑ろにされた日数分、叩くことで水に流すことになった」

「叩くのか?」

「叩く。我が家の名前に泥を塗ったのだからな」

「それは――」

「代わりに叩いてくれても構わないんだぞ。手加減しても良いが、蝶が死なないような力加減はやめてくれ。せめて、蝿を追い払うような力加減で叩け」

「そんなことで罰になるのか?」

「罰にしてみせる」


 連れてこられた令息の専属従者は、始めは何も問題がないと言っていた。だが、――


「我が家のサブリナと別れて家に戻るまでどこに寄った?」


 それまで黙っていた私からの質問で化けの皮が剥がれた。


「え・・・?」


「サブリナと別れてすぐに戻って来たのか? 帰宅時間は何時だった? 今日あったことなんだから、覚えているだろう?」

「それは・・・」


 サブリナとの交流はなかった。こいつが行けなくなったことを伝えに来たそうだ。


「ヒントをやろう。娘は16時に帰宅した。そちらの令息は何時に帰宅した?」

「16時です」

「はい。雇い主に嘘を吐くような使用人はどうする?」

「え、え・・・と・・・解雇です」

「そうだな。解雇だな。娘は15時に帰宅した。会っていただけなら、同じ時間に帰宅してもおかしくないのに、どうして、一時間、遅いんだ?」

「そ、それは・・・」

「サブリナとの交流なんかしていなかったんだろ。その時間、愛人と会っていたんだろ?」

「愛人なんかじゃありません! ガウチョ嬢は、ラッパ様の奥様となられる方です!」

「子爵令嬢なのに?」

「子爵令嬢でも、奥様のご友人の令嬢です!」


「見たか?」

「ああ」


 私とパンタロンの遣り取りで失言に気付いた令息の専属従者が声を漏らす。


「あっ・・・!」


「これが噂の真実だ。貴族らしくない考えの奥方と、それに従って家長に嘘を吐く使用人。貴賤結婚の既成事実を着々と積み重ねる貴族の家に生まれた令息」

「・・・」


 パンタロンは手鐘を鳴らす。そして現れた従者に令息の専属従者を目で示して言った。

「屋敷から叩き出せ」と。



 ◇◇◆



 次に連れて来られたのは、サブリナの婚約者ラッパだ。

 書斎に呼び出されたことを怪訝に思いつつも、私の姿を見ると、お行儀良く挨拶してくる。


「ああ。ご機嫌はまったく以て麗しくないがな」

「え・・・?」

「娘との交流をすっぽかされて、ご機嫌が麗しいと思える頭が羨ましいよ」

「それは、キュロットが・・・」

「そこで、どうして、ガウチョ嬢が出てくる?」

「え?」

「ガウチョ嬢がどうして関係してくるんだ。私の娘との交流に」

「キュロットが体調を崩して、」

「それで? この家の家族でもない、無関係な子爵令嬢が体調を崩して、どうして、君が婚約者との時間をすっぽかしたんだ?」

「それは、キュロットが妹のような存在で――」

「パンタロン。ガウチョ嬢はこの家の家族同様なのか?」

「いいや。奥の友人の娘に過ぎない」

「つまり、母親の友人の娘だな。その程度の関係で婚約者よりも優先されるものなのか?」

「幼馴染程度を婚約者よりも優先するなんて異常だな。親族の女性を優先しても、近親相姦を噂されるというのに、赤の他人を優先するなど、愛人だと公言しているようなものだ」

「違う! キュロットは愛人なんかじゃない!」

「本当かどうかではない。噂されるような言動をしていることが悪いんだ」

「俺とキュロットが愛人? そんな噂があるのか?!」

「お前の母親は婚約者のサブリナ嬢ではなく、ガウチョ嬢をお前の妻にしたいから、愛人の噂を煽り立てているそうだ」

「?! ――まさか、母上が俺の悪評を立てているなんて!」

「お前の評判より、ガウチョ嬢を娘にするほうをとったのだろうよ」

「・・・!」


「ショックを受けているところに悪いが、そのガウチョ嬢を婚約者である娘より優先したのは、君自身だ。母親の意向が何であれ、婚約者を蔑ろにした事実は変わらない」

「それは、キュロットは妹同然で――」

「それなら、近親相姦していると見られるが?」

「そんな、穢らわしい関係じゃない!」

「妻や婚約者より妹を優先するような男はそういう目で見られる」


 案外、嘘じゃないからな。

 兄弟だからと見ていても、男女の関係を匂わす空気を纏っていたり、プラトニックであろうと、怪しい素振りはあるわけだ。


「それに実の姉妹でもないし、我が家の娘扱いもしていないからな。私は」

「え?」


 逃げ道をパンタロンに潰され、気の抜けた声を上げる娘の婚約者。


「実の妹でもなければ、家長が娘扱いしているわけでもない、母親の友人の娘を婚約者以上に優遇した場合、カプリならどう言う?」

「愛人だな。それに妻や婚約者より、母親を優遇する男は近親相姦していると思うぞ」

「やはり、近親相姦になるか」

「当たり前だ。性的関係のある関係より性的関係のない関係のほうが絆も関係性も薄っぺらいからな。性的関係なしに強い繋がりを持てる者など、お伽話の住人ぐらいだ」

「で、紳士階級でも知っている常識を知らない息子をどうしたらいい?」

「我が家からの要求はさっき、言った通りだ」

「わかった。ラッパ、頬か尻を出せ」

「どういうことですか?」

「頬を叩かれるか、尻を叩かれるか、どちらが良い?」

「叩くって、そんな横暴な・・・!」

「婚約者の役目をまったく果たす気のない男には、罰を与えるものだろう?」

「!!」

「さあ、ラッパ。頬でも尻でも好きなほうを出せ」

「尻を出すなら、ズボンを脱いで出してくれよ。悪童らしくな」

「!!」


 暗に子ども扱いするか聞いてみたら、ラッパは顔を真っ赤にした。

 そして、頬をパンタロンに差し出す。


「サマーカードの舞踏会。キュロットに華やかな場所で楽しんでもらいたいから、エスコートはできない」


「まさか、一緒に参加していない夜会でエスコートしなかったというのか?」

「パンタロン、躾を忘れているぞ」


 パシッ

 蝿を振り払う速度でパンタロンが振り下ろした手がラッパの頬を打つ。


「婚約者を放って、親族でもない、ただの母親の友人の娘をエスコートするとは、愛人と呼ばれてもおかしくない」


 その後もエスコートをしなかったイベントを告げる度に叩かれる音がする。


「レモンバードのお茶会。キュロットが一人になってしまって可哀想だから行ってくる」

「レモンバードのお茶会で婚約者を放置したというのか。これは初代国王が始めた由緒あるお茶会だぞ」

「ですが、キュロットは知り合いもなく、一人で・・・」

「パンタロン」


 バシッ

 頬を打つ力が強くなる。


「婚約者のいる男の愛人と関わり合って、評判を落としたくない令嬢たちが距離を置くのも当然だろう?」

「だから、キュロットは愛人なんかじゃない!」

「上流階級では、妻や婚約者がいる男は、親族や正当な理由のある女性のエスコートをすることはあっても、母親の友人の娘如きのエスコートなどはしない。紳士階級ですら、親密すぎて名誉を汚したと思われたら、結婚する羽目になるのだ。貴族令息が紳士の心得すら、身に付いていないとは、本当に嘆かわしい」

「・・・!」

「まったくもって、その通りだな。息子の教育が紳士階級未満とは思わなかった」

「デビュタントも終わっていて、これでは大変だな」

「次は何をした?」

「まだまだエスコートを放り出した件が続く。その後は、今日のように交流をすっぽかした件がある。残り38回、頼むぞ」


 蝿を振り払う速度でも、充分、頬が腫れた結果に、私は満足してパンタロン家を後にした。


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