カプリ伯爵【前編】
この話では妻のことを「夫人」「奥」などと呼んでいます。
夫のことは「カプリ卿」「パンタロン卿」などと他人行儀に呼びます。
貴族とは公の生き物である。
繁栄し続ける為には、家と家同士の繋がりを重視し、好みではなくても結婚して子を生し、両家の繁栄を願い続けなければならない。
だから、私は晩餐時の娘の様子が気にかかる。
娘が浮かない表情で食事をする姿に、ああ、婚約者と会った日か、とあたりをつける。
娘自身は言わないが、娘の専属侍女が娘について報告があると言ってきて、婚約者が幼馴染を優先している事態を把握することになった。
娘の隠していることを私に話すということは、裏切り行為ではない。家長としては、妻や子に無関心でいることのほうが問題だからだ。
妻子のコントロールもできない夫など、笑い者でしかない。
そう。寝取られ夫は馬鹿にされても、妻に愛人がいても夫は馬鹿にされない。
これは、妻が家名に泥を塗らないような形での恋愛をしているか、どうかの違いだ。
妻子に家名に泥を塗るような真似を許している事自体が、夫の評価に繋がる。
従って、娘が受けた辱めもまた、父親である私がどうにかする案件である。
食事が終わり、晩餐の席を立ち、妻に声をかける。
「夫人。後で書斎に来てくれ」
廊下に出た瞬間、私は執事に娘の婚約者の家に先触れを出すように指示を出して、書斎に向かう。
◇◆
「お待たせしました」
そう言って書斎に入ってくる妻に、執務机の前に置かれている二人掛けのソファを顎でしゃくる。
彼女は私の意図を読んで座った。
「あの子はどうだ? 気持ちの切り替えはできたか?」
私はその前に置かれた一人掛けのソファに移動しながら聞いた。
「落ち着いたみたいだけど、引き摺りそうですわ」
「潮時か。――噂はどうなっている?」
「以前より悪化しているわ」
「あの家の夫人は、どうかしているんじゃないか?」
「うちの娘より、仲良しの御婦人の娘のほうが良い子だって言っているそうよ」
「女は仕事のような難しい話がわからないからな」
「いいえ、カプリ卿。あの家は夫人だけではなく、令息も仕事や貴族の心得が難しいようなの」
「そういえば、そうだったな。身内と身内以外の境界線が引けていなかったな」
「婚約者と幼馴染の違いすらわからないなんて、貴族としては致命的だわ」
「妻や婚約者以外の距離と優先順位は絶対だ」
「そうなのよ。あれじゃ、愛人だと思われることすらわかっていないみたい。――いいえ。夫人は既成事実を作っているのよ」
「我が家の名前に泥を塗って? ――そんな愚かな真似を赦しているとは、あの家もお終いだな」
「夫人には貴族のしきたりや義務も難しいのかもしれないわ。それなら、平民と同じく慎ましい生活をしたらいいのに」
「貴族の生活はしたいが貴族の義務は果たしたくない、か」
「我が家に集って、生きていこうと思っているのよ」
「愚かなお陰で、愛人の子どもを孫として扱わされる前にわかってよかったじゃないか」
「・・・。その為にサブリナを犠牲にして?」
「今なら傷も小さい。婚約破棄するにしても、女側から申し出れば、傷物にはならない」
「ですが既に――」
「社交のエスコートを断ること13件。おざなりにすること12件。交流を途中で切り上げる又は欠席すること27件。これ以上、傷があるのか?」
サブリナの専属侍女の報告で作らせた手元のファイルを見ながら、如何に貴族らしくないかを述べる。
「数えていたのね」
「我が家を侮辱した数だからな」
「詳細も書かれているんでしょう?」
「ああ。抗議の手紙の数も出した日付も記録してある。抗議されたら次の日しかまともな対応をしない」
「鶏ですか、あの家は」
「・・・」
鶏は三歩歩いたら忘れると言われている。
抗議した翌日しか改まらないとなったら、そう言われても仕方ないだろう。
婚約を決めた家長ではなく、友人同士で子どもを結婚させたい夫人の意向が大きい家など、貴族として相応しくない。
「躾として叩いてくる回数は、不義理を働いた回数でいいな」
「ええ、かまわないわ」
「結果によっては婚約破棄にならなくてもいいか?」
「婚約破棄以外の方法があるというの?」
「・・・最終手段は婚約破棄だ。婚約破棄を頭に置いて、交流を図るようにサブリナに言っておけ」
「?! それは最終手段では?!」
「目標は婚約の白紙撤回。その次は婚約解消。それが駄目なら婚約破棄だ」
「どの道、この婚約はなくなるってことね」
「当たり前だ。愛人の産んだ血の繋がらない孫に費やす金も権力もない」




