表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
21/24

第五話:【円環】朝は外へ、夜は内へ、1 青蛙神の放浪記:千年を旅するカエル


・北斗の終焉、黄金に宿る約束

北の街道の果て、名もなき荒野の夜は、骨まで凍てつくほどに静まり返っていた。

 劉海は、古びた大樹の根元に背を預け、穏やかな笑みを浮かべていた。その膝の上には、かつての怪物としての面影を失い、一匹の小さな金色のカエルとなった五通神が、主の弱まりゆく鼓動を確かめるように寄り添っている。


「……五通。長い、長い旅だったな」


劉海が、震える指先でカエルの頭を撫でる。


 官舎を飛び出し、欲を釣り、星の光で縁を編み続けた数十年。彼らは常に二人で一つだった。空腹に耐えた夜も、黄金の呪いに立ち向かった夕暮れも、カエルが劉海の首筋で鳴らす「ケロ」という一言が、常に彼の帳簿を「零」へと引き戻してくれた。


「お前には、大きな負債を背負わせてしまった。……だが、お前がいてくれたから、私は数字の奴隷にならずに済んだ」


劉海は、腰の「七星の縄」を解くと、それを自らの血と霊力で編み直し、小さなたまへと凝縮させた。そして、それをカエルに飲み込ませる。


「……いつか、私が愛したこの世界が、再び『数字の霧』に包まれる時が来るだろう。その時、お前の内にあるこの縄が、新たな『一』を数える者を助けるはずだ」


劉海の瞳から光が消え、その指先が力なく垂れる。カエルは主の冷たくなった掌を一度だけ、愛おしそうに舐めた。

そして、主の最期の命令を守るかのように、自ら呼吸を止め、命の火を内側の深淵へと隠した。


 金色の皮膚は次第に硬化し、重厚な真鍮のような質感を帯びた**「手のひらサイズの古びた金色の置物」**へと姿を変えていく。

 劉海の亡骸の傍らで、物言わぬ置物となったカエルは、いつか訪れる「次の夜明け」を待つための、長い眠りについた。


・青蛙クロニクル ― 南蛮船に揺られて

「古びた金色の置物」となったカエルは、文字通り歴史の濁流を「観測者」として渡り歩いた。

劉海の死から数百年、カエルは大陸の混乱の中で、ある時は強欲な皇帝の財宝庫に眠り、ある時は異民族の略奪によって砂漠を越えた。持ち主が変わるたび、カエルは彼らが吐き出す「金、金、金」という醜い数字の羅列を聞き続けた。だが、ポケットに収まるほど小さな置物となったカエルを、真に動かせる者は誰もいなかった。


転機が訪れたのは、日本の戦国時代だった。


 大陸の港で「幸運を呼ぶ黄金の蛙」として取引されたカエルは、ポルトガルの宣教師が乗る南蛮船の暗い船倉に積み込まれた。波に揺られ、海の向こうから聞こえる未知の言葉を聴きながら、カエルは東の島国へと辿り着く。


日ノ本。

そこは八百万の神が息づく、劉海が愛した自然の美しさに似た国だった。

 しかし、そこでも人間はいくさに明け暮れていた。カエルはある有力な戦国大名の茶室に飾られ、一国の領地を巡る非情な計算を見届けた。

次に、豪商の蔵へと移り、江戸の平和な時代には、質屋の棚で何代もの家族の困窮と再生を眺めてきた。

 カエルは知っていた。どれほど時代が変わろうとも、人間は「足りないもの」を数えては嘆き、目の前にある「足りているもの」を見落としてしまう生き物であることを。


・終着駅 ― 飾り棚の最強の結界

季節は巡り、カエルは幕末の動乱期を迎えた。

 文明開化の足音が響く横浜。混乱の中で持ち主を失ったカエルは、ある骨董市の片隅に、埃を被ったまま転がされていた。あまりに古ぼけ、得体の知れない三本足の姿は、新しいものに目を奪われる当時の人々には見向きもされず、ただの一度も買い手がつくことはなかった。


店主は、棚の端で場所を塞いでいるこの小さな置物を疎ましく思っていた。


「こんな不気味なガラクタ、明朝の処分品だ」

 店主はそう決め、リストに書き加えた。


だが、運命は荷造りが始まるわずか数時間前、不意に足を止めた。


 ガラクタの山の中、カエルをじっと見つめる瞳があった。


後に節子おばあちゃんの祖父となる若者である。


「あんた、なんだか寂しそうな顔をしてるな」

 その一言だった。大陸への帰還を夢見ていたカエルの心が、不意に揺らいだ。千年間、誰もが「いくらで売れるか」という尺度でしか自分を見なかった中で、この若者だけは、内側にある「情」に触れたのである。

(……主よ、私はこの偶然の縁に身を委ねてみることにするよ)

 カエルは内心でそう呟いた。


若者は小銭を支払い、カエルをそっと懐に入れた。


その夜、若者は深い眠りの中で、不思議な夢を見た。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ