7、当て馬妻の旦那さま考察②
「で、そうじゃなかったのがディアナ・グレイヴ伯爵令嬢だった、と」
なるほど、と頷いたティアリスに、
「面識はないけどそうじゃないかとは思ってる」
そうステイシーは答える。
ディアナ・グレイヴ伯爵令嬢。彼女はステイシーが初めて公爵夫人として出席した夜会で貴族たちに絡まれる環境を作り、そしてアルシェリーヌに処罰された侍女だった。
『その者については勝手ながらこちらで処罰させて頂きました』
そうアルシェリーヌが言ったので、あの時はそれ以上追及しなかったが。
『何もしていないのにヘイリス公爵の妻の座に収まった貴女が困ればいいと思ったのですって』
今回"災厄級"の魔物が現れたことで、アルシェリーヌの言葉が気になり、ティアリスに至急で彼女のその後を調べてもらった。
「報告を遅らせただけなのに解雇なんて、随分重い罰だなとは思ったの」
ビンゴよ、と言ったティアリスは、
「随分とお兄様に執着していたみたい。それが実家に下がらせた本当の理由」
ルクレシアス公爵家の印章の押された封筒を取り出した。
「グレイヴ伯爵家がすぐさま婚姻を整えて婚家に送り出した時が彼女が目視された最後。そのまま行方をくらませて、今も消息を絶ったままみたい」
分かったのはこの程度、とティアリスは話すがこの短時間でよくここまでの情報を出させたものだと感心する。
「ま……さか? これが"メンヘライベント"?」
「推察でしかありませんけど、おそらくは」
原作ではディアナ・グレイヴンの名は出てこなかった。が、読者からメンヘライベントと呼ばれた話がある。
本編開始のわりと早い段階で描かれていた"災厄級"の魔物討伐。
討伐の描写自体はさらりと書かれていたけれど、仕事で参加せざるを得なかった夜会でクラヴァルがたまたま助けたアイリーンに、今度はクラヴィルが助けられ、二人の距離が縮まるきっかけとなった重要な章。
そしてその"災厄"は人為的にもたらされたものだと後の章で明かされた。
『あなたが私のモノにならないというのなら、無理矢理嫁がされる可哀想な私と一緒に死んでくださらない?』
そんな遺書と共に。
クラヴィルへの執着と自己愛に起因した国巻き込みレベルでの無理心中。故に読者はコレを"メンヘライベント"と呼んだのだ。
「今回の"災厄級"の発生。私は人為的なものではないかと、推察します」
「ステイシー、君は魔物が人為的に"災厄級"に変質したとでもいうのかい?」
それまで静観していたナチが、そんな症例は聞いたことがないと首を傾げる。
「もし、それだけの"異常"を引き起こすほどの高濃度の"魔石"をミズチがいくつも飲み込んでいたとしたら?」
「ない、とは言い切れないね。魔力は魔物にとって糧そのもの。自分でも処理しきれないほどの高濃度の魔力を得る機会があり、その急激な変化に適応できたなら、魔物はその力を使ってより強い種へと変質するだろう。更に強いエネルギーを得るために、ね」
ナチが起こり得るというのなら、この仮説はあっている。そうして、今"災厄級"は猛威を奮っているのだ。
「ステイシーの仮説は面白いんだけど。でも、それだけ高濃度な魔石なんて一介の伯爵令嬢が入手するの無理じゃない?」
小説を読んでいた時は気にならなかったその部分。ご都合主義はロマンスファンタジーあるあるだから。
でも、現実ではそうはいかない。
それだけ高濃度の魔力を石に込められる人間は限られており、国から把握され管理されているのだ。
ナチや教会に所属している"神聖力"を持つ聖職者たちのように。
「ええ、ミズチを変質させた元。その情報を把握しなければ私には適切な魔術式は描けません。だから……」
だからソレを確かめに来たのだとステイシーは栗色の瞳でアイリーをじっと見つめ、"でも"と躊躇う。
これはきっと彼女のトラウマに触れる。
自分のものとは違うだろうが、心の奥深くにある誰にも踏み込まれなくない、暗い過去。今でも時折ステイシーを苦しめるその領域に切り込めずにいたら、
「何よ?」
言葉を途切れさせたステイシーにアイリーは片眉を上げた。
「アイリー様に思い出させたくないことをお聞きすることになります」
「構わないわ。それでルシオンが助かる確率があがるなら」
その目は傷ついた虚な瞳ではなく、真っ直ぐステイシーを見据え、揺らがない。
躊躇ったり心の準備をさせてあげられるほど時間がないのも確かなので。
「アストレア家について、です」
ステイシーは遠慮がちにその家名を口にした。
「……また、随分と嫌な名前を出してくるじゃない」
アストレア。
その名を忘れるはずがない。
この物語のヒロインは、貴族の庶子できょうだいから虐げられる過去を持つ。
前世、というものを思い出した時、アイリーにはアイリーンとして生きた過去がなかった。いきなり理不尽な世界に放り込まれた彼女に一番最初に地獄を見せた者。
それがアストレア子爵家の人間達だった。
「悪いけど、今あの人達がどうしているかなんて私は全く知らないわよ」
もう関わりのない人間だから、と割り切れない感情を吐き出すようにそう言ったアイリーに、
「知っています。私が調べた限りの情報ですが、アストレア子爵家は代替わりなさっていて、現在は分家筋の遠縁の方が家門をついでらっしゃいました」
ステイシーはただの情報として伝える。
「そう……なの」
ホッとしたような、だけどすっきりしないといった表情を見ながらステイシーは尋ねる。
「彼らをどうしたのですか?」
アイリーン・アストレアの名が出てこないどころか嫡子であり次期当主のはずだったエドガー様すら除名され情報はそこで途絶えた。
「どうって……父親の脱税やその他の不正の証拠をルシオンに流しただけよ。あとは、知らない」
「では、どうやってその証拠を手にできるほど先代アストレア子爵の信頼を得たのですか?」
「そもそも"神聖力"を持つお嬢さんとルゥくんがどうやった出会ったのか、そこも気になるねぇ」
「……それ、は」
どこまで答えるべきか、と言い淀むアイリーに、
「心配しなくても、旦那さまが生きてさえいてくれればルシオン様の処遇は全力でどうにかしてくださいます。あの人、ルシオン様なしでは生きていけないので」
うちの旦那さまのコミュ力のなさを舐めないで頂きたい、とキリッとした表情で言い切ったステイシー。
「それはそれでどうなのよ」
あまりに自信満々にいうものだから、釣られるようにふふっとアイリーは表情を緩める。
「お金を渡していたのよ。この能力を使って稼いだお金をね」
手をかざして指先に意識を集中させる。
それは淡い水色の光を放ちキラキラと空を舞った。
「他家の雑用をこなして稼いできた、って子爵には言ってたけど本当は冒険者を治癒して稼いでた。で、やばい奴に捕まりかけたところでルシオンに助けられた。それが私たちの始まり」
原作のヒロインとは違い、前世の記憶というアドバンテージを持っていたアイリーは虐げられ続ける生活を良しとはしなかった。
前世で得た知識とアイリーンとして授かった能力。この2つを駆使し、彼女はアストレア子爵家から逃げ出したのだ。




