8、推し変案件。
「では、アストレア家はアイリー様の能力を知らなかったのですか?」
「途中でバレたわね。で、血を何度か抜かれたわ」
アイリーはぎゅっと自身の右腕を掴み目を逸らす。あの時のことははっきり覚えていない。
閉じ込められた上に何度も何度も血を抜かれ、もうダメかもしれないと働かない頭で思った後意識を手放した。
次に目が覚めた時はふかふかのベッドの上だった。
「遅くなって悪かったって謝ってくれた後、もう全部終わらせたからとルシオンはそう言っていたわ」
実際目が覚めた時には全て終わっていて、事情聴取すらされなかった。そして、それ以来アイリーはアストレア子爵家との繋がりを絶っている。
「ルシオンは何も教えてはくれなかった。代わりに私にコレをくれたわ」
アイリーは小さな鍵を取り出してステイシーに見せる。
「もう大丈夫、と思えて知りたくなったら見ていい、と。でも、知らずに生きていく方法もある、とも」
いつか、アイリーが過去と向き合いたくなったら見ればいい。そう言って渡された鍵は未だに使えずにいるけれど。
「だから、私はあの家で何があったのか本当のところは知らないの」
期待に応えられなくて悪いけど、と目を伏せたアイリーは、
「まだ、見る気にはなれないから。今は使う気はないわ」
そう言ってルシオンからもらった選択肢を自分で決める。
「なるほど。そうして、事件後もルシオン様と交流を深め今に至る、と」
「ああ、それは"あなたのせいで住むとこなくなったじゃない。どう落とし前つけてくれるの?"って当たり屋みたいなセリフを吐いたら、なんかこう、ずるずると」
と、明後日の方に視線を泳がせるアイリー。
アイリーとしては働き口を紹介してもらうくらいのつもりだったのに、新しい名前を用意され気づけば外堀を埋められ今に至る。
が、今の生活に不満はないところまでぽそぽそとこぼしたアイリーの話を聞いて、ふるふると肩を震わせたステイシーは、
「コレ! コレですよ、私が求めていたのは!!」
ぐっと拳を握りしめ、口元を抑えて悶える。
「はぁ〜〜アイリー様の警戒心強め猫系ヒロインのツンデレとルシオン様のお世話したい系イケメンによるスパダリぶりがたまりませんねぇ」
身近で二人の恋物語を見たかった、と読者モード全開のステイシーは、
「コレはもう推し変案件ですわ!」
後日ぜひ詳細を聞かせてください! とアイリーの手を掴みキラキラした目で強請った。
「推し変?」
「……クラヴィル様からこの手の栄養を得るのは難しいそうなので」
推しの物語を堪能したいのに、恋物語を始める気がない推しが推し事をさせてくれないと嘆くステイシー。
「……いいわよ。聞かせてあげても」
「えっ♡ 本当ですか!?」
「ただし、条件が2つ」
ステイシーの手を解いたアイリーは指を2本立てる。
「1つ。必ず、ルシオンを助けること。彼がいないなら話さない」
「それは勿論尽力します」
そのために来たのだし、と頷くステイシーに、
「そしてもう1つ。あなたがちゃんと自分の気持ちと向き合うこと」
と、アイリーは条件を突きつける。
「へ?」
「言ったでしょ。あなたに離婚されたら困るのよ。"推し変"するなら、推しではなくなった誰かさんとちゃんと向き合いなさい」
まるで心を見透かされたような条件にステイシーが答えられずにいると、
「ステイシー。脱線してる」
コツンとナチから頭を小突かれ、この話は強制的に保留となった。
「今のでだいたい分かった。つまり"神聖力"の原液みたいな"血"がアストレア子爵家からグレイヴン伯爵家に渡り、それを娘のディアナが持ち出した、と」
ナチは今までの話をまとめ、確認する。
「おそらくは。ティアに調べてもらいましたが、グレイブ伯爵家はアストレア子爵家の寄親だったようです」
グレイブ伯爵家は薬学に精通し、薬の生産・販売に力を入れていた家門の末端。おそらく"神聖力"を使って新たな薬を生み出すことで財を成し更なる地位を得ようとしていたのだろう。
「災厄級の討伐。そんなイベントが発生すれば必ず旦那さまが出てきます。そして、魔術師が使えないのなら」
「クラちゃんと心中できちゃうかも? って」
「ええ。"可哀想な私"ムーブにしては随分規模が大きいですけど」
これがメンヘライベントの全貌です、とステイシーは解説を終了する。
そしてコレが原作にあるイベントなのだとしたら、クラヴィルやルシオンの救出はまだ"間に合う"のではないか、とステイシーは思うのだ。
だってヒーローのピンチに駆けつけて奇跡を起こすのはいつだって神に愛された存在なのだから。
「私は今回の"災厄級"討伐にアイリー様が欠かせないと思っています。なので彼女も現場に連れて行ってください」
ふむ、と頷いたナチは、
「災厄級の人為的誘発。まぁ、最終決議は陛下の采配だとしても、まずはミズチをどうにかしないとだよねぇ」
キラリとアメジストのような瞳を輝かせる。
顔にデカデカと面白そうを貼り付けたナチはきっと討伐したミズチを回収し、解析する心算なのだろう。
「OK。ルゥくんにしろディくんにしろ生きてるなら無傷ではないだろうし、治癒魔法が使えるなら大歓迎」
教会に訴えたところで貴重な"神聖力"を宿した人間を危険な場所に派遣してくれるとは思えない。なら、教会が把握していないアイリーを連れて行く方が手っ取り早い。
そう判断したナチは、
「じゃあ、そのためにもミズチを変質させてしまった魔力の元をさっさと解析してしまおう。というわけで、少々血をもらえるかな?」
アイリーに懐から取り出した採血用の道具を見せる。
「先にステイシーの魔力封じも解いた方がいいんじゃないかしら?」
特例措置の承認下りたみたい、と有能な王女はナチにGOサインを出す。
「あとはアイリーさんの身バレ防止対策も立てないとだけど」
「フフフッ! そこは私にお任せください」
ニヤリと笑ったステイシーはウィッグと化粧道具を机に並べ、
「ああ、こんな可愛い子をイジれるなんて、腕が鳴りますねぇ」
うっとりとアイリーを眺める。
「えっ!? どこから出したの、それっ! ってちょっ、何する……気?」
恍惚とした目で迫ってくるステイシーに身の危険を感じ怯えるアイリーだが、両手を掴んだステイシーが逃してくれない。
助けを求めてチラッとナチとティアリスに視線を送るも、
「あースイッチ入っちゃったな」
「こうなったステイシーは止められないから」
頑張れ、と親指を立てられた。どうやらここに味方はいないらしい。
「べ、別にこのままでも」
「ダメですよぉー。バレたら大変じゃないですか。色々と」
「時間ないんじゃ」
「大丈夫です。アイリー様が大人しくしてくださればそんなにお時間は取らせませんわ。ねっ? ここは私に身を委ねてくださいませ」
優しくします、とにこにこにことゴリ押してくるステイシー。キラキラと輝くその目はこちらの要望を聞く気は一切ないらしい。
「はぁ〜。もう、好きにして頂戴」
これもルシオンを助かるため、とアイリーは腹を括ることにした。




