6、当て馬妻の旦那さま考察①
「で、そのメンヘライベントって何なのか、いい加減教えてくれないかしら? それは私がアルシェリーヌ様にディアナ・グレイヴン伯爵令嬢のその後を確認したことと関係あるのでしょう?」
一国の王女を動かしておきながら黙秘なんて許さなくてよ? とティアリスが楽しげに尋ねる。
「ディアナ・グレイヴン? 誰よそれ?」
二方向から飛んできた疑問符にどう答えようかとステイシーは頭を悩ませる。
この世界が前世で読んだ小説の世界に酷似したいる、なんて突飛もない話でもティアリスやナチは信じてくれる気がする。
だがそれを明かしてしまえばアイリーの秘密も明かすことになる。
勝手に話すのは違うな、と結論づけたステイシーは、
「結婚してから常々思っていたのです。旦那さまはおモテになる割に良縁に恵まれないな、って」
代わりにクラヴィルを観察してきた自論を話すことにした。
「えっと……それはどういうことなの?」
疑問符が更に増えたティアリスに、
「だって、社交界で人気の氷の貴公子に嫁ぐ誰からも望まれない花嫁! 結婚初日から始まる敷地内別居! 初夜で告げられる愛さない宣言! なんて、ロマンス小説の冷遇妻要素が揃ったら、愛されない当て馬妻として旦那さまの運命の相手を見つけて恋物語を全力で楽しもう!! ってなるでしょ?」
滑り出しは順調だったんだけどなぁ、とため息をつくと、
「だというのに、旦那さまはまっーーーたく私に萌ときゅんを提供してくださらないのです! あんなに選り取り見取り素敵なお嬢様方から熱視線を日々浴びているというのにっ」
恋物語が一つも始まらなかった、と拳を握りしめ心底悔しそうに力説するステイシー。
まさか本気で恋物語を間近で観劇するために結婚してたなんて、とは思ったが。
ステイシーだしなと納得したティアリスは、家出したステイシーを探し出そうと必死だったクラヴィルを思い出し、報われない従兄弟に少しだけ同情した。
が、ティアリスから見ればクラヴィルもステイシーも五十歩百歩なので。
「……うん、続けてちょうだい」
笑いを堪えきれていないティアリスはプルプルと肩を小刻みに震わせながら先を促す。
そんなに笑うことかしら? と首を傾げつつ確かに時間がないし、と流したステイシーは、
「で、旦那さまを鑑賞していた結果気づいたのです。まともな淑女の皆様はキラキラした視線を旦那さまに送ってもそこから先発展するようなアクションを起こさない、と」
世紀の大発見でも発表するかのような物々しさで語られたステイシーの発言を受け、部屋に沈黙が落ちる。
「え? 当たり前じゃない?」
「でしょうね!!」
数秒後同時に上がったのは、何を今更と言わんばかりの声だった。
「えぇーー?」
まさかの全肯定だと!? と驚いた顔をするステイシーに、
「何で自分に振り向いてくれない相手に貴重な時間を捧げ続けるのよ? 脈なしなら普通次に行くわよ!?」
なんのために国王陛下が王命を出してまでクラヴィルを強制的に既婚にしたと思ってるの? とティアリスは呆れた声を上げる。
花の時間は短い。政略結婚が主流とはいえ、比較的本人達の希望も汲んでくれる家が増えてきた現代。
家門のためとはいえ、できるなら少しでも気の合う、もっといえば好きになれる相手と結婚できればというささやかな願いは否定されるものではないだろう。
とはいえ、公爵位を持つクラヴィルを狙うのは現実的とは言えない。
クラヴィルが結婚したことで、自分にもチャンスがあるかもと夢を見ていた淑女達もようやく現実を受け止めた。
クラヴィルファンの淑女達から目の敵にされているステイシーには申し訳ないが、彼女のおかげで親世代の悩みが一つ減ったのは紛れもない事実だった。
「その上相手既婚よ? 何が悲しくて自ら進んで茨の道に進まなきゃ何ないのよ?」
現実を見なさい、とこれ見よがしにため息をつくアイリー。
原作でのヒーロー既婚設定。アレは、小説だから許されたのだ、とピンク色の目が語る。
そして、まともな感覚を持っているこのヒロインがクラヴィルに堕ちる日は来ないのだろうな、とステイシーは確信すると同時にどこかほっとしている自分に苦笑した。
「まぁ、本人不在で叩かれてるんですけど。とにかくクズい旦那さまにはまともな淑女寄ってこない説を推すとなると、あと残るのってメンヘラかヤンデレかの二択になるんです」
そう言ってステイシーはノートにサラサラと図を書いていく。
「……それはさすがに暴論過ぎない?」
と眉根を寄せるティアリスに、
「だけど、私みたいにお金目当ての子は優良物件と良縁が有ればさっくり路線切り替えたし、イリーナみたいな自立精神旺盛なバリキャリタイプは楽しいお仕事斡旋したらそっちにどハマりしていっちゃったし、で恋に恋はしてくれなかったわ」
みんな意外とリアリストなのよねぇとステイシーは首を振る。
「何をやってるのよ、あなたは」
ジト目で呆れを滲ませたアイリーに、
「旦那さまには好きにしていいと言われましたし、せっかく公爵夫人の肩書きがあるのですから、円滑にライバルにご辞退頂こうかなって」
本命には逃げられましたけどと、ほぅと憂いを帯びたため息をつくステイシー。
じっと栗色の瞳で見つめられたアイリーは、ステイシーにロックオンされる前に早々にヒロイン枠をリタイアし結婚した自分の決断を全力で褒めてあげたくなった。




