5、推しは巻き込むものである。
「それにしても、アレだけの情報でよく"ラガベル卿の秘宝"を見つけ出したわね」
ティアリスは目の前にちょこんと居心地悪そうに座る女性をマジマジと見る。
水色の髪と赤みがかったピンク色の瞳。
まるではじめからその存在を知っていたのではないかと思うほど、お茶会でステイシーが上げたヒロイン像に一致する彼女。
「"神聖力"。確かに彼女に宿ってるわね」
本来神様に愛された"奇跡"を起こせる存在である神聖力を持つ人間は赤眼だ。
目の前にいる彼女の瞳はそれよりもピンク色に近いけれど、神聖力を宿す人間独特の吸い込まれるような神秘的な輝きを放っている。
「まさか本当に教会が把握していない人間が居るなんて」
と驚きを浮かべるティアリスに、
「……私を捕まえに来たの?」
アイリーは警戒心を滲ませた声で尋ねる。
自身の所在はすでに割れており、今は守ってくれはルシオンもいない。何より王族と世界トップクラスの魔術師相手に逃亡なんてできるわけもない。
きゅっと唇を真一文字に結んだアイリーにふるふると首を振ったティアリスは、
「私も"炎華の騎士"が私だってバレると非常に不味いの。だというのに、このままで連れてきて、ステイシーが私の身分を明かしたという事は、貴女に手を出させない為の保険よ」
王女の名にかけて悪いようにはしないから安心してと優しく微笑む。
「ナチ様についても気にしなくていいですよ。この人教会との相性最悪なので」
なんせ規律と戒律破りまくりですから、と雑にナチを紹介したステイシーは、
「アイリー様のお力をお借りしたくて来ただけです」
お話を聞いてくださいませんか? と深々と頭を下げた。
一旦落ち着こう、とアイリーはアデルの用意していった紅茶に口をつける。ふわっと広がる甘い香りにほっとしたアイリーは、
「私に何をさせる気?」
いつものテンションを取り戻しステイシーに尋ねる。
「単刀直入に申し上げます。この国に災厄級が出現しました。ですから、アイリー様"神聖力"が必要なのです」
ステイシーが告げた"災厄級"という単語にアイリーのピンク色の瞳は見開かれ、顔が色を失う。
ウソだ、音にならないつぶやきをこぼしたアイリーは、
「ルシオンは!? ルシオンは無事……よね?」
震える声で夫の安否を尋ねた。
だが、
「ルゥくんの生存は正直絶望的だと思う」
淡々とした口調でナチは現状を伝える。
「災厄級の存在とその魔物の情報得るための先発隊として出たまま連絡が取れなくなった。同行していた魔術師にかけてあった位置探索魔法も魔石の反応もない。そして、途切れた場所では何かと激しく争った痕跡だけが残っていた」
「……そ、ん」
目を見開いたままのアイリーは、
「なん……で! なんで、ルシオンだったのよ!?」
「ルゥくんは自ら志願したよ。何が起こるかわからない、といった状況では少数精鋭で行くしかない。実際、ルゥくん以上の適任はいなかっただろう」
自ら志願、という言葉を聞いて、アイリーのピンク色の瞳から涙が一雫こぼれて頬を伝う。
「副官クラスを瓦解させた。その情報だけでも、充分過ぎる位価値がある」
彼らが残した手がかりの一部だよ、とナチはアイリーの前に小さな小瓶を差し出す。その中には青緑色に輝く鱗がいくつか入っていた。
「今回の災厄級の魔物ミズチの体鱗だよ。彼らが命がけでヒントを残してくれたから、対策を練ることができた他の団員は無駄死にせずに済んでいる」
アイリーは震える指先で瓶を小突く。
「こんなもののために……?」
ルシオンは命を賭けたというのか?
「こんなもの!!」
瓶を掴んで勢いよく叩きつけようとしたアイリーの手はピタリと留まる。
視界に入ったのは左の薬指に嵌められた指輪。それには二人で選んだインペリアルトパーズが使われている。
彼の目によく似たイエローレッド。
アイリーと自分を呼ぶこの世界の誰よりも愛してくれた最愛の人の声と笑顔が脳裏を掠める。
騎士、という職業に誇りを持ち、気高い彼は国の危機を前に背を向けたりしないだろう。
『俺が行かなかったらこんな大役誰に任せられるって言うんだ?』
と、ちょっと得意げな顔をして。
ルシオンとはそういう人だ。そんな彼だから信じられた。
助ける、といったルシオンは絶対に手を離したりしないから。
カタンッと力なく椅子に座り机に伏して声を殺すアイリーに、
「盛り上がってるとこ水を差して申し訳ないのですが、時間がないので話進めてもいいですか?」
とステイシーは容赦なく言葉を落とす。
「先程もお伝えしましたが、アイリー様のお力をお借りしたいのです。ルシオン様を助けるためにも」
「……助ける?」
涙を拭うことさえしないアイリーが力なく顔を上げる。
先程ナチが生存は絶望的だと言ったじゃないか、と目で非難してくるアイリーに、
「災厄級の出現。私はこれが原作でいうところの"メンヘライベント"なのではないかと思っているのです」
ステイシーは持論を述べる。
「……メンヘラ、イベント?」
つぶやかれた言葉に頷いたステイシーは、
「それを確かめに来たのです」
と静かに告げる。
「私なら諦めませんよ。たとえ、1%の確率でも自分が奇跡を起こす力を持っていると知っているのなら」
アイリーは突如出てきたワードと自分の中にある記憶を照合する。
それは原作に登場するけれど、正式なイベント名ではない。だが、確かに原作を読んだ読者達がコメント欄でそう呼んでいた"章"があった。
そしてアイリーンという役柄的に"奇跡"を起こせる可能性を自身が持っていることも。
紅茶を煽るように飲み干し、ガチャンとテーブルに戻したアイリーは、
「全部、聞かせなさい」
協力してあげるから、と告げる。
それは初めて対峙した時と同じく、強い決意でステイシーに訴えていた。
もう二度と誰にも大事なものを奪わせない、と。
さすが、ヒロインという役柄を放棄して自ら人生を選んできただけはある。
私の目に狂いはなかった、と微笑むステイシーは、
「では、イベント攻略に向けた作戦会議といきましょうか?」
前世を思い出してから綴ってきた自身のノートを取り出してそう宣言した。




