9、討伐の開幕宣言。
「へぇ、意外と見てるね。もっと興味ないかと思ってた。あんなクソみたいな結婚条件掲げるくらいだし」
「……それについては自分でも非常に反省してるから、あまり触れないでくれないか」
穴があったら入りたい、なんなら自分で掘ってでも埋めたい恥だと盛大にため息をつくクラヴィルを見て、
「既にステイシーにやり返された後か」
察したナチはドンマイと親指を立てた。
「ステイシーは魔術師になるべきだと思うんだよね。本人もそれを望んでいるし」
魔術学院に身を置いていたくらいだ。将来は当然、その道を目指していたはずで。
エルネア伯爵家が金銭的支援を必要としていなかったなら、きっとステイシーは今も彼女の本来いるべき場所で、研鑽に励んでいたことだろう。
面白い、と目を輝かせながら。
「あの子の本当の父親には個人的な借りがある。僕はね、彼が願ったようにステイシーには幸せになって欲しいんだ」
これでもステイシーが小さな時から見守ってるんだよ? とナチは目を細めて笑う。
「クラちゃんはさ、別に生活が脅かされなきゃステイシーじゃなくてもいいんでしょ? 王命の撤回もエルネア伯爵家も僕の方で手を回すから、そろそろステイシーを解放してやってくれない?」
と言った時だけは、いつもの底が読めない魔術師ではなく、ステイシーが家族を想う時の目に似ていた。
もしも、とクラヴィルは未確定の未来の話を考える。
例えばここで、災厄級討伐に大きく貢献するような功績をステイシーが立てることができたなら、ステイシーの未来は大きく変わるだろう。
華々しく魔術師として、活躍できる未来に。
そして、そうなった時"公爵夫人"の肩書きはステイシーにとって邪魔にしかならないのではないかと思う。
伯爵家の問題が片づくなら、ステイシーには愛のない結婚を続けるメリットはきっとない。
『別に愛してくれなくていいですよ。私も推してる旦那さまの物語をただ楽しみたいだけなので!』
結婚当初からクラヴィルが会ったこともない"誰か"との恋物語の鑑賞をずっと所望されてきたし。
『目指せ、プロの当て馬妻!』
なんて意味のわからない宣言受けているし。
『離婚する時は慰謝料多めにお願いします!』
全く未練なく晴れやかな笑顔でそう強請られてもいる。
そして、今更気づく。
これが世間で言うところの"脈なし"というやつなのでは、と。
「どうしたの、クラちゃん。顔色悪いけど」
「いや、地味にダメージが」
言い寄られた経験しかないので、自覚した後どうすればいいかなんて知っているわけもない。
なんて素直に言えば"クズいにも程がある"とティアリスあたりからど突かれそうだ。
情報過多な上に感情の処理も上手くできそうになかったので。
「少し、考えさせてくれ」
クラヴィルはナチの提案に対する回答を保留とした。
期間は1週間。そして結論が出ないまま、今日が来た。
**
回想を終えたクラヴィルは空から止めどなく落ちてくる雨粒を眺め、伝言石を握っていた手をそっと開く。
その伝言石はブラウン系の天然石でできていた。
「宝石にもいろんな色があるんだな」
「まぁ、それはいろいろあるよ。装飾品として価値があるのはわかりやすくキラキラしたきれいな色のやつばかりだけど」
カラスみたい、と揶揄してカラカラと笑うナチに苦笑して、
「俺は、こっちの色味の方が落ち着くけどな」
まるでステイシーの瞳の色のようで、と聞こえない位の声量で静かにつぶやく。
ステイシーが公爵家から出ていた時置いて行き、グレゴリーから渡された伝言石。
返すタイミングを失ってから、そのままずっと手元に持っていたこれを、討伐に持ってきたのはステイシーの瞳の色味に近いこの石を見れば冷静になれる気がしたからだ。
「礼をいう。おかげで、彼女と話せた」
結論を出す前に、ステイシーと話したいという希望を伝え、クラヴィルはエルネア産のワインでナチを買収した。
深く追及せず魔法を紡いで時間を作ってくれたナチに素直に頭を下げれば、
「うわっ、何急に!? これ以上雨降るの嫌なんだけど!?」
とナチは目を大きく見開き驚いたような表情を浮かべる。
「失礼だな。俺だって礼節くらいはわきまえている」
まぁ、既に色々やらかしてステイシーから怒られてはいるけども、とは言わず、
「話して思った。離縁するかは俺一人で決めていいことじゃない」
クラヴィルは結論だけをナチに告げる。
「そんなの、家長の一筆でどうとでも」
「俺が、ステイシーじゃないとダメなんだ」
はじまりは、確かに強制的に繋がれた縁だった。だけど、今はその縁を手放したくないと思っている。だから、伝えなくてはいけない。自分の言葉で、これから先どうしたいのかを。
「それにステイシーは、自分の事は自分で決められる。誰かが道を用意しなくても」
必要だと思えば、ステイシーは自分で考え、動き出す。彼女はそれだけの力を持っている。
「だから俺がすることは変わらない。ただ立ちはだかる脅威をぶっ飛ばす。それだけだ」
災厄を断ち切るとクラヴィルは剣を空に掲げた。
「何その脳筋理論」
「いや、実際それしか俺にできることはないからな」
強くありたい、と願い重ねてきた時間。
それを認め信じてくれる彼女が、自分のことを"推し"だというのなら。
そんな彼女の期待に恥じない自分でありたい、と思う。
だから、振り返らずただ成すべきことのために前に進むだけ。
「魔術師側の采配はナチに一任する。そして明朝、騎士団は予定通り討伐部隊を出動させる」
その言葉に迷いはなく、まっすぐ敵を捉えた濃紺の瞳は揺らがない。
「災厄級を討つ」
分厚い雨雲に覆われた夜空に向け、クラヴィルは静かに大戦の開幕を宣言した。
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