3、当て馬妻とヒロイン①
「先程は失礼いたしました。……って何よ?」
仕切り直すようにこほんと咳払いをし、ストンとソファに座ったアイリーは、遠慮の二文字が行方不明になっているキラキラとした視線に耐えかねそう尋ねる。
「ビジュがドストライクに良すぎて、つい」
すみません、と謝罪を口にするもののガン見をやめないステイシーに、
「あなた、原作ヒロイン推しガチ勢?」
と呆れたような視線を送るアイリー。
「いえ、クラヴィル様とセットで推しておりました! やはり公式カップル最高ですよね!! 二人並んだ時のビジュが綺麗過ぎて、やばい♡特に思いの通じ合う小説3巻の表紙が好きですねぇ。クラヴィル様が微笑を浮かべて後ろから抱きしめられたアイリーン様の動揺されているお顔がもう……♡♡空色のちょっと癖のあるふわっふわ猫っ毛にピンクの瞳の小動物系ヒロインなんて庇護欲しか湧かないっていうか、絵師様が天才過ぎて、もうクラ×アリしか勝たん♡みたいな??」
はぁー♡と満たされまくった吐息を漏らすステイシーを前に、
「めちゃくちゃ語るじゃん」
若干引き気味のアイリー。
「申し訳ございません、少々興奮しておりまして。なにせ原作ヒーロークラヴィル様の理想のレディのご尊顔を拝したのですもの。しかも原作ではお目にかかれなかったオフショルのフィッシュテールドレスという装いが可愛過ぎて! もしやこちらのドレスはルシオン様からの贈り物でしょうか? さりげなく散りばめられたイエローレッドの差し色が分かってるしかない! ああっ、叶うなら今すぐ旦那さまにご報告差し上げて、ドヤ顔でマウント取って自慢しまくりたいです」
布教せねば、と拳を握りしめ推し語りをするステイシーを見ながら、
「よく噛まないわね、あなた」
対照的なほどローテンションのアイリー。
オタク感全開なのは置いておくとして、とりあえずステイシーに敵意がないのだけは確か。
どころかめちゃくちゃ好意的だな、とオレンジジュースをこくんと飲みつつ冷静に分析する。
「あ、それ多分旦那さまにもよく思われてます! 長ぇよ、ってツッコミ待ちなんですけど言わないんですよねぇ、旦那さま。ちょっと困ったみたいな、呆れた顔でずっと聞いてるんです。けど、それが普段の取り澄ました顔よりなんかオフ感出てていいな、って。今ではその顔見たさにやってる感まであります」
わざとです、とステイシーはしれっと告白した。
「……とりあえず、やめてあげなさい」
今まで情報をシャットアウトして来た相手なので知らなかったが、どうやらこの世界の男主人公は妻にめちゃくちゃ遊ばれてるらしい。
原作クラヴィルの女嫌い設定を思い出し、アイリーは一応止めてみたが、
「それは難しい相談ですね。"君を愛することはない"の台詞アンコールを聞いてくださった時から、お別れする日まで旦那さまを揶揄い倒そうと心に決めておりますので」
キリッとした表情で譲らないステイシー。
「待って、可笑しい。お宅の旦那様との面識は一切ないけど、色々可笑しい。ってか、どういう関係なの?」
台詞アンコールって何だよと疑問符いっぱいのアイリーに、
「え? お金だけで繋がった大人の関係ですわ」
超健全! とステイシーは自慢げに親指を立てる。
「ああ、そう」
この世界の当て馬妻はどうやら結婚生活を満喫しているらしい。そのことに少しホッとするとともに、この妻の相手は大変そうねとクラヴィルに同情しつつアイリーは早々に匙を投げた。
「はぁー♡推し不在による供給不足が一気に解消された気分ですわ」
「あなた、何しに来たのよ」
「それは勿論推し活にっ……って、すみません。冗談です!」
アイリーが席を立ちそうな気配を察し、慌てて引き留めたステイシーは、
「先程も申し上げたではありませんか? 私はただアイリー様とお話をしに来たのだ、と」
ニコニコニコニコと笑うステイシーに毒気を抜かれたアイリーはストンとソファーに座り直す。
精一杯威嚇するその姿はさながら子猫のようで、ステイシーはにやにやそうなるのを必死で我慢する。
「私もお伺いしたかったのですが、どうして会ってくださる気になったのです?」
原作ヒロインアイリーンは転生者かもしれない。その仮説をもとにこの場所に来たとはいえ、確固たる証拠があったわけではない。
ごまかそうと思えばいくらでもできたはずだし、そもそもアイリーにはステイシーの相手をする必要すらなかったはず。
カフェオレ飲みながらアイリーの言葉を静かに待っていると。
「……見たから」
ポツリ、と小さな声が部屋に響いた。
「あの日、どうしてもルシオンを見送りたくて。こっそり行ったその先に、あなたがいた」
アイリーの言葉を聞いて、ステイシーは栗色の目を大きく瞬かせる。
出陣式があった日、クラヴィルに関係席に連れて行かれた上、彼はギリギリまでステイシーの側にいた。
クラヴィルの微笑みに当てられた淑女達の黄色い声を通り越した絶叫にステイシーですら引きそうになったのだから、充分過ぎるくらい目立っていたことだろう。
「淑女には絶対零度の塩対応と言われていたクラヴィルが笑っていた。それを見て思ったの。もしかして、あなたにも前世の記憶があるんじゃないか、って」
ぎゅっとドレスを握りしめたアイリーは、
「私が知りたいのは一つだけ。あなたが私の敵かどうかよ」
大きなピンク色の瞳がステイシーに問う。
その目の中にあるのは、不安と期待。ふむ、と頷いたステイシーは、
「難しい質問ですね。私としては仲良くしたいところでございますが、敵認定されるか否かはアイリー様の主観によるところが大きいので」
ゆっくりカフェオレを飲み干すと、
「詳細をお伺いしても?」
とアイリーに話の続きを促す。
「さっきまで騒いでたのに、ヒロイン相手に2つ返事はしないのね」
「申し訳ございません。私個人としてであればそうしたいところですが、今の私にはヘイリス公爵夫人としての立場がございますので」
旦那さまから留守をお預かりしています、とステイシーは優雅に微笑む。
「"前世の記憶"という共通項があって、情報としてヒロインの存在や背景を知っていたとしても、私にはアイリー様のご事情やお気持ちを図ることはできません。なので、あなたの言葉で教えて頂きたいのです。お話を伺えれば、多少なりとお力になれることもあるかもしれませんし」
クラヴィルのこともはじめは小説の推しキャラくらいに思っていた。でも、彼と言葉を交わし時間を共有した今のステイシーとって、クラヴィルはもう小説の中の人ではない。
それは、彼と関わったからこそもたらされた確かな変化だった。
だから、アイリーとも生身の人間として向き合いたいとステイシーは思う。
息を呑んで沈黙し、考え続けるアイリーを急かすことなく待ち続けていると、
「あなたは、どれくらい前世のことを覚えてる?」
「と、言いますと?」
「例えば、さっきドレスについて語っていたでしょう? 前世服飾関係のお仕事でもしていたの?」
問われたステイシーはじっと自分の記憶の深い部分を辿り、ふるふると首を振る。
「多分ですがSEとか、それに近い仕事をしていた気がします。プログラミングの知識がありまして、それが魔術式の構成によく似ているのです。おかげで一度組んでしまえば、誰でも再現できる精度の高い魔法プログラムを組めるようになりました。まぁ、元々魔術師になる勉強や再現率の研究はしてたので、前世の知識を得たおかげでより精度が高く効率的になったって感じですけど」
「そう。じゃあ、それ以外は?」
「それ以外?」
「前世の自分はどんなだった? 家族は? 友達は? 恋人は? どんな風に生きて、どんなふうに最後を迎えた?」
矢継ぎ早に尋ねるアイリーの固く握りしめた両の拳はカタカタと震えていて。
大きなピンク色の瞳は今にも泣きそうで。
ステイシーが自分と同じ境遇なのか知りたい。でも、聞くのが怖い。
そんな感情が読み取れた。




